第22話 名も無き騎士
「これほどの品質のよい光冠草を見るのは初めてです」
感極まったように村長は震えている。
魔量の搾りかすのようなこれまでの光冠草に比べ、瑞々しい魔力と光の輝きが一目でわかるほどに違う。
「商品はクリームになっていると聞きましたが、どう加工するのでしょう?」
声は落ち着いているはずなのに、ユズリハの目だけが強い圧力を放ち続けている。
若さというものに女性が抱く執念というものはげに恐ろしいものであった。
「さすがにそれは……私どもは行商人に売り渡していただけですので」
「そうですか…………」
見るからに落胆した様子でユズリハは呟く。
まだまだ若いのに、とエルロイは思うのだが、そんな内心を察したのかユイは呆れたように頭を振った。
「ご主人様、女性の玉のお肌は二十歳を過ぎたら曲がり角なのです。たとえ外側からは見えなくても、その差は五年後十年後に少しづつ現れてきます。もう戻れないという残酷な現実を連れて」
「それはその通りですけど、ユイさんははっきり言い過ぎです!」
これはさすがに恥ずかしかったのか、ユズリハは顔を真っ赤にして両手で顔を隠した。
「そんなユズリハさんも……萌える」
「まだ諦めてなかったのかロビン」
つい先日玉砕したところを目撃しているゴランはそうロビンをからかった。
「一度や二度の失敗で諦めるわけないだろう!」
「まあ、そのなんだ……がんばれ」
「ロビンお兄ちゃん、気持ち悪いけど頑張れ~~」
「俺は気持ち悪くない! 気持ち悪くなんかないんだ!」
サーシャに優しく頭を撫でられながらも悶絶するロビンであった。
ユズリハが否定的な反応を示さないところを見ると、もしかしたら多少の脈はあるのかもしれない。
兄貴分の健闘を祈りつつエルロイは話題を変えた。
「それはそれとして……そもそも光冠草はいくらで引き取られてたんだ?」
エルロイの知る光冠草由来の美顔クリームは、記憶では数百万ドメル――日本円に換算すれば数千万円程度はしたはずだ。
その材料となる光冠草の花の値段は生産原価を考えれば一割というところだろうか。
「いつもですと一束で千ドメルというところでしょうか」
「パードン?」
「はぁ?」
「いや、いくらなんでも安すぎるだろ!」
たとえこのウロボロスラントへ足を運ぶのが命がけだとしても安すぎる値段であった。
「残念ながら私どもには交渉の余地がございませんので」
数年に一度だけ訪れる行商人がもたらす薬や道具などの貴重品は、ラングドッグの村にとっては生命線である。
ライバルもいない生殺与奪の権を握った者に対して交渉などできるはずもなかった。
それに大金を得たとしてもラングドッグの村には使い道がないのである。
行商人が持ってきてくれた商品と物々交換することしかできない以上、光冠草の単価がどの程度であるかは考えつ必要もなかったのだ。
「…………やっぱり行商人をこっちから呼ぶ必要があるよな」
正直なところ、光冠草の花はこのウロボロスラントの看板商品になりうるほど貴重で優れた商品である。
それなのに一方的に買いたたかれてよいはずがなかった。
これほどの品質の光冠草の花、欲しがる者はいくらでもいるだろう。
だが無作為に宣伝すればこのウロボロスラントの秘密がばれる。痛し痒しとはこのことであった。
「――――気は進まないが最悪義姉上を頼ることも考えないとな……」
「任せてください!」
エルロイがマルグリットとコーネリアを頼ろうとしていることを察したユズリハは、我が意を得たりとばかりに身を乗り出した。
これはヴェストファーレン王国にとっても利のある話である。
いや、むしろヴェストファーレン王国で独占するべきであった。
巨万の富と、女性の夢を叶える若さがふたつながら手に入れられる機会が目の前にぶらさがっている。
気位ばかり高いノルガード王国の王族に渡すなど思いもよらなかった。
「コーネリア殿下の御用商人なら、ノルガード王国には一切話を通さずに呼びつけられると思うぜ?」
ガリエラも背中を押す。
彼女たちにとっては自分たちの陣営で扱ってもらえたほうが、自分たちもおこぼれを得やすいと考えているのだろう。
「エルロイ様」
「なんだ?」
門番のマーティンが走ってきたのはそのときであった。
「エルロイ様を尋ねて使者が見えられています。なんでもカトレア王女の使いとか」
「カトレア殿下ですって?」
「どうしてカトレア殿下が…………やはり女の敵か」
「人聞きの悪いこと言わないでくれ!」
親しくさせてもらったことは事実だが、いくらなんでも人妻に手を出すほど無節操なつもりはない。
「お兄ちゃんは女の敵!」
なぜかサーシャがドヤ顔でその場を締めくくった。
「カトレア殿下より命を賜りましたマイヤー・ハイセルと申します。エルロイ殿下の御意を得まして光栄の至り」
服装こそみすぼらしい旅人然としているが、その佇まいと威風は完全に騎士のそれであった。
「…………まさか貴方がいらっしゃるとは」
「ただの一介の傭兵にすぎぬ私ごときを覚えていただけるとは恐悦なれど、某に敬語などお使いくださいますな」
「名も無き騎士マイヤーの名を知らぬ者など王都にはおりませんよ」
口ひげを蓄えた三十代ほどの戦士――名も無き騎士マイヤーの名は王都ではとみに有名であった。
彼はカトレアに付き従いレオン王国からやってきた騎士である。
カトレアの護衛を任されるだけあって実力はレオン王国でも屈指の腕で、本来なら軍部で出世するべきエリートのはずであった。
ところが実直かつ正義漢である彼は、ノルガード王国内において庶民を虐待していた貴族を叩きのめしてしまう。
高位の貴族であった相手はマイヤーの処分を求めたが、当然のことながら理はマイヤーの方にあり、また他国の騎士であるマイヤーを処分することもノルガード王国としては国際問題にある可能性があった。
その結果マイヤーは処罰されることはなかったのだが、カトレアの護衛としては相応しくないと判断されることとなったのである。
しかしマイヤーはカトレアの護衛を離れ本国へ帰国することをよしとしなかった。
彼は騎士であることを辞め、一介の庶民、傭兵マイヤーとしてカトレアに雇われることとなるのである。
庶民の味方をする彼の正義感と、カトレアへの忠義ぶりを讃えて、誰ともなく彼は名も無き騎士マイヤーと呼ばれるようになった。
噂ではカトレアの母であるカリラに対する慕情と、彼女からの願いを聞き入れたため命尽きるまでカトレアを守ると決意しているともいう。
いずれにしろノルガード王国内で、下手をするとエルロイ以上に有名な人物なのであった。
「カトレア殿下はお元気ですか?」
「こうして私を派遣する程度にはご成長なさった、ということでしょうか」
マイヤーは言葉を区切ってエルロイとその部下たちの顔を眺めた。
「姫様に言われたときには半信半疑でありましたが、なるほど、これは到底見捨てられた不毛の大地ではありえない」
表情こそ変わりはしないものの、マイヤーは内心で驚愕していたのである。
ラングドッグ村の防備体制や、明らかに耕作に適した豊穣さを感じさせる畑――さらにはユズリハやガリエラ、ロビンにユイという一騎当千の人材。
王宮ではすでにエルロイは死んだものとして思われている。
コーネリアとヘルマンの結婚式にエルロイを招待しようとしないのはそのためだ。
追放同然とはいえ、兄であるヘルマンの結婚式にエルロイが出席しないためにはそれなりの理由が必要なのだが、ノルガード王国はエルロイの存在を抹消するつもりなのであった。
「カトレア殿下が何か?」
「エルロイ殿下の追放は、虎を野に放っただけだ、と。事と次第によってはハーミース殿下の同盟者として互いに利のある関係になりたいと仰せでした」
「カトレア殿下が我が姫殿下と同じ考えとは…………」
「やはり女の敵か」
「だから人聞きの悪いことを言わないでくれ!」
何もやましいことはしていない、とエルロイは弁明したが、女性陣は聞く耳を持たなかった。
「カトレア殿下に何をしたのです?」
「吐きなさい。吐かないとコーネリア殿下にあることないこと言いつけますよ?」
「一度暗殺者から助けただけだ! それ以外何もしていない!」
カトレアお義姉ちゃんと呼ばないと拗ねられること以外は――――
「今何か隠しましたね?」
「やっぱり男なんて信用できないね」
ユズリハとガリエラの追及を受け、エルロイが羞恥プレイを自白させられるまで残り五分ほどであった。
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