第15話 ソルレイスの村

「…………ひどいめにあった……」

「自業自得じゃないですか?」

「ユイが余計なことしなければあんなひどいことにはならなかったのに……ていうかユイもお酒強すぎだろっ!」

 起きたときにはユイの胸に顔を埋めて、その極上の柔らかさを堪能していた。それで気分すっきり爽やかになっている自分に腹が立つ。男の本能が憎い。

「私は余分なお酒は影に流しこめばいいだけですから」

「ずるっ!」

 アルコールを分解したエルロイも二日酔いの気配はない。だからこそ記憶がはっきりしている自分が憎かった。

 頭を抱えるエルロイを呼ぶ声が寝室の入口から聞こえた。

「エルロイ様、朝食の準備ができておりますです」

 ステラの明るい声だった。

 案の定、彼女も二日酔いの欠片も感じさせない明るい笑みで、エルロイたちを朝食へ迎えに来たのだった。

「その笑顔が憎い…………」

「そんな! 朝からひどいです!」

「誰のせいで俺があんな醜態をさらしたと思っている?」

「えっと、ステラのせいではないです、はい」

「なんやて」

 ――――ドン!

「みゃああああああああっ!」

 相変わらずいじり甲斐のある娘だ。

 大きな音に驚いて頭を抱えて座り込むステラを愉悦の笑みで見つめていると、エルロイの後頭部に衝撃が走った。

「…………痛い」

「あまり変な性癖を身につけないでください。ご主人様」

「正直すまんかった」

「どうせ歪んだ性癖を持つなら私だけに」

「断じて俺はノーマルです!」

 反応がよすぎるステラの可愛さがいけないんや。

 できれば記憶を無くしてほしかった。

 羞恥プレイの属性はエルロイにはないのである。

 前世でも犯したことのない失態に、いつまでも憂鬱な思いを払しょくできないエルロイだった。



 ステラに案内された里の広場には、里の主だった面々がすでに朝食の準備を終え、エルロイたちを待っていた。

「お加減はいかがかな?」

「おかげ様で、ゆっくり寝たら爽快になりましたよ」

 昨晩の記憶だけはなくしたいがな!

「それは重畳、なかなか見ごたえのある飲み比べでしたぞ」

 どうやら彼らの認識では、底なしのステラを相手にエルロイはよく頑張った、というものらしい。

 いったいどれだけ酒豪なんだステラ。

『昨晩、人間の里を探していると言っていただろう?』

「ああ、おはようございます。まだいらしたんですねピオス様」

『昨日力を使いすぎたのでな。湖を浄化するまでにあと二日はかかろう』

「なるほど」

 ピオスはロプノールの里の水源を鉱毒から浄化することで、ドワーフたちの信仰を得ている。

 その浄化の力がまだ回復していないというわけだ。

「我々もサイクロプスとの戦いの被害の応急処置が必要ですからな。アダマンタイトの採掘はお預けというわけです」

 いかにも残念そうにリグラドは拳を握った。

 優良な鉱物を一刻も早く採掘したいというドワーフの本能のなせるわざであろうか。

 本当なら今すぐにでも掘りに行きたいのだ! というリグラドの欲求が丸わかりで思わずエルロイは苦笑する。

「それでもしよろしければ救世主殿をソルレイスの村へご案内しようと思うのですが」

「願ってもないことです」

 もともとエルロイはそのソルレイスの村を見つけるために、あの山を越えてきたのである。

「それでは朝食が済み次第、私とステラがご案内いたしましょう」

「ソルレイスの村までどれほどかかりますか?」

「それほど離れてはおりません。救世主殿ならすぐでしょうが、我々の足ですと半日ほどですかな」

「それは…………やむをえないですね」

 残念だがユイの影で移動できるのはユイとエルロイの二人だけに限られる。

 いきなりエルロイとユイだけで訪問するより、リグラドとステラがいてくれたほうが説得力が段違いにあるに決まっていた。

 というより、ソルレイスの村が見つかっただけでも僥倖であるのに、こうしてドワーフの助力を得られるのだからこんなにありがたいことはない。

「それではまず腹ごしらえといたしましょうかな」

「そうですね」

 このロプノールの里一帯は、ラングドッグ村に比べて明らかに土地は豊かで自然に満ちている。

 森の恵みがあり、動物たちも多様だ。その分、魔獣が強いのは安全保障的には死活問題かもしれないが。

 それでも彼らが生き生きとしているのは、自らの鍛冶と戦闘技術に自信と誇りがあるからであろう。

 食卓に提供された新鮮な数々の食材に、しばしエルロイは舌鼓を打った。



 ピオスが守護するロプノール湖はおよそ二十平方キロメートルに及ぶそれなりに大きな淡水湖である。水深の深さも百メートル以上あり、莫大な水量を誇っている。

 ちょうどソルレイス村はこの湖の反対側に位置しており、ボートでショートカットしていくとノグラドは言う。

 なるほど生活にまず水は欠かせない。彼らの村が湖からそれほど離れていない場所にあるのは理にかなっていた。

「船着場からはソルレイスの村まで歩いて半刻ほどでございます」

「どのくらいの規模の村なのですか?」

「およそ千ほどになるでしょうか。トルケルという戦士がなかなかの剛の者でして、この魔獣厳しき大地でかの村が滅びずに根を下ろせたのは彼のおかげでしょう」

「トルケル……ラングドッグの村では聞かなかった名前だな」

「私もそれほど詳しくはありませんが、どうもわけありらしいですな。どこかから逃亡してきたような噂で」

「なるほど」

 ウロボロスラントは誰かに追われているわけありの人間にとっては絶対安全圏のようなものだ。

 まず死んだものとみなされるからな。

 するとそのトルケル、なんらかの犯罪逃亡者だったか。であるならば身分や実力を隠していたことにも納得がいくのだが。

 ラングドッグの村に比べて、この地域の魔獣のレベルはワンランクもツーランクも高い。

 下手をすれば、サイクロプスの群れが出現しただけでラングドッグの村は全滅する可能性が高かった。

 今はまあ、ユズリハとガリエラがいるから大丈夫だろうが。あの二人、実力をいまだ半分も見せていないことにエルロイは気づいている。

 もしトルケルが彼女たちに匹敵、あるいは凌駕する力を有しているのなら、是が非にも欲しい人材であった。

「もっともかの村には我らのように神の庇護があるでなし、また鍛冶の技術があるわけでもありません。いつ滅んでも不思議はないでしょう」

 もし仮に、ソルレイスの村がエルダーサイクロプスに襲われれば確実に滅亡していた。

 ドワーフは最悪の場合、鉱山の坑道に逃げて分散して潜伏することができる。それが彼らがこの地で幾度も災いに見舞われながらも生き延びてきた弱者の戦略であった。

 しかしソルレイスの村にはそれがない。

 逃げる場所もなければ助けてくれる仲間もいない。ドワーフとて、最低限の交流はしているが、決して仲良くやっているというわけではないのだ。

「だがラングドッグの村ほど人口が減っていない。たまたま幸運であったのか、指導者が優秀なのか、それともそのトルケルという男がよほど強いのか」

「トルケルは私も会ったことがありますが、見事な体躯と武術を持ちながらも人品穏やかな人物です。ただの力自慢の男ではありません」

「聞けば聞くほど会うのが楽しみになってくるな」

 エルロイがこのウロボロスラントに求めるもの。

 それは王国に抗うための力だ。そしてその力は、エルロイとユイの二人だけでは決して得ることはできないのである。

 とりわけ今エルロイが求めているのが人材であった。

 ラングドッグ村の住民は善良ではあるが、エルロイが求める組織の長を任せられる人材はいなかった。

 正直ゴランの腕ではロビンにも劣るし、村長も行政官としての実務をこなせるとは到底思えない有様である。

「…………本当、楽しみだよ……」

 もろもろ問題の困難さを改めて自覚して、勝手に落ち込むエルロイであった。

 王国にこのウロボロスラントの真実がばれるまで、どれほどの猶予があるだろうか。

 やるべき課題はあまりにも多かった。

「大丈夫です! いざとなれば私が国のひとつやふたつ滅ぼしてみせますから!」

「うん、自重しようね、ユイ」

 彼女なら本当にやりそうだからいやだ

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