第16話 邂逅の王子

 ソルレイスの村に近づいたエルロイは、「ほう」と感嘆の声をあげた。

 村が自然的な丘陵地形にあり、そこに至る道が明らかに人の手が加わった曲がり方をしている。

 これは日本の戦国時代によく使われた防御手段で、敵の侵入する数を限定し側面を攻撃することを目的としたものだ。

 さらに目立たないよう偽装された見張り用の小屋がいくつか見つけることができた。

 素人にできることではない。

 ソルレイスの村に軍事的知識のある指導者がいるのは確実だった。

「泣かせますか?」

「だから自重してくれよユイ」

 複数の射手がエルロイを狙っていることを察したユイが足元の影を蠢かせるのをエルロイは必死で止めた。

 彼女がその気なら、射手に気づかせることなく無力化することも殺すことも自由自在である、が、自分はあくまでも話し合いに来たのであって征服しに来たわけではない。

「ロプノールの里のリグラドじゃ。村長に取り次いでもらいたい」

「そこに連れは何者だ?」

「我が里の恩人で同盟者でもある。ドワーフの誇りに誓って彼らの身分は保障しよう」

「しばし待たれよ」

 守り人は恐縮したようにリグラドに頭を下げた。

 彼らにとってドワーフたちは数少ない友好関係にある隣人であり、貴重な交易相手でもあるのだ。

 間違ってもリグラドを怒らせるようなことは避けたい。だが、ドワーフが連れてきた身なりの良い人間を無条件で迎え入れてよいと判断もできなかった。

(想像以上に訓練されている)

 その対応にエルロイはむしろ感心していた。

 ドワーフに媚びるのでもない、気安くもない、自分の責任を超えると判断すればすぐに上司に判断を仰ぐ。

 誰かに正しく命令されていなければできない芸当であった。

「……村長は体調が悪いので戦士長が対応させてもらう」

「感謝する。必要であれば村長の薬についても相談に乗ると伝えてもらいたい」

「ありがたい。必ず伝えさせていただこう」

 ぱっと顔を輝かせて守り人は愁眉を開いた。どうやら村長の病状はかなり悪いようだ。

 ドワーフは鍛冶の副産物として、薬品の扱いにも長けている。ソルレイスの村では作ることのできない薬を作ることが可能なのだった。

「どうぞこちらへ」

 待つこと十分ほど、一行が案内されたのはソルレイスの村の隅に位置する詰所のような場所であった。

 おそらくは軍事指揮所と訓練所の役割を兼ねているのだろうとエルロイは察した。

「リグラド様自らのお越しのところ申し訳ない。先日以来村長のモルトマンは病に伏しているゆえ、武骨者ながら私トルケルが対応させていただこう」

 身長二メートルを超えるであろう見事な体躯、年の頃は三十半ばで精悍さの中に品のある色気のある顔立ちをしている。特筆すべきはその青い瞳に宿る知性の輝きだ。

 決して腕っぷしが強いだけの男ではないことが、それだけでわかるほどだった。この村の防衛体制を仕切っているのはこの男で間違いない。

 エルロイは心底驚愕していた。

 トルケルの見事な佇まいにではなかった。そこはかとなく漂う強者の気配にでもない。

「――――こんなところで何をやってるんです? デルフィン殿下」

「んなあああああっ??」

 そこにはかつて一度だけ王宮で顔を合わせたレダイグ王国の王太子デルフィン・レダイグの姿があったのである。少々くたびれてはいたが。

「な、な、なぜそれを……? 貴殿はいったい…………」

 思いがけず正体をばらされたトルケルは、驚愕に絶叫しながら目を閉じて記憶の糸をたぐった。

「そうか! 思い出したぞ! ノルガード王国の第五王子……エルロイ殿下だな」

「よく覚えてましたね。スペンサー王国に対抗するため同盟を依頼にノルガードへ来たあのとき一度だけでしょう?」

「あの場にいたなかで殿下が誰より強かった。どれほど幼くともな。武人として強者の顔は忘れん」

 信じられぬ思いではあった。

 当時のエルロイはまだ九歳か十歳程度である。にもかかわらず生死の境を潜り抜けた強者の気配を感じたあのときの違和感をトルケルは今でも覚えていた。

 一方エルロイはトルケル――当時はデルフィン殿下だったが――が纏っていた赤い鎧が派手過ぎて、赤い彗星かよ! と悪目立ちしていたから覚えていたのだが……これは言わぬが華というものだろう。

「スペンサー王国に降るのをよしとせずレダイグ王国を出奔したものの、部下に裏切られて死んだと聞いていましたが……」

「うん、まあ見ればわかると思うが偽装だ」

「よくばれませんでしたね」

「途中ウロボロスラントを訪れる行商にたまたま拾ってもらえたのでな。うまいこと潜りこんで念のためこのソルレイスまで逃れた」

 どうやらトルケルは正式な移民ではなく、行商に便乗してあとから潜りこんだらしい。

 よくもまあ無事たどり着けたものだ。

 エルロイが唸ってしまうほどにスペンサー王国によるデルフィン王子追及の手は熾烈なものであった。

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