第14話 エルロイの油断

 巨大なディープアポピス――どうやら名をピオスというらしい――の背に揺られて、エルロイとユイはロプノールの里へと迎えられた。

 里にとっては信仰の対象であり、かつ鉱毒を浄化するのに不可欠なディープアポピスを助けてくれたということで里のドワーフは熱烈大歓迎である。

「よくぞ我が神を守ってくだされた!」

 里長であるといういかつい壮年のドワーフ……名をリグラドというらしい。

 守護神を守ってくれただけではなく、あのエルダーサイクロプスを葬ってくれたというのだから感謝しないはずがなかった。

 エルダーサイクロプスとその一党は、間違いなくあの地下坑道を支配していた住人であろう。

 その脅威が消滅した今、あの新たなアダマンタイトの鉱脈を得ることができる。

 アダマンタイトといえば魔力増幅の力が高く、さらに加工すれば鋼より遥かに頑丈に鍛えることができる。

 ドワーフにとって一生に一度は扱いたいと思わせる夢の素材であった。

 その利益は莫大というほかはなく、さらにドワーフにとっては金銭的な価値以上のものがあるのだ。

 エルロイは返しきれないような多大な恩をロプノールの里に売ったに等しかった。

『改めて心から礼を言う。あのエルダーサイクロプスとその一党を我が力で倒すことは不可能であったろう』

 ドワーフとディープアポピスは共存共栄。どちらが欠けてもこのウロボロスラントを生き抜いていくことは難しい。

 神であるディープアポピスの言葉に、ドワーフの里人全てがエルロイへ向かって頭を垂れた。


 その夜は盛大な酒宴となった。

 どこの国でもドワーフは健啖と酒豪で知られている。

 特に秘蔵とされる火食い鳥の火酒は、ドワーフ以外には飲めないと噂されていた。

 その火酒をちらりと解析して、エルロイは嘆息する。

(アルコール度数九十六度って……スピリタスやん)

 スピリタスはポーランドのウォッカで、アルコール度数世界最強の酒として名高い。エルロイも学生時代には罰ゲームでよく飲まされた記憶がある。

 翌日の二日酔いはなかなか格別なものがあった。思い出すのもいやな記憶だ。

(なるほど、魔力が濃厚だから精はつくだろうな。ただ度数の高い酒というわけでもなさそうだ)

「ぷはあああああっ!」

「おおっ! なんという飲みっぷり!」

「って、おおおおおい! 何勝手に一気飲みしちゃってんの! ユイ!」

「ふふふ…………酒の強さでは和〇アキ〇ですら私の敵ではありません!」

「…………歳がばれるぞ?」

「あくまでも例えです!!」

 ユイの転生前の歳はほぼ同年代ではないか、と密かに確信するエルロイである。

「俺もいただくか」

「おおっ! さすがは救世主殿!」

 なんのことはない。アルコールは人間の体内でアセトアルデヒドに分解され、さらに無害な酢酸へと分解される。

 その機能を増幅強化してやれば、ドワーフの火酒すら恐れるに足らない。

 エルロイとユイの飲みっぷりに酒豪をもってなるドワーフたちも、負けてはならじと色めき立った。

「すごいのです。あの火酒はドワーフのなかでも一気に飲めるのは数が限られているのです」

 そういいながらステラも火酒を軽々と飲み干している。

 ただ、さすがに酒豪でもちゃんと酔いは回っているらしく、少々ろれつが怪しく顔もほんのり赤らんでいた。

 そんな姿が色っぽいというより、いたずら心を湧き上がらせるところが彼女の性質というべきか。

「湖の巫女は解毒の力があるので、酒にも強いのです!」

「ほう、そうか。なら一勝負と行こうじゃないか」

 エルロイとステラの会話を聞きつけたのか、盛大に里のドワーフたちの歓声が上がった。

「おおっ! 英雄殿が巫女に挑むぞ!」

「底なしの巫女に勝負を挑むとはなんと剛毅な!」

「底なしの巫女ってなに?」

「なぜかみんな私のことをそう呼ぶのです。不思議です」

 そういいながら火食い鳥の火酒を一息に飲み干すステラに、再びドワーフたちの歓声が上がる。

「…………やるじゃない」

 負けじとエルロイも火酒を飲み干した。

 いかにステラが蟒蛇(うわばみ)といえど、アルコールを密かに分解できるエルロイに負けはない。

 そう思っていたエルロイであるが、五杯、十杯と重ねていくうちに誤算が生じたことに気づいた。

 大人なら経験した人もいると思うが、ビールを二リットル飲むのは簡単でも、水を二リットル飲むのはそう簡単なことではないものだ。

 酔いこそしないものの、エルロイの胃袋はいつのまにか決壊寸前のダムのようにたぷたぷに満たされていた。

 対するステラは涼やかなものである。

 もちろん頬は上気し、いかにも気持ちよく酔っている様子なのだが、一向に潰れる気配がない。

 そんなエルロイに止めを刺したのは酔っ払ったユイだった。

「ご主人様~~! もう! ちゃんと飲んでますか~~?」

 しまった、こいつ絡み酒かっ!

「ちょ、ユイお前……馬鹿、押すな!」

「あれあれ? もしかして酔ってる? 私押し倒されちゃんですか? 服、脱ぎます?」

「抱きつくな! 腹を押すなああああああ!」

 限界だった。

「漏れるぅ! 逆流するうううう!」

 ここで粗相をしては末代までの恥。全能力を駆使してエルロイは脱兎のごとくトイレへと駆けこんだ。

 同時にそれは、飲み勝負におけるステラの勝利を意味していた。

「さすがは巫女!」

「英雄殿も底なし巫女にはやはり敵わぬか」

「ご主人様なっさけな~~~~いっ!」

「誰のせいだと思っ…………おろろろろろろろろ」

「大丈夫ですか? エルロイ様、お気を確かに!」

 ガクガクガク!

「ああっ! それ以上肩をゆすらないで! おろろろろろろろ!」

 エルロイ痛恨の黒歴史爆誕であった。

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