第12話 怪獣大決戦

 アルラト山をたった1日で越えたエルロイとユイは、さらに昼になる前にふたつの山を踏破した。

「あら意外。思ったより緑がありますね」

 ユイが目を見開いてそう漏らしたのも無理はなかった。

 これまで荒涼とした不毛の大地が続いていたと思ったら、木々が生い茂り水源も豊富そうな緑の地が出現したのだから。

「でも、土地が豊かな分敵も多そうだ」

「それもそうですね」

 二人が山を下り始めてから、すでに複数の魔物の気配がつかず離れずについてくる。

 ユイの言葉を借りるのならば、強者の気配を敏感に感じ取っているのだろう。

 だが、勘が魔物が持つ衝動を抑えるのにも限界がある。

 案の定、一定の数が集まったところで一部の魔物が我慢できずに柔らかく美味しそうな二人に対して牙を剥いた。

「影氾濫(シャドウフロード)」

 ユイの影が一点に集中したかと思うと泉から水が湧き出るように影が迸り、前方の魔物たちを飲みつくした。

「相変わらずすごいな」

 影に同化するように飲み干され、蹂躙されていく魔物たちをみてエルロイは改めてユイの影の汎用性の高さを思う。

 ユイの影は目には見えるが、物理的な物体ではない。

 影の正体はユイが所有する異空間そのものであり、魔力による防御ができなければこれを防ぐ術はないのだ。

 たまに気合で空間まで捻じ曲げるような強者がいるが、普通一国に一人いるかいないかなので今は考える必要もなかった。

「さて、こっちも実験するとするか――拡散する世界(デフュージングワールド)」

「げぺっ!」

 横合いからエルロイとユイめがけて突進しようとしたフォレストイビルは奇声をあげて痺れたように硬直した。

 よくよく見ればフォレストイビルの目や耳から泡立つように血が溢れている。

「なんとか制御できたか。でもやっぱりちょっと範囲が狭いな」

 取りこぼしたフォレストイビルへと点火で弾丸を撃ちだすと、ひとたまりもなくフォレストイビルの群れは全滅した。

「…………わりとえぐいですね。ご主人様」

「俺もちょっとそう考えてる」

 今回実験したのは対象の範囲の蒸気圧を一気に低下させる魔法である。

 蒸気圧が低いほど沸点が下がるため、例えば富士山の山頂近くでお湯を沸かすと、百度ではなく八十七度で沸騰することを知る人は知っている。

 そのため蒸気圧を零近くまで下げると液体は常温であっても沸騰してしまうのだ。

 フォレストイビルの群れは、体液が一瞬で沸騰してしまったことにより即死したのであった。

 科学的知識のない者が見れば未知で空恐ろしい魔法に見えるだろう。

 ぐろいけど。

「うん?」

 地響きとともに大きな衝撃音が轟いた。

 森……というよりは林程度であろうが、それなりに緑が広がる森の奥が騒がしい。

 思ったよりもフォレストイビルの数が多かったのも、どうやらこの騒がしさと無関係ではないようであった。

「ご主人様、あれを」

「おいおい、いきなり怪獣大決戦はないだろう」

「そういうことをいうと転生前の歳がバレますよ?」

「それはお互い様だろ?」

「私は知識として知ってるだけでリアル世代じゃありません!」

「俺だってリアル世代じゃねえよ!」

 余談ではあるが、怪獣大決戦は1979年に円谷プロで製作されたウルトラマンシリーズの傑作である。

 これをリアルタイムで見たとするとちょっと口に出すのを憚られる年代になるだろう。

 余談だがエルロイが知っていたのは、大学生時代の友人が特撮マニアであったからである。

 ユイの名誉のためにいうならば、ユイも決してリアル世代ではない。(ちなみに作者もリアル世代ではない)

「…………あれはディープアポピスとエルダーサイクロプスですね」

「そんなラスボス級の化け物がいきなり戦っているわけは?」

「私に聞かれても困ります」

 密かにこめかみに汗するユイであった。

 ディープアポピスは場所によっては湖の神とされる蛇神で、水属性の魔物としてはかなり上位の存在である。

 知性も高く農業技術を人間に教えてくれたりすることでも知られる温和な魔物だ。

 対するエルダーサイクロプスも凶悪な再生能力と腕力で知られるサイクロプスの上位種で、滅多に見れる存在ではない。

 並の国であれば、ただのサイクロプスを倒すのにも騎士が一個小隊は必要であろう。それがエルダーサイクロプスともなれば下手をすると数千近い騎士集団に匹敵する。

 そんな規格外の魔物がいきなり暴れている現場に遭遇すれば、多少現実逃避したくなる気持ちもわかるのではないだろうか。

 というより、ここはあんな化け物が当たり前に出没する魔境なのか。とするとこの地に移植した村の存続もかなり怪しくなるな。

「逃げてもいいかな?」

「そうですね……」

 君子危うきに近寄らず。見て見ぬふりをして引き返そうとしたエルロイの耳に甲高い悲鳴が届いた。

「ああっ! だめ! お願い、ステラのいうことを聞いてですぅ!」

「…………行方不明の開拓民に……いきなりヒットかな?」

「ご主人様の豪運でしょうか」

「まさかこの程度で重大危機化における幸運(デッドオアライブ)が発動するとは思えんが」

 基本的にエルロイのスキルは生命が一定の確率で危うい状況でしか発動しない。しかも幸運が発動したからといって必ずしも危機を回避できると保障されているわけではないのだ。

 例えば幸運をも上回る不運に見舞われる可能性もあるし、そもそも物理的に運がよいだけでは回避不能な場合もある。

 スキルによって生き延びることはできても、結局王国からは追放されてしまったり、と決して万能な効果があるわけではない。

 まかり間違っても、捜索中の開拓民を発見する程度のためにスキルが発動するとは思えなかった。

 むしろ実は幸運と引き換えに、何か厄介事を呼びこむ隠しスキルでもあるのではないか、と疑っているエルロイである。

 ズズ―ンとひと際大きな地響きとともに、ディープアポピスが長い胴体をエルダーサイクロプスに蹴り上げられた。

 そうなって初めてエルロイとユイは、ディープアポピスの頭に一人の少女がすがりついているのに気づいた。

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