世界の光である君は僕の光

詠月

世界の光である君は僕の光


 「ごめんっ……ごめん、トール……っ!」



 瞳から雫を流しながら、ひたすら謝罪を繰り返す彼。



「ごめんっ……!」



 違うよ。

 ユリウスが謝ることじゃない。

 だから泣かないで。


 持ち上げようとした腕はもうびくともしなくて、僕は情けなくなった。


 最期くらい、君にふさわしくありたいのにな。

 ごめんね、ユリウス。


 どうか君は――





 ◆◆◆





 あぁ、ダメかも。


 そう思った瞬間襲ってきた衝撃。



「トール……ッ!」



 遠くから響く声。戦場と化したこの空間に濃く香る鉄臭い匂い。


 いかなきゃ。早く、いかなきゃ。


 急かす心とは裏腹に僕の身体は揺れた。

 地面に膝をつく。支えきれなくてそのまま力なく倒れ込んだ。

 目の前が赤い。腹部に激痛が走る。

 ここまでなのかと僕は悟った。


「はは……ごめん……」


 ごめんね。

 役立たずで。弱い僕で。


 こんな無様な死に方なんて嫌だな。せめて最後まで戦場に立っていたかった。彼の隣に、立っていたかった。



「トール!」



 ユリウスが駆け寄ってくるのがうっすら見える。


 ダメだよ、こっちに来たら。戻って。


 そう伝えようと動かした口からは何の音も発せられなかった。



「トール、無事か!? 怪我は……っ、!」



 視界いっぱいに広がる金色。君の色。

 こんな時なのに僕は微かに笑みを浮かべた。



「こっちまで敵が来てたなんて……」



 ごめん、と彼は謝る。謝らなくていいのに。悪いのは僕なのに。



「……だぃ、じょ、ぶ」



 大丈夫だから、そんな顔しないで?


 今にも泣きそうなくらい眉を下げたユリウスは、いつもより幼く見えた。

 普段はその身分にふさわしいようにと気を張っている彼の、僕だけが知っている表情。



「すぐに回復士を……っ!」


「ユリ、ウス」



 まだ動く指先で、僕を支えている彼の腕に触れる。



「いい、から、早く……戻って……」


「何でだよっ、お前を回復させるのが先だろ!」



 違うよと僕は僅かに首を振る。



「君は、ここに、いちゃ、いけない……」


「何でっ!」


「民のところへ……はやく」



 僕なんかで君の貴重な時間を使ってはダメなんだよ。

 この国の王子であり、英雄と称されている彼。

 救いを待ってる人がたくさんいる。君を待っている人がたくさんいる。だから。

 僕は彼に微笑みかけた。



「ユリウス殿下……民の、もとへ……どうか」


「嫌だ、こんな時だけ王子扱いするなよ! 俺はお前が一番なんだよ……」



 頬に温かい何かが落ちてきた。


 馬鹿だなぁ。

 僕のためになんか泣かなくていいのに。

 僕と国を天秤にかけるなんて、ダメだよ。



「そんな簡単に、死なない、から……」


「けどっ!」


「行って……? それまでなら、僕は……耐えられる、から、さ」



 ユリウスは戸惑ったように瞳を揺らした。

 僕は精一杯の笑顔を作って笑う。



「僕を、誰だと思ってるの……未来の、英雄の……騎士、だよ……?」



 ほら、と促せば彼は一度顔を歪めて。



「……ごめんっ……ごめん、トール……っ!」



 悔しそうに唇を噛む。

 零れる雫を拭おうともせずに。



「必ず……必ず、戻ってくるから」



 僕の髪をそっと撫でて、ユリウスは決心したようにぎゅっと手を握った。



「それまで、絶対に死ぬなよ、トールっ!」


「わかっ、てる……よ」


「死んだら許さないからなっ!」


「はは……はいはい」



 立ち上がったユリウスを僕は見上げる。

 見事な金髪が日の光を反射してさらに輝いて見えて。思わず目を細める。



「行ってくる」



 顔を上げた彼の表情は、すっかり英雄の顔に変わっていた。



「……生き、てね、ユリウス」


「ああ」



 最後に僕を見て。

 若干瞳を潤ませながらも彼は笑顔を浮かべた。



「必ず、助けにくる。約束だ、トール」


「……うん」


「生きろよ」


「……そっち、こそ」



 遠ざかっていくユリウスの大きな背中。

 霞む視界の中で僕はずっとそれを見つめ続けた。

 ……最期は、彼がいい。

 彼の勇姿を目に焼き付けていたかった。



「ごめんね……」



 嘘をついて、ごめん。


 もう待てないんだよ。


 迎えがすぐ傍まで来ているのがわかる。ここまでだと。

 僕の瞳から何かが溢れた。



 ――君は僕の誇りだよ、ユリウス。



 幼い頃からずっと一緒だった。

 本当は、これからも、この先も隣に……傍にいたかったけど。


 彼の背中はもう見えない。見ることができない。

 僕は素直に重力にしたがって瞼を閉じた。



「がん、ばれ……ユリウス……」



 この国の英雄。



 ――僕の光。




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世界の光である君は僕の光 詠月 @Yozuki01

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