目次 2021/3/1-2021/5/31
現代ドラマ・現代ファンタジー系 部屋の外は異界
『新メニューBLT』
世界的な名探偵である私は頭を抱えて絶望していた。
既に事件は起こってしまった。
どうして未然に防げなかったのか、悔やむばかりだ。
前兆はあった。でも慢心し最大限の努力をしてこなかった。視界が涙で滲む。
「ツナサンドは本当に?」
「3月で終わりました。」
『責任転嫁』
差し入れようと思って買ったクッキーセット。
疲れて帰り、自分の家で齧ると罪悪感でしょっぱく、不味かった。
高級店で買ったのに。
やっぱり受け取ってもらえなかっただけあるな。
『若者に人気のショップ』
オシャレで安く高品質な服を揃えているあのショップで、皆が慌てて商品を取って会計を済ませている理由?
よく見なよ。あれは擬態型店舗怪獣だ。獲物をおびき寄せて食べるタイプのショップ、7年は営業している老店舗。
会計中に口を閉じなければ良店舗さ。
『都市伝説検証中 天才演奏中』
交響曲を9曲作曲すると力尽きる都市伝説がある。天才の寿命についての27クラブという都市伝説もある。「つまり天才としてバンド組んで交響曲作りまくれば、俺たちの目的を達せられるってことか?」
有名バンド公式HPと化した闇サイトの管理人は頭を抱えた。
『どこにいようと、どんな存在だろうと』
花は嵐のようにケーキは白く甘やかに机を飾っている。
最後に愛用のパソコンを取り出す。そこには変わらない笑顔が表示されている。
「誕生日おめでとう!」
生まれたら誕生日がある。過去の人間でも虚構でも変わらない、素晴らしい事実だった。
『5月31日深夜にて』
調べてみてもその日付は特に何もでてこなかった。著名人の誕生日や歴史上の出来事はもちろん記されているけれど、私の望む答えではない。
「記憶をなくす前の私は何を楽しみにしていたのだろう?」
スケジュール帳に残された6月1日の花丸に私は首を傾げた。
『忠告推理のガソスタ店員』
幼いころから内向的だった。それに夜更かしは得意だ。だから深夜のガソリンスタンドを仕事に選ぶのは自然な流れだった。
流れ作業で何台も車を送り出す仕事は前職より楽しい。
ある夜窓を拭くため車を覗き込んだ彼は言った。
「刑事さんその変装下手ですよ」
『ラストシーンはまだ遠い(最悪だ!)』
「レオンが好きなのに牛乳アレルギーで飲めないんです。だから他のところを真似しようかと」
「最悪の模倣しやがった」
男は赤い液体を吐き出した。
「魂を物質化して以来、感動や恐怖を味わったことがないのです。それが私があなた方の事務所を襲撃した理由です。物質化した魂?奥歯にあります。」
「奥歯がたがた言わせたろかオラア!」
「奥歯がたがた言わせるのが有効な場面があるとは」
『怪異の現代離れ』
虫の声がしない。田舎出身の彼はピンときた。
きっと自分という怪異に虫が警戒しているのだろう。密かに人間狩りを行うために虫の騒音を偽装しよう。
彼は再開発によって地域から虫がいなくなったことと騒音問題で現代人はとんでもない力を発揮することを知らなかった。
『トートロジー酒』
近所のスーパーは信頼できる酒飲みが通っているので、一番在庫が少ない酒が外れなくおいしい。
問題はいつもおいしい酒の在庫が少ないことくらいだ。
『「夫が無慈悲で草」「室内はやめて」』
Twitterで出会った人物と結婚した。彼女は感情表現豊かで毎日「泣いた」「爆笑した」「草生えた」等言ってた。
まさか全部本当だとは思ってなかった。
彼女は泣いて大笑いして怒っている。しかも今日は面白いことがあったらしい。
部屋が大草原だ。
『そういうとこ』
ライバルを名乗られている。モテないし冴えないぜと何度も伝えているのに。彼は何を競っているのやら。
「パートナーの尊敬するところは?」「毎日を楽しむ達人なことです。もはやライバルです」
生放送のスタジオから彼が帰ってくるまで三時間。
味玉でも漬けるか。
『一生のお願い』
「期間限定モンブラン食べるまで成仏できない」幽霊は数年前の限定商品を食べたいと幼なじみにねだった。
数年後ついに復刻させたそれを幽霊は喜んで頬張った。
でも一向に成仏できない。
「探すうちに舌が肥えて成仏できなくなっちゃった」
幼なじみはガッツポーズした。
『朦朧』
今際の際の旦那を引き留めるため女はたくさんの朗報と好物を集めてきた。
「新刊でるって」「連載再開」「起きたら昇進だって」「好物の十割そばよ」
遂に男は持ちこたえ奇跡的に快復した。喜ぶ周囲を他所に女は浮かない顔だ。
彼の心臓を動かした朗報は隣人の女性の出産だった。
『言い方ァ!』
「月をきれいに見たい毎晩付き合ってくれ」
恋人は突拍子がない。
この間は「どの味噌汁がおいしいか知りたい」と言って各地の味噌を買った。
私は疲れた。だから距離を置こうと言った。
「嫌だ。プロポーズの返事ももらってないのに」
本当にいつも突拍子がない。
『赤い糸は蜘蛛の糸足り得るのか?』
暗い目をした人だった。地獄を生きている顔で素晴らしいものを作っていた。
「誰もそばにいないなら私が一緒にいよう」
名乗りをあげた彼女を彼は一瞬だけ見た。目の奥には消しきれなかった期待の種が芽吹いている。春が来る。
『みんな健康になりたいだけ』
ざわざわしている。
「薬を打つ人は部署ごとに時期を分けよう」「取引先ごとにも。薬の種別もしよう」「偏差を」「全滅だけはしないように」
サプリメントの粒をざらざらと飲みながら、朝の会議を、暗くした画面越しに聞いた。
『くんなや笑』
深夜コンビニに行くための道には誰もいなかった。暗い道に該当の明かりで伸ばされた影が落ちる。
彼女はアプリを開いた。
「コンビニ行くついでに家寄っていくわ」
返事も見ずに閉じるアプリは彼女の臆病が詰まっていた。
返事を読み逃したことを彼女が後悔することはない。
『あの人の恋人は大変』
「幸せになって」「探すな」「さよなら」遺書じみたメールが彼女から来てもTは落ち着いていた。
Tは人外でタイムトラベラーで未来人だった。
「彼女の骨があれば再生できる」「このメール送信時刻に時を戻そう」「そんな未来ない」
つまるところベタ惚れだった。
『引っ越してきて最初に匂った花』
木があったらしい。切り株が残された道端に足を止める。
そういえばいつも夏に匂っていたものがない。
特に好きな匂いではなかった。甘いような苦いような、出来立てのサラダのような、液状化一歩手前の花のような匂いだった。
あかん、もう思い出せん。
『夢がない』
引っ越し先は壁が薄く生活音がよく聞こえる。しかもお隣さんから四六時中不快な音がする。
ぺちゃぺちゃと粘着質な水音としゃっしゃっと刃ずれのような。
まさか怪談か事件か?
「あ、どうも」
今朝初めて会ったお隣さんは、色とりどりの絵具を服に付着させたイケメンだった。
『それ聞いて俺らどないせいっちゅうねん』
彼女は運命の赤い糸を見る超能力を持っているのに色盲だった。
ある日友人同士が糸が結ばれているのを見つけ、アドバイスを送った。
「君らは恋人同士か一生の友達か、最悪の敵同士になれると思うよ!これは運命だから信じて」
『チェーン店なのに?』
「テイクオフで」
ファストフード店で他人の注文に俺は吹き出した。「離陸てアホや」友人に耳打ちをする。
「テイクオフですね」店員は笑うと青いチケットを手渡した。「8番出口、10分後に出発です」
「この街はそういうこともある」
友人は冷めた目を俺に向けた。
『声だけ』
ぶっきらぼうな知り合いがいる。
フルリモート情勢下で知り合い、まだ画面越しにしか会ったことがない。顔も見たことがない。
彼のそばにはいつも猫がおり、ごろごろと音がする。
「おめぇ猫どっか行け」
いつも彼は悪態をつき、猫は喉を鳴らし、猫ブラシで毛をとかす音がする。
『だめなもんはだめ』
取引先へのメールを誤字してしまった。私は慌てて訂正メールを送る。
「本文“抱きます”について”頂きます”に訂正させて頂きます。大変失礼致しました。」
取引先の男は戦慄した。
「抱きますメール、追撃きたんやけど。」
「抱かれちゃえば?」
事務員は聞き流した。
『君を知らないままでいたかった』
「君の癖毛に絡まって死にたい」
彼の愛情表現はいつも独特だ。
苦笑しながらページをめくる。
「息の根を止めてその長い黒髪で」
盗み読んでいた彼の日記帳を閉じて、私は自慢のストレートのボブヘアをかきあげた。
『恨めしい嗅覚』
嫌な匂いがする。
見合い相手を前に、私は首をかいた。
私は他人よりも優れた嗅覚をしている。
優しそうな彼は悪くない。遺伝的に相性の悪い相手が私の嗅覚に引っかかっただけだ。
見えない遺伝子なんかより実在する結婚相手を取りたいのに、悪臭に吐き気までしてきた。
『大人の平日倶楽部』
悪い大人なので自宅勤務の合間はサボっている。
会議さえ取り繕えば良いのだ。
「会議始めます」職場のエースの背後から牛の鳴き声がする。
「画面共有を頼む」部長の画面から歓声があがっている。
スーツの袖口がびちゃびちゃな私など問題でもない。
これが現代だ。
『平日を彩る人に敬意を』
人生は平日のほうが多い。
雨に降られ私はコンビニに駆け込んだ。
イケメンが傘を二本買って走っていく。
大事な人を迎えに行くのだろう。私の平日にはない機会だ。
「雨合羽500円です。あと試供品です。」
若い店員が、イケメンには渡していない飴を差し出した。
『言い訳』
私は未来の資料作りをしている。
私の書いた小説が風俗史料になる日がくる。そのときのために、出来るだけ詳細に行動を記載した小説を書くのだ。
「読まれない言い訳をしてんなよ」
『可愛くなりたいから好きな人作る』
私は切実に可愛くなりたかった。
理由は特にない。強いて言うなら自分の限界に挑戦したいからだ。
そうは言っても美の基準は人それぞれ。
ならば正解を設定しよう。
「それが貴方を好きになった理由です。」
「俺が可愛いの審査員?」
『殺人的なキスだった』
卒業すれば私と先輩は他人同士だ。
「俺に言うことはないの?」
いたずらっぽく言う先輩には、もう勘弁してほしかった。
胸倉をつかんで、背伸びをする。
人生初めてのキスは無味で焦げっぽく、色濃く焼きついた味がした。
『共依存』
「先輩方って共依存ですよね」
後輩は言う。私は彼がいないと生きていけないし、彼も同じらしい。
「先輩方は二人とも医者なんだし気づいているでしょう」
私は不思議だった。
それがどうした?よくない関係性のラベルをつけられたら止めなきゃいけないのか?
『無茶を仰る』
いつもの返事をしてほほえむ彼氏に、私は首を傾げていた。
いつもの返事の後、彼は無理難題をこなすことを私は知っている。テストの山はりも代返も高価なプレゼントも。
「別れてほしい」
「それは無理」
叶えてくれないのはこの願いだけだ。
『おめでとう悪霊化してるぞ!』
寺生まれのTさんの実在を知って、神社の息子Yさんは感動した。
祓いの記録。「ハアーッ!」で散る悪霊のお歴々。
そうなりたい。
しかし彼が神社で習得していたのは「祝詞」。
彼は祝って成仏させることにした。
「片っ端から祝ってやる!」
『予言者配信中』
俺は予知能力者だ。ゆーつべで配信チャンネルも持っている。
いつかくる災害発生時に備えて、認知度を上げるため配信を始めた。
再生数は伸びない。
「明日は晴れ、メンバーシップの誰か、5号車に乗ると良いことあるよ」
有益なチャンネルのはずなのだが。
『体は正直』
ごはんがまずい。一口目に私は戦慄した。
おいしい唐揚げが名物の小料理屋でのことだった。
味覚の変化は身体の危険信号と聞く。噂の感染症もある。
深刻な顔で茶碗を置く私を、店長は心配そうに見ていた。
「どうしたんだ……やはりまずいか最安値の米は。」
『冒険夢』
夢で冒険した青年がいた。
起きて書き留めた大作を彼は出版社に送る。
書籍化寸前で小説投稿サイトに似た話が。
盗作だと口論するも話が食い違う。
世界観は同じなのに内容が違いすぎる。
その日彼らは冒険の続きを夢に見た。
夢が繋がる冒険譚はあり得るのか?
『全てはシナリオ通り(ガチ)』
夢の中の冒険譚を出版するも、盗作疑惑の二人。
夢の世界のつながりと「魔物」と「人類」であったことが判明する。
彼らは物語を再構成、共同出版する。
ある日寝ると見慣れた夢の世界。
続編の取材のため、彼らは合流を目指すことにした。
『平凡なWD』
今日のホワイトデーで1年間の全記念日を彼と過ごしている。
付きあってないのに。
私には恋がわからない。ずっとそうかもしれない。
彼はそれで良いのだろうか?
「それで良いけど、他の予定をいれることだけは許さないよ」
恋というのは、私には難解すぎた。
『あの日から』
あの日、私の何かが変わった。
住む場所も変わった、進級も卒業も何回かしたし、社会人になった。
隣にいる人たちも変わった。
それでもきっと何かが変わった「アレを見たときから」この叫びたくなる感情は変わらないのだと思う。
あの日からみんな。
『オールマイティ』
全て俺のお茶だ。俺は茶葉を前に満足を覚えていた。
極東の緑に中東の赤、どれも世界中から集めた一級品だ。
でも茶葉たちは奪われる運命にある。
悔しさに拳を握る俺に、バイトが言う。
「店の看板出しました。働きましょ。」
【茶葉専門店all my tea】
『自己中に恋する』
君に告白したのは五年前。
あの時君は「勝手にしろ」と言ったから、毎週デートして毎日連絡して誕生日も祝ってきた。いつも君は来てくれたね。
でももう来られても困る。興味なくなっちゃった。
勝手にやってたことだし止めていいでしょ?
「よくない」
『偽檸檬』
檸檬が書店で爆発するのを描いた作家がいた。
私は倣って模造品の檸檬を友人の書店に時々置いていた。
店員の君は笑って片付ける。
そんな日が続くと思っていた。
模造品の檸檬なのに、なぜ君が作家と同じ道をたどるのか。
私は君の墓の頂きに檸檬を据えつけた。
『おみやげ』
死んだ親友の後を追うのに最高の場所を見つけた。
そこで先客が逡巡している。
快晴で強風の夏、今日ここでいきたい。
どかすため私は説得する。
どうやら彼女は、軽い気持ちで人を殺したかもと気に病んでいるらしい。
説得を止めて、背中を押すことにした。
『本末転倒』
読書バカの活字中毒者がいた。
彼はより良い読書のために、漢字と仮名を学び直すことにした。
文字の作りを知れば、小説家の文字選びからより深い意図を知れると考えたからだ。
そして数年後、彼は高名な書道家となり、読書をする間もないほど仕事をしていた。
『文化』
起きたら色がわからなくなっていた。
区別だけでなく、空が何色かわからない。色という概念を忘れていた。
周囲にバレたらどうしよう。
学校に行った私は笑った。
空が何色でも問題ない。
進学校だからと授業からなくなっている美術に、私は初めて愛情を覚えた。
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