第151話 不器用ですから

「本当に、ごめんなさい!」

「だから、気にすんなって。それよりも、話したいことがいっぱいあるんだ。せっかく久しぶりに会えたんだし。晩の仕込みまではゆっくりできるんだろ?」


 簡単にメンバー紹介をしたあと、お客さんの引けたテーブルをつなげて座り込み、話を始めた矢先。跳ね上がるように再び立ち上がって、アラカが謝ってきた。


 アラカは俺に手紙を出した後、書いた内容を両親に話して聞かせたらしい。クヌはそれを聞いて、冒険の邪魔をするようなまねをしてはいけないと、アラカを諭したようだ。俺としてはそこまで気を使ってもらわなくても良いし、むしろ水臭いとさえ思うんだが。


 勢いよく頭を下げてくるアラカに顔をあげるよう伝えて、まあまずは少し話そうと伝える。やはり手紙では書ける内容に限りがあるし、確か、この時間はどんぐり亭も余裕があるはず。ここはやはり、ヌルを旅立つ場面から、じっくりと語って聞かせてやらねばなるまい。


「いや、できれば、先に俺の話を聞いて欲しい」

「へ?」

(む。随分とせっかちなクマですね)


 予想外のクヌの言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまった。礼儀にうるさいレナエルは少しムッとしたみたい。


 けれど、コナのお産の時もそうだったが、クヌは気になることがあると他のことが手につかなくなるタイプだ。心配性が過ぎると言われればそれまでだが、昔の付き合いでそれは彼の誠実さからくるものだと俺は知っている。小声だったのでクヌには聞こえてないようだったけど、こっそりレナエルを窘めつつ、続きを促した。


 ウルガーが捕まっていることについてはシンアルから聞いていたが、クヌが考えた救出手段は ”領主一族に直談判する” というものだった。とはいえ、見た目は武闘派なクヌだが、領主の館を襲撃するという話ではない。


 クヌは以前、転生者の多くが領主と謁見しているという話を耳にしたことがあるそうだ。何故なのか理由までは分からないが、俺が転生者ならば領主やユーノさんと謁見できる機会があるかもしれないと考えたそうだ。


「なるほどねー。それで、ルイなら助けられるかもって思ったんだ」

「でも、ルイくんが必ずしも領主様やユーノさんにお会いできるか、分からないよね?」

「それに、会えたとしても、どうやって説得すればいいのかしら。向こうからしたら、ウルガーさんはただの犯罪者なのよね?」

「ああ。簡単ではないと、分かっている。だが俺には、これ以外に思いつかなかった…」


 クヌがしょんぼりと肩を落としている。いつもなら初見の者には恐怖心を、見慣れた常連には安心感を与えるその巨体が、今は小さく見えるほどだ。


「クヌ、事情は大体わかったから。俺はウルガーのことを良く知らないけど、クヌが困ってるんだ。何ができるか分からないけど、取り合えず助ける方向で動いてみるよ」

「ルイ…すまない。恩に着る。この後、ウルガーの扱いがどうなるかは俺にも分からない。だが、鉱山送りや他領への追放と決まってしまえば、解放を願い出るのも難しくなるだろう」


 そういうと、クヌは椅子から立ち上がって前掛けを外した。コナがさりげなく受け取ると、軽く畳んで椅子に掛ける。


「行こうか。タイガーファングへ。あとは道すがら、話そう」

「あらあら。落ち着かない人ね、あなた」

「む?」


 すでに店の出口へ、のしのし歩き始めていたクヌにコナが声をかけるが、自覚は無いのだろう。不思議そうな顔をして振り返り、こちらを見ている。この様子では、ゆっくり話をしようにも落ち着かないことだろう。俺たちは苦笑交じりに立ち上がり、後に続くことにした。


 ・・・


「俺は、ウルガーだけが犠牲になるのが、気に食わないのだ」


 タイガーファングの面々は、貧民街の一角に住んでいるらしい。大通りを歩きながらウルガーを助けたい理由をクヌに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。ちょっと要領を得ない回答だったのだが。


「ねえねえ。それって、ウルガーさんだけじゃなくて、タイガーファングの人たちが全員捕まったら良かった、ってこと?」

「む。いや。そうではない。…貧民街の問題は、街全体の問題だ。やり方に問題があったとしても、ウルガー一人が捕まるというのは、良くない」

「えぇ!?じゃあ街の人全員が捕まったら良かったってこと?」

「む、むぅ…」

「エリエル、どんだけ逮捕者を出したいんだ?そうじゃないだろ。みんなで解決しなきゃ、って話しじゃないか」


 クヌは自分の話が上手く伝わらなくて黙り込んでしまった。元々口下手な自覚があるみたいだし、困惑するのは分かるが、ウチの天使がアホなだけだから安心してほしい。だけど、今の話には気になることもあって。


「でもそれなら、ウルガーを助けただけでは根本的な解決にはならない、ということじゃないかしら?」

「仔馬の言う通りだ。貧民街がある限り、問題が解決したことにはならない」

「仔馬…」


 そうなのだ。レヴィがあごに人差し指を添えつつ発した疑問はその通りで。仮にウルガーを助けることができたとしても、貧民街の立ち退きが原因である以上、同じことの繰り返しになってしまう。


 あと、考え込んでいた姿勢そのままに固まってしまったレヴィには申し訳ないが、クヌの巨体とお父さん的な年齢からすれば、レヴィの印象は仔馬なんだろう。


「そもそも、ヌルに貧民街など無かったはずでは?」

「貧民街ができたのは、ここ数年のことだ。ルイがここを出る前後、くらいか。メガネが知らないのも無理はない」

「メガネ…」


 予想外の呼ばれ方にレナエルも軽くショックを受けている。エリエルと区別するため言っただけで、クヌには全く悪気が無いとは思うんだけど。


「クヌ…さっき自己紹介しただろ?」

「俺は、名前を覚えるのは、苦手だ」

「あ、あはは。そういう問題じゃないと思うな…」


 口下手でコミュニケーションが苦手なクヌは何とも不器用な感じで俺は好きなんだけど。やんわりツッコミを入れてくれたシャロレも含め、みんなには後でフォローを入れておく必要がありそうだ。


 クヌにしてもウルガーにしても、誤解されやすいタイプなんだろうな。などと思いながら、大通りを外れて小道に入った。

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