第152話 タイガーファングで話を聞いて


 薄暗い小道を抜けると、少し開けた場所に出た。建物は薄汚れ、道のあちらこちらにはゴミが落ちており、ヌルの表通りとは全く別世界のように感じられる。


 幾人かの子供たちが元気に走り回っているが、着ている服の袖口がほつれていたり、穴が空いたままだったりするのは、やんちゃ盛りな男の子だから放置されているというわけではなさそうだ。一緒に居る女の子の服もくたびれていることから、それが伺える。


 俺たちが出てきたのとは別の小道から、野草の籠を抱えた女の人が現れた。こちらを気にする様子も見せず、長屋の一軒に向かったかと思えば、立て付けの悪い引き戸を引いて家の中に入っていく。


 続けて、見覚えのある川魚を数匹、荒縄でくくった若者が通る。美味くはないが腹の足しにはなる、という種類の魚だったと思う。


「仕事が無いのだ。この辺りの者は、教会の炊き出しのほかは、元手の要らない採取や釣りで食いつないでいる」


 俺の視線に気づいたクヌが、そっと教えてくれた。話で聞いていた印象と、実際に自分の目で見た感想は違うものらしい。何となく、ちょっと怖い人たちが住んでいるイメージがあって、もっと近寄りがたい雰囲気なのかと思ってたんだけど。


 ここに住んでいる人々は、ただ余裕が無いだけであって。もちろん盗みを働いたりするような悪事に手を染めたりということもなく、慎ましく暮らしているらしい雰囲気が見て取れた。


「ここは一つ、転生者のチィト知識とかでババンと解決するとか?何かできることないの?ルイ」

「いや、お前が転生者に何を期待してるのか知らんが。少なくとも俺には、そんな便利な知識は無いぞ?」


 転生者が出てくる漫画やアニメ、小説では、元の世界の知識や技術を使って転生先で大儲けする話も多い。転生先の世界の人々が見たことも無い料理や調味料、便利な道具を作って売りさばいたり、それをきっかけに立身出世していくという話もあるくらいだ。


 エリエルが言っているのは、俺の元の世界の転生者知識とやらで貧民街の皆さんを救済できやしないか、ということなんだろうけど。大儲けできる手段があるなら他の転生者がすでにやってるだろうし。何より俺自身、そんな都合のいい知識に心当たりも無い。


 今、目の前の問題を解決するために、俺が唯一貢献できることと言えば…。


「ねぇルイ?一応聞くけど、何でインベントリからエプロンと掃除道具を取り出したの?」

「いや、ここで暮らすみなさんのために、今、俺にできることを考えた結果だが?」

「真顔で良い人ぶってもダメだからね?それ転生者の知識、関係ないでしょ?ただ掃除したいだけでしょ!」

「…ちょっとだけだから」

「ルイ、今は用事を済ませるのが先でしょう?」

「ルイくん、素敵な考えだけど、また今度にしよ?ね?」


 何故かメンバー総出で止められた。エリエル一人ならまだしも、メンバーが増えたから、適当にごまかす…もとい説得するのが難しくなってしまったようだ。街が綺麗になればみんなが喜ぶ、俺も満足できる。何より、汚れを放置するのは家事妖精的に落ち着かないのだが…。


 なお ”いきなりこの辺りの通りを掃除し始めるとか、もうそれって家事妖精じゃなくて街の清掃ボランティア妖精だよ” などというエリエルの指摘は無視することにする。うん。やっぱり、こんな状態を放っておいたらストレスが溜まりそうだ。隙を見て綺麗にしに来なければなるまい。


 俺が決意を新たにしていると突然、近くの長屋の戸がガラリと開いた。


「ん?クヌ!て、手前ぇ、何の用だ…って、お前は!?」

「ティーチ。少し、話がある」


 戸口に現れた人影は、まずクヌに反応。その直後、クヌの横に並んでいた俺を目にして、驚いた表情を見せた。


 つぶらな瞳で震える姿。初めてのお使いの時に果物屋で俺に絡んできた、チワワ獣人のティーチだった。


 ・・・


「ウルガーの兄貴がこの街に来たのは、ちょうど転生者が現れ始めたくらいの年だ。当時は転生者が大量発生するってんで、ヌルが大急ぎで整備されていた。色んなもんが足りなくて、他所の村や街から大量に人と物が流れ込んできて、大混乱だった」


 クヌにウルガーの件で来たことを告げられると、ティーチは黙って長屋に上げてくれた。


 ワウミィの家とはまた違った風情の日本家屋で、あちこち傷んで年季が入っている様子や、ほどよく狭い感じがとても良い。ティーチを含む面々が深刻な表情で話をしてるので、家のあちこちをのんびり見て回れるような雰囲気じゃないけど。


 長屋の中にはティーチ以外にも猿獣人、羊獣人、牛獣人など何人かの男たちが居た。みんな大柄でガッシリ系。獣成分の濃い、体格が良い男たちが狭い部屋にみっちり座っている様子は、とても暑苦しい。


 さらに表情まで暗いので、この部屋だけが季節外れの夏の夜みたいに蒸し暑く、重たい空気感だ。レヴィが一瞬顔をしかめて、中に入るのを躊躇ためらったのも仕方ないことだろう。


 ティーチの話によると、ウルガーは転生者が大量発生する前後にこの街に現れたらしい。ただ、仕事を求めてといった様子では無く、別の目的で来たようだ。


「バルバラ様に、会いたいと。そう言ってな。不審に思った俺と、少し揉めたのだ」

「アレを少し揉めたって程度で済ませて良いこたねぇだろうけどな。兄貴とお前の戦いに巻き込まれて建築中の家の壁が壊れるわ、噴水は作り直さないといけなくなるわで。建設途中だった街が半壊して、工期にも遅れが出てたじゃねぇか」


 目的も明かさずにバルバラを探しているウルガーを、クヌは怪しんだらしい。その時すでにバルバラに恩があったクヌは、不審人物をバルバラに会わせるわけにはいかないと、ウルガーの前に立ちふさがったそうだ。


「街が半壊って、どんな小競り合いよ…大体、二人ともその時に捕まったり追い出されたりしてても、おかしくなかったんじゃない?」

「当時は色々と大らかだったんだよ。周りもあおったりしてたし、仕事が増えた、って笑い話にしてたくらいだ」


「結局、何故バルバラ様を探していたのか、分からず仕舞いだ。俺と争った次の日、どこかからか手紙を受け取ったようだが、その直後、会う必要が無くなったと言っていたらしい。後日ウルガーがバルバラ様にお会いする機会もあったが、特に、何も、だ」

「その後、兄貴はヌルに居着いたんだ。けどこの街に何しに来たのか、何で出て行かないのか、未だに俺たちも教えてもらってねぇんだよ」


 ウルガーはバルバラに会うためにこの街に来た。けど何らかの理由で会う必要が無くなって、そのままヌルに住みついた。その理由は誰も知らないってとこか。


 ちなみにそれ以来、ウルガーとクヌはこの街の顔役みたいな立場になったそうだ。表の困りごとはクヌに、裏の困りごとはウルガーが仕切ってきたらしい。ティーチが大人しくしてるのも、クヌの存在が大きいっぽい。ウルガーもそうだけど、クヌもどんだけ強いんだ…。


 ちょっと気にはなるけど、これ以上ウルガーの個人的な事情を詮索せんさくする必要も無いだろう。それよりも、今現在の状況について話を聞かせてほしいと促す。するとティーチは俺の転生者の腕輪を一瞥いちべつした後、ヌルの置かれている状況を教えてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る