第150話 どんぐり亭での再会


「すまん。待たせたなー」

「遅っそーい!お昼に噴水でって言ってたじゃん!」

「悪い悪い。つい工房の掃除に手をつけちまって…て、あ、レヴィ!体調大丈夫か?」

「え?えぇ、まぁ…」


 みんなとヌルの噴水広場で待ち合わせていたのだが、少し遅れてしまった。実は街の入口で少しベルンハルトを探したことも遅れた理由の一つだったりするけど。あいにく不在のようで会えなかった。


 バルバラの顔圧のせいで体調を崩したと思われたレヴィだが、身体には特に異常は無さそうだ。ただ、どことなく挙動不審というか、ウマミミがくるくると落ち着かない様子。


(ちょっとレヴィ~。昨晩、宿で、明日からは普段通りにって。みんなで話し合ったでしょ?)

(わ、分かってるわよ)


「ん?どした?」

「な、何でもないわよ。それより、どんぐり亭、だったかしら?早くいきましょ」

「そうだね。お昼時も少し過ぎたから、ちょうどいいんじゃないかな。さ、行こ?ルイくん」

「お?おぅ…ってシャロレ、分かったから押すなって!」


(それにしてもレヴィ?偉人、英雄、有名人。そうそう機会は無いとはいえ、出逢うたびに気絶するようでは、この先が思いやられますよ?)

(う、分かってるわよ。でも、心の準備ってものがあるでしょう?それにお二人は特別…)


「おーい、置いてくぞー」

「今行くわよ!…もう。知らないって良いことね」

「えぇ。知らないことは祝福すべきことです。その先には知る喜びが待っていますからね。転生者は、さぷらいずと呼ぶそうですが」

「シンアル様がお茶目だって話しはあたしにとって十分サプライズだったけど、困惑しか生まれなかったわよ…」


 何だかレヴィとレナエルがポソポソしゃべってるから気になるのだが、シャロレがグイグイ背中を押すのでそれどころじゃなくなってしまった。レヴィは急に倒れたから少し心配だったし、体調に問題ないならいいんだけど。


 心配といえば、街の様子も気になる。門から噴水まで通りを歩いただけだけど、露店の数が減ってたり、通りに面した店の陳列棚に空きが目立ったり。1年前に比べると、どことなく活気が無いように感じる。


 顔なじみの商店主にも声をかけてみた。最初は久しぶりの再会を喜んでくれたのだが、俺の腕輪に気付いてから急に、戸惑うような態度になってしまった。まぁそりゃ地元民だと思ってたら転生者でしたって言われたら、戸惑いもするか。


 少しだけ変わってしまったヌルの街の様子に何とも言えない寂しさを感じつつ、どんぐり亭へ。相変わらず軒下にぶら下がっているシンプルな看板の姿に、下降しかけた気持ちが上向く。


「うん。素敵な雰囲気のお店だね」

「でも入口が少し大きくない?」

「あぁ。オーナーが熊獣人だからな…って、お?」


 到着した店の前で立ち止まり、外観を眺めながら何となく話をしていると、店の入り口から小さな男の子が転がり出てきた。かと思うと俺たちの存在に気づいてこちらの方を、とういか俺の方をじっと見つめてきた。


「シラカ!勝手にお外に出たらダメって言ってるのに!」

「ルイ、おうちに、えてきた」

「え?ルイ?・・・ルイィ!?帰ってきたの!?」

「お、おぅ。ただいま?」


 シラカの視線をたどって、アラカが俺の存在に気づいた。良いリアクションで驚いてくれたのがちょっと嬉しかったりする。シラカの言葉は少したどたどしいけど、3歳くらいならこんなもんだろうか。舌っ足らずの物言いのせいで、俺がキノコか何かみたいな扱いだが。それはさておき、俺を覚えていてくれたのはビックリだ。


 犬や猫は1年で成犬、成猫になる。人間でいえば大体18歳から20歳といったところだろうか。これは人と比べて寿命が短い分、成長も早いというところだろう。


 比べるのは失礼だけど、獣人の成長速度は動物よりも人寄りで、同じくらいか、少し速いそうだ。同じ15歳でも獣人の方が少し大人びているらしい。半家事妖精の俺の場合は…今のところ誰も知らないみたい。身近な存在じゃないし、まあそんなもんだろう。今は気にしてもしょうがないし。そんなことよりも…。


「シラカ!大きくなったな!」

「シラカ、おおきくなた」


 両わきに手を差し入れ、抱き上げる。シラカは特に抵抗を見せることも無く、手足をだらりと下げたまま、ニッコリと微笑んでくれた。身長は俺のヘソ辺りまでしかないのだが、抱き上げると随分重い。


 遺伝だろうか、熊成分強めというか、ほぼ子熊な見た目をしており、全身を覆う毛はやや硬め。ルカとは比べようも無いけど、これはこれで手触りが気持ち良い。つぶらな瞳がキラキラと愛らしく、用事を全部放ったらかしてこのまま一緒に遊びたくなる。


「こんなに可愛いのに、何年後かにはクヌみたいになるんだろうか…」

「俺が、どうした」

「あらあら、ダメよ?あなた。そんな怖い目をしては」

「クヌ!?コナ!!」


 アラカが俺が帰ってきたことを伝えたのだろう。店の入り口からのっそりと、大きな影が二つ。相変わらず料理人というよりは傭兵の雰囲気を漂わせるクヌと、同じくらいの大きさなのに柔らかな印象のコナ。寄り添う姿は相変わらず仲が良いことを伺わせる。


「手紙は、読んだ。無事で何よりだ」

「転生者だって打ち明けず、ロクに挨拶もしないまま旅に出て、あの時はすまなかったな」


 冒険者登録から転生者の腕輪の取得、それから急にバタバタと旅立つことになったせいで、ヌルのみんなには挨拶もできないまま、エンに向かうことになった。仕方がなかったとはいえ、気になっていたのだ。


「いや。少し驚いたが、気にしてはいない。それよりもルイ。アラカがすまない。お前の冒険の、邪魔をしてしまった」

「ん?いやいや、何言ってんだよクヌ。たまたまだよ、たまたま。こっちに用事があったから、ついでに立ち寄っただけだ」


 確かにアラカからの手紙が無ければ、直接エットへ向かっていたところではあるのだけれど。ヌルに戻ることを冒険の邪魔だなんて思うわけがないし、アラカに邪魔されたなんて思うわけがない。むしろ教えてもらって、ありがたいとさえ思っているくらいだ。


「いや、しかし…」

「あなた?せっかくルイがお友達を連れてきてくれたのよ?お店の中でお話したら?」

「む、むぅ。入れ。・・・お前たちも」


 まだ少し納得がいかない様子だったクヌだが、うっかり俺と二人だけで話し込んでしまっていたことに気づいたのだろう。照れたように背中を見せて、店の中へと誘ってくれた。

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