第136話 種に交われば
やーまで男が ひーとり暮らす 木挽きキジ撃ち朝の山ー
おーらの暮らしに とーもは要らぬー 気楽極楽森の中ー
(ジャンジャンジャカジャン ジャカジャンジャン)
陽気なギターの音色にのせて歌われるのは、山に籠って独り暮らす、山男の話だった。生来、人と関わるのが苦手だった男は山奥に小屋を建て、木を伐り、狩りをして、酒だけを我が友とする自由気ままな生活を営んでいた。
そんなある日、男は森の中で、傷つき動けなくなっていた一羽の小鳥に出会った。ひどく衰弱した様子の黄色い鳥を獲物にするのも気が引けたのか、男は小屋に連れ帰って看病することにした。
甲斐甲斐しく世話をした甲斐があったのか、小鳥は日に日に元気を取り戻す。また、恩を感じてか男にとても良く懐いた。男は元気を取り戻した小鳥と共に、仲良く暮らすようになった。
穏やかで平和な暮らしが続くかと思えたある日、男は狩りの最中に不注意から足を滑らせ、崖下に滑落してしまう。運の悪いことに、落ちたと同時に頭を強く打って気絶してしまい、身動きがとれなくなってしまった。
小鳥も同行してはいたものの、その身は鳥。小さなその身体では男を助けてやる術がない。村は遠く、たどり着けたとしても言葉が通じないため救助を呼ぶことも叶わない。
せめて意識を取り戻すことはできようと、彼の口を湿らせてやることはできようと、小鳥は男の小屋の井戸へと戻り、小さな口で水を運ぶ。だがそのクチバシで運べる水はあまりに少ない。
懸命に往復し、幾度も幾度も男の口元に雫を垂らす小鳥。食事もせず、休むことも無く、ただただ男の口元へと水を運んだ。
長く続いた看病の果て、男が気が付いた時には小鳥は衰弱しきっており、息絶えるのも時間の問題と思われた。わが身に起きたことを知り、小鳥の献身を知り、感謝か悲しみか、男が流した大粒の涙が小鳥を濡らしたその時。
あぁ貴方 愛しい貴方 その巨きな心 この小さな身体
この想い 次の命があるのなら 再び見つけて 再び愛して
男が両手で掬い上げた小鳥から、聞こえるはずのない美しい声。泣きじゃくる男には確かに、その想いが聞こえた。淡く黄色い光の粒となって空に消えゆく小鳥の姿に、男は初めて自分以外の存在を愛する気持ちに気付く。
そして男は旅立つ。小鳥の想いに応えるために。
「「「ワァー!!」」」
「ハァ…良い…」
ジャカジャン!というお決まりの締めのフレーズと同時に歓声があがる。陽気な導入のメロディから一転、小鳥とのエピソードは切なく、旅立ちの場面では再び賑やかな演奏で。
クライマックスでは観客の嗚咽も聞こえていたほどだったのだが、泣いていた者も最後は泣き笑いの表情だ。詩人さんの弾き語りは心に響くというか、感情を直で揺さぶられる感じがするから不思議だ。
「英雄譚じゃないけど、レヴィも好きだよね、この詩」
「素敵じゃない!旅立ちの詩って呼ばれてるけど、小鳥さんとのお別れが切ないのよね~」
「でもさ、次の命があるならって、男も小鳥も生まれ変わった、来世で逢いましょうってことじゃないのか?」
「そこ!そこなのよ!それについては意見が分かれるんだけどね。男は来世のことかもしれないって思いながらも、でも小鳥がすぐにこの世界のどこかに生まれ変わってるかもしれないって考えたら、居ても立ってもいられない気持ちになったんじゃないかしら!きっと!」
「でも運よく見つけたとしても、その頃には男はおじいさんになってそうですけどね」
「お?トラス!」
ジョッキを片手にトラスがやってきた。ウマ耳ブンブン、身振り手振りを交えて熱く語っていたレヴィが、冷静なツッコミを受けてムッとした顔になる。詩人さんはいつの間にか姿を消しており、集会所はすでに元の喧騒を取り戻していた。トラスは詩が終わったタイミングを見計らって、顔を見せに来てくれたのだろう。
「嫌な事言うわね?いいじゃない歳の差なんて」
「人種に生まれ変わってるかも分かりませんし?ってレヴィさん、痛い!?」
「でも種族を超えた恋愛っていうのも素敵だよね」
からかうトラスがレヴィから物理的なツッコミを受けている。訓練を通して、なんだかんだで二人も仲良くなった。最初の頃の関係からすると信じられないくらいだ。
この調子で仲良くなったら淡い恋心くらいは…ってあれ?レヴィは馬獣人で、トラスはハーフジャイアントだ。シャロレが種族を超えた恋愛って言ってるけど、もしも結ばれたとしたらどうなるんだ?
「なぁシャロレ。仮に鳥さんが鳥のまま男と結ばれたとしたら、二人の子どもは鳥人になるのか?」
「他の獣人もそうだけど、生まれにはいろんな説があるんだよ?例えば鳥人なら、元々鳥人という種族が存在していたっていうのはもちろん、人から生まれたとか鳥から生まれたとか。でも人と鳥が恋をしたっていうのが、私は一番好きかな」
「その辺り、どうなんですか?エリエルさん」
「んー?そんな難しいこと、興味ないよ?」
「だろうな。お前いっそ清々しいわ」
エリエルは美味しそうなもの、気持ち良さそうもの、楽しそうなもの以外にあまり関心がない。これがただの恋バナだったらエリエルの大好物だったんだろうけど、話の内容にお勉強の匂いを感じ取ったのだろう。まったく興味を示さなかった。
「やだ、ルイ。ほめ過ぎだよ~」
「クネるな褒めてねぇよ。というわけでここは…レナエル先生?」
「この場で種の起源や発生説について語るのは無粋でしょうね。恋をしたという物語に憧れるのならば、そのまま楽しむべきでしょう」
「おや意外」
「意外とは失礼ですね、ルイ。私も人の感情を全く理解しないというわけではありませんよ?恋愛というものについても書物で予習済みです」
メガネに手を添えて胸をはるレナエル先生だが…。
「書物で…」
「予習…」
「そもそもこの世界において獣人と人との交配は可能なのですから。今を生きる貴方たちにとってはその事実だけで問題ないでしょう」
「交配…」
「交配…」
「レナちん、さらっとエッチだね」
「んなっ!?」
うん。途中から目を閉じて得意気に胸をはりつつ語っていたレナエルは気付いていなかったかもしれないが、俺たちの間には微妙な空気が流れていた。
この世界では15歳からお酒が飲める。つまり大人だ。なのでジョッキの中身がジュースなトラス以外は一応全員大人扱いとはいえ、トラス含めた3人とも人生経験的にはまだまだお子様である。
俺の中身は一応大人だが、その俺でさえも何とも微妙な気恥ずかしさを感じていた。エリエルの相変わらず空気を読まないツッコミのおかげで、その空気も吹き飛んだけど。
取り乱したレナエルに、追い回されるエリエル。賑やかに囃し立てる俺たちと、ノリで合流する村人たち。人と天使と獣人とハーフジャイアントが賑やかに混じり合って。
「よし、シメは仕込んどいた、トルヴ産フルーツの巨大タルトだ!」
「「デザート!」」
「スウィーツゥゥゥゥ!」
旅立ちの前夜を混然と、鮮やかに彩る宴は夜遅くまで続いた。
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