第135話 討伐祝いは別れの宴
討伐を終えた俺たちがトルヴに戻ると、伐採所方面と村をつなぐ道の入口に村長が立っていた。一応はフェムでクエストを正式に受注しているので、トルヴを出る前に村長だけには一言声をかけてからハーピーの巣へと向かったのだ。
村人たちが心配するかもしれないから、という理由で村長はみんなには黙っていてくれたみたいだけど、自分くらいはと待っていてくれたみたい。
「討伐完了、だっ!」
「お、おぉう!?そうか…そうかぁ!」
少しだけ心配そうな顔をしていた村長に親指を立てて見せ、無事に依頼を完了したことを告げると、心配顔は一瞬の困惑を経て喜びの表情に。親指のジェスチャーが伝わらなかったのか、手のひらで鼻の穴を押さえようとしたように見えたのは気のせいか?
よぉやった、よぉやったと繰り返す村長と共に集会所へ向かえば、もちろん村人たちは何事かと聞いてくる。そうなればクィーンハーピー(正確には違うけど)を倒したことが村中に伝わり、今夜は宴会だということになるのは自然な流れであって。
「「「乾杯!!!」」」
賑やかな喧騒が集会所の食堂に満ち溢れ、もう何度目になるか分からない乾杯の声が響きわたる。丸テーブルに、板間に、思い思いの場所に陣取った村人たちが上機嫌で飲み、食い、喜びを語り合う。
村長一家はもちろんのこと、お世話になった猟師さんたちや木こりの皆さん、職人さん達にご近所さん。たくさんの人々が集まってきて。それぞれの都合で参加できない人達も、次々と顔だけは出してくれて。
「ふきのとうの天ぷらもどき、揚がったよー。肉の合間に召し上がれー」
「何で主役が調理場に立つかなー。まぁお前ぇはよぅ。そういうやつだよ」
村人達から御礼の言葉とともに差し入れられる食材の数々は、せっかくだからその場で料理してお裾分けだ。村長さんは呆れ顔だけど、こればっかりは仕方ない。
流れ的にはハーピー討伐を村のみんなで祝おうという宴。けれど旅立つ俺たちにとっては村のみんなにこれまでの感謝の気持ちを伝える、別れの宴でもあるのだ。まぁそんな理屈は抜きにして、俺がただ単に料理して食べてもらって喜んでもらうってのが好きなだけだけど。
「さー、俺も食うぞ!」
「おかえりなさい。ルイくんの分、取り分けといたよ」
「ありがと…って相変わらず量が多いな」
「飲み物はエールでいいわね?ほんとにもう。何だかあたしたちまで落ち着かないじゃない」
「悪い悪い。もう満足したから。あとは仕込んどいた分を最後に出すだけだし」
一区切りして卓に戻った俺を二人が出迎えてくれる。確かに二人を放っておくのも悪いし、自分の楽しみはほどほどにしておこうか。というわけで落ち着いて飲み食いを始めた。
「ルイ、ありがとね」
「むぐ?どした?急に。何の話?」
「食べながらでいいわよ。…いえ、あなたのおかげであたしたちは冒険者になることができて、こうして無事に初めての討伐を成功させることができたんだし。ちゃんと御礼を言わないとって思って」
「別に俺は何もしてないぞ?冒険者の道を選んだのも、努力したのも、レヴィとシャロレじゃないか。多少の訓練くらいはしたけど…」
「そうね。ヒゲを生やせだの、頭の上でランスを回したあとにポーズをキメるだの、色々教えてくれたわね?」
「あ、レヴィも?私だけじゃなかったんだね」
「キメポーズは必要だろ?普段から訓練しておかないと、いつ必要になるか分からないじゃないか」
ちなみにハンマーは柄が短く重心も偏っているせいで、手元で回転させるのが難しい。そのため、長柄の武器でよくある、ブンブン回してビシッと決めるやつが出来なかった。別なポーズを検討せねばなるまい。
「必要になる可能性は限りなく低いと思いますが?」
「でもレヴィ、ときどき練習してたよね?」
「ッ!見てたの!?~~~!!!」
真っ赤になって言葉を失うレヴィだが、当然俺もシャロレもキメポーズを練習するレヴィを目撃している。真面目で一生懸命なところが実に良かった。恥ずかしがることはないと思うのだが…今、何か言うのはやめておこう。
「それはともかく、礼を言うのはまだ早いぞ。俺たちの旅はまだ始まったばかりだ」
「あ、ルイ!それ知ってる!転生者が物語とかで、最終回に言うセリフなんだよね?」
「もうおしまいなのですか?」
「いや確かに俺も言葉の選び方が悪かったが、縁起でもないこと言うんじゃないよ」
まだ街でいうと5つくらい、レベル30くらいでパーティ組んで、最初のクエストを達成したばかりだ。これで最終回とか、早いにもほどがあるだろう。
「そうじゃなくて。まだまだこれから色んなとこ行くんだ。楽しいのもつらいのも、嬉しいのも悲しいのも、びっくりすることだってたくさんあるさ」
「ふふっ。病めるときも健やかなるときも、だね?」
「うん、シャロレ、誰から聞いた?そのフレーズ。ていうか犯人はエリエルだな?」
「えぇぇ!?私じゃ…」
「それよりもルイ?何か言いたかったのでは?」
「ん?あ、あぁ。何だか話があっちこっちいってるが、要するに…今後ともよろしくなってことだ!乾杯!」
「「「乾杯!」」」
何だか気恥ずかしくなったので、乾杯の勢いでごまかす。レヴィもシャロレも、改まってというのは照れがあったのだろう。俺の乾杯に合わせたあとは、何となく笑い合って。そうして食事を再開しようとした、その時。
(ジャラン…)
突然、耳に飛び込んできた弦の音。それまで聞こえていた周りの雑多な話し声や笑い声、食器の奏でる音たちとは違う、明らかに異質な音色。集会所の客たちもすぐに気づき、飲み食いの手を止める。一転静まり返った場に、遠慮する気配も無く再び。
(ジャラン…ジャンジャンジャカジャン…ジャンジャンジャカジャン…)
しかし今度は間を置くことなく、陽気なメロディーが続く。もはや皆、この音楽がどこから聞こえてくるのか判っていた。集会所の壁際、いつの間にか椅子に腰かけてギターを抱えている人影がぽつりと。ダボッとした青いローブにつば広の黄色いとんがり帽子。目深にかぶったそれのせいで表情はうかがえないが、その服装は見知ったものだ。
「あれ…詩人さんだ」
「詩人さん?」
「えぇ。世界中の酒場や宴の場にふらっと現れては一曲奏でて、唄い終わったら姿を消すの。あまりに神出鬼没だから、たくさんの人が一人の人を演じてるんじゃないかとか、本人は一人だけど実は特殊な能力を持った種族なんじゃないか、とか色々な噂があるのよ」
「でも、誰も真実を知る者はいないんだよね?」
「そう。御礼をしようと後を追ったりしてもいつの間にか見失っちゃうの。強引に捕まえようとした人もいるけど、逆にその人が行方不明になっちゃったとか…」
「ナニソレ怖い」
「もちろん悪さをしなければ大丈夫よ。素敵な詩と楽器の演奏を聞かせてもらえるんだから。詩人さんに出会えるのは幸運なことなのよ?」
(ジャカジャンジャン、ジャカジャカジャンジャン)
小声で教えてもらっているうちに前奏が終わり、詩が始まる。それは以前聞いた物語とは曲調も、歌詞も、全く異なるものだった。
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