第134話 大きな山の、巣の上で


 岩棚は壁の高い位置にあった。戦闘区域から見上げれば広めのスペースがありそうなのは分かっても、角度的に向こう側の様子までは見えない。ただ、端から外に向かって木の枝が飛び出ていて、大きめの巣があるんだろうなということは予想できる。


 さてどうしたものかと思ったが、近づくと壁際の端の方にいくつか突起があった。これに手足をかければ、何とか登ることができそう。なのだが。


「こういう時、身長欲しいなーって思うよな。高いとこの物を取るときとか」

「…悪意を感じるわね」


 シャロレにはちょうど良いくらいの間隔だが、俺とレヴィにはほんの少し "低さが" 足りない。もちろんステータスの恩恵があるので、軽く跳んだりすれば問題なく次の突起に手がかかるんだけど。


「ま、そのうち背も伸びるだろ。レヴィ、先に行くか?」

「ちょっとルイ!?こういう時はルイから行くべきでしょ」

「へ?いや、元の世界ではレディファーストとか言ってだな?」

「…ルイくん。私も下から見られるのは、ちょっと恥ずかしいかな」

「え?あ、そうか。そういうことか」


 スカートとかじゃないにしても、女子的には恥ずかしいらしい。紳士的な振る舞いをと思ったのだが、逆に失敗だったようだ。


「…わざとじゃないでしょうね?」

「だとすれば、お仕置きが必要ですね」

「んなわけあるか!」

「怪しいわね」

「ふふっ。ルイくんだからね」


 …良かれと思って譲ったのに、ぼっこぼこだ。人間関係って難しい…。まあ危険が迫ってるとかいざという時にはそんなこと言ってられないだろうし、今も冗談まじりで言ってくれてるから本気で嫌がってるってほどでも無いんだろう。


 けど考えてみれば上の安全性も確認できてないわけだし、冒険者パーティ的にもここは俺が最初に行くべきだったな。反省反省。将来的には身軽な、偵察要員のメンバーとかが居たらこういう時、助かるかも?


 そんなやり取りがあって、俺が先に登ることになった。足をかけた瞬間崩れたりしないか少し不安もあったけど、特に問題も無く。とととんと手をかけ足をかけ、踏み越えて壁を乗り越えた。念のためすぐにインベントリからハンマーを取り出し、身構えて警戒する。


 三角錐のてっぺんを平たく削り取ったかのような場所。横から見たら、上の辺が短い台形というか、要するにプリンのカラメル部分みたいな場所だ。そこに大きな、羽根を休めたスプリンクルハーピーが2体はくつろげそうなくらいの巣が広がっていた。


 大枝小枝で編み込まれた深皿のような巣で、あちこちにこんもりと真っ白な羽毛が貯まっている。カラフルな羽根もきらきらと、そこかしこに散っている。さっきのスプリンクルハーピーもそうだけど、抜け毛の季節だったのか?


「どーおー?」

「だーいじょーぶそうだー」


 何かしらの生き物が動くような気配も無い。安全が確認できたところで、下からのレヴィの呼びかけに応える。卵でもあればどうしようかというところだったが、あいにくと一つも見当たらなかった。しかし、危険な感じはしないのだが、何故かここに居ると気持ちがワクワクというかソワソワする。何だろ?


「よい、しょっと。うわぁ、大っきいねぇ…って、あはは。ルイくん、ここでも早速?」

「まったくあいつときたら。こんなに散らかすやつらとは一生分かり合えんな…ん?あぁ。こんなの放っとけないし。それに、こんだけあれば寝具だけじゃなくて、馬車の御者台とかソファに置くクッションに入れたりとかもできそうだ」

「まぁこっちの羽毛はまとまってるから、そんなに時間もかからないでしょ。長時間の馬車ってお尻が痛くなるし、あたしたちも手伝うわよ」


 俺に続いて上がってきたシャロレが、ぶつぶつ言いながら羽毛を集め始めている俺を見て笑う。直後にたどり着いたレヴィも手伝ってくれた。掃除を始めて間もなくして。最初に気づいたのはシャロレだった。


「わ、これ!見て見て!」

「何よ…って、えぇ!シャロレ、それ落ちてたの!?」

「うん。羽毛を退けたら、ここに」


 シャロレが手にしていたのは黄金のティアラだった。羽毛をどけてぽっかりと空いたスペースは、巣の本体が露わになっている。ティアラは枝の間に挟まるように隠されていたようだ。ならばとばかりに他の羽毛を片付けながら注意して見てみると、指輪、首飾りなどなどいくつかの宝飾品が見つかった。


「ボス退治、クエストクリア、ドロップ報酬に、宝箱ってところかしら?」

「ハーピーが集めてただけ、とかかもしれないよ?」


 ティアラを頭にちょこんと載せて、シャロレが笑う。カラスは光るものを集めるっていうけど、ハーピーにもそんな習性が?それともドラゴンが宝を貯め込むとか、そっち系か?いずれにせよお宝だ!


 金欠だったので売っても良いが、どれも綺麗なので装飾品として二人に使ってもらった方がいいかもしれない。その辺はあとで考えるとして、ありがたく頂戴して…まだ何か…奥の方に…。


「ルイくん、どうしたの?片付けも終わったし、そろそろ帰らない?」

「いや、こっちの方から何か気配が…あれは?」


 妙に惹かれる気配を感じて、ほとんど羽毛が無かったため巡回していなかった奥の方へと向かう。すると巣の端から棒状の、明らかに枝などの自然物とは異なる、柄というか持ち手のようなものが飛び出ているのを見つけた。


 一目見た瞬間。

 恋に落ちたかのような衝撃。

 あれは手に。手に取らなければならない。


「ルイ?大丈夫なの?」

「たぶん。いや、間違いなく大丈夫だ。一応、少しだけ離れててくれ」


 冷静を装いながらも治まらない衝動。

 一歩一歩近づくごとに胸が高まる。

 どうにかたどり着き、持ち手を握って引き抜くと、そこには!


「ハァァァァーンマァァァァーだぁぁぁぁぁ!いやっふぅぅぅぅ!」


「…ねぇ。ハンマーの ”気配” って何なの?あたしもランスの熟練度があがったら、気配とか感じ取れるようになるのかしら?」

「いえ、その心配は無用です。あれはルイの特殊な性癖…失礼。特殊な能力でしょう。ハンマーを友とし、擬人化し続けることによって、生き物のように気配を感じ取ることができるようになった、とかそのような感じでしょうか」

「良かった。良かったね…ルイくん、ぐすっ」

「えぇえシャロレ!?何で泣いてるの!?どっか感動するとこあった!?」


 薄い緑色の光沢がある、美しいハンマーだ。途切れ途切れに描かれた線の流れは、このハンマーの属性である風をイメージしているのだろう。柔らかな流水をイメージしたようなアクアハンマーとは異なる、少しシャープなデザイン。けれど硬質な感じはなくて、むしろ芽吹きを迎えた森のような、どこか暖かみのある雰囲気を感じさせる。


「これ、これはっ!俺、俺がもらって良いよな?な!」

「はいはい。そんなはしゃいだ様子を見て、取り上げるわけないでしょ」

「うん。私も大丈夫だよ。大事にしてあげてね」


 呆れたようなレヴィと、何故か涙ぐんでいるシャロレの許可をもらって。晴れて俺のものだ。思わぬところで新しい属性ハンマーを手に入ることができた。


 高そうな宝飾品と一緒にこんな素晴らしいものを並べて眺めていたとはスプリンクルハーピー、すまん。俺はお前のことを誤解していたようだ。いつか分かり合える日がくるのかもしれん。もう会うことは無いだろうけど。


 無事にお宝も手に入れて、ほっくほくだ。もはやここには用はないとばかりに下山を始める。ボス討伐でクエストクリア扱いになったのだろうか。通常種のハーピーのリポップも無くなったのでサクサク降りていく。全員無事、お宝もゲット。初めての討伐クエストにしては最高の成果といっていいだろう。足取りも軽い。


「いやー。ユニークモンスターの討伐報酬がアレだったから、一時はどうなることかと思ったが」

「巣に上がるまではあんなにヘコんでたのにね」

「まーあれは前振りというやつだな。先に落ち込ませておいて、あとの素晴らしい出会いを引き立てる演出だ。もう、あれだな。もはや運命の出会いって言っても過言ではないな。ほら、そう思うだろ?」

「はいはい。リーダー、前見て歩いて」

「分かったからルイ、まっすぐ歩いて」


 小躍りしながらハンマーを見せつける俺に、レヴィとエリエルが冷たい。シャロレはニコニコしながら、レナエルは呆れたようにため息。残念ながらこの喜びをメンバーと分かち合うことはできなかったけれど、新米パーティの門出に相応しいクエスト達成となった。

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