第133話 残したものは


 白い羽毛が織りなす繭から突如飛び出したスプリンクルハーピーが、溜めの挙動から強烈な範囲攻撃を放った時には本当に血の気が引く思いだった。


 両の翼から溢れ出した羽根の奔流はうねりをあげて上空へ。そのまま、真っ白な綿菓子をカラフルなチョコレートでトッピングするかのように、虹色の濁流となって襲い掛かった。


「レヴィィィィ!!」

「レヴィッ!くそっ!スプリンクルまきちらすって…そういう事かよ!」


 ハーピーナイトの羽根飛ばし攻撃から考えても、スプリンクルハーピーのあの攻撃は生半可な威力ではないだろう。大量の羽根によって完全に押しつぶされた白い繭の中に居るものが無事だとは、到底思えない。


 盾は正面からの攻撃を受け止めることはできても、そのままでは当然、横や上からの攻撃は防ぐことができない。盾を攻撃が来る方に向ける必要があるのだ。


 真っ白に染まったレヴィの視界からは、スプリンクルハーピーの動きが見えるはずもなく、まさか真上から広範囲攻撃が降り注ぐとは思いもしないだろう。


 最悪のケースさえ頭に浮かんだ。生きていてくれさえすれば魔法でもアイテムでも全部注ぎ込むつもりで見守っていたのだが。


 霧が晴れるように羽毛が霧消して、中から小柄な人影が現れる。誇らしげにピンと立った耳、緩やかな風を受けて揺れる髪。空に向けて堂々と盾を掲げたレヴィの姿は、まるで美しく造形された戦女神の立像のようだった。


「…小さいってのも、悪い事じゃないわよね!」


 そう言って盾を正面に構え直し、不敵な笑みを浮かべたレヴィ。そのいつも通りの元気な姿に、俺とシャロレは大きく息をつく。ため込んだ心配が流れ出し、場違いなほどに心地良い脱力感に襲われた。


「もう。びっくり、したんだから、ね!」


 停滞していた時間が再び流れ出し、シャロレがハーピーナイト達との戦いを再開した。それまでの心配の裏返しなのか、半ば八つ当たり気味にも見える大振りの攻撃を次々と繰り出していく。


 すでに数を減らしていたハーピーナイト達が、勢いを取り戻したシャロレの猛攻に耐えられるはずもなく。ほどなくして最後の1体がフィールドから姿を消した。


 ボスとはいえ、レヴィ一人でもどうにか抑え込むことができていた相手だ。3対1になった今、完全に形勢は逆転している。レヴィが防ぎ、シャロレが攻撃して、俺がサポートするという安定した立ち回りが可能となった。


 レヴィがガードに成功した時、あるいはウォークライを使って強く敵意を引き付けている時は、スプリンクルハーピーに大きな隙ができる。それを逃さず攻撃することで、胸以外の場所にも攻撃がヒットするようになっていた。そのせいだろうか。あの凶悪な羽毛の目隠しからの広範囲攻撃を再び仕掛けてくることもなく。


「いっけぇえええええぇぇ!!」

「ギィィィィィィィィ!?」


 二段突きからバックステップを挟んでの突撃。レヴィのコンボを食らったスプリンクルハーピーは濃い青色のエフェクトと…大量の羽毛と羽根をまき散らして消え去った。


「…っ、やった!?・・・・・・やったわ!」

「うん、やったね!」

「すごいすごーい!」


 羽毛まみれになって喜ぶ二人が、避難させていた天使達と合流して喜び合う。肝が冷えるような場面もあったけど、このパーティ初のボス討伐クエストはどうやら無事に達成できたようだ。それはいいんだけど。


「ちくしょう!こんなに散らかしていきやがった!」

「ルイィ…このタイミングでそれ?」


 あたり一面、羽、羽、羽根。家じゃないとはいえ、お外であってもこんなに散らかされたら気になるもんは気になるのだ。


 というわけで俺には初勝利の余韻に浸る暇もない。まずはレヴィとシャロレのお掃除だ。地面をきれいにしても、その後に二人が身体に付いた羽毛をまき散らしてしまっては意味がないからな、などと言いながら髪、肩、背中、鼻の頭とあちこちにくっついた羽毛を取り除いていく。


「ルイ…貴方ってほんと…ふ、ふふ、あははは!」

「もう、しょうがないなぁ」


 大人しく羽毛退治に協力しながらも呆れたように笑う二人だったが、その後インベントリからホウキを出して軽く掃除を始める所からは手伝ってくれた。こんもり集まる羽毛たち。これだけあれば寝具くらいは作れそうだ。


 掃除をしながら、ふと思う。あれほど大量の胸毛、もとい羽毛をまき散らしたスプリンクルハーピーだが、なぜか素肌が露わになるということは無かった。また、あれほど大量の羽根を降り注いだ翼も、ひどく毛羽立ってボソボソになるということもなく。


 ハーピーの遠距離攻撃は物理的に自分の羽根を飛ばしているというよりはスキル的なものなのかもしれない。いや、しかし他のモンスターを含め、部位破壊的な現象はこれまでも確かに存在した。ダメージを与えた部分の防具や身体の部位が傷ついたりするのは見たことがあるし。


 羽毛が散るという反応が攻撃を受けた回数に依存していると仮定すれば、チクチクと小ダメージを与えるのではなく、大剣のように少ない手数で大ダメージを与えることができればきっと胸部装甲を部位破壊することが…。これは検証が必要な案件だな。


「ルイ?何を考えてんのか何となくわかるけど、真顔で鼻の下を伸ばすのヤメテくれるかな?顔の上半分と下半分のギャップが激しすぎるんだけど?」

「ルイ君はエッチだけど、それも含めてルイ君だからしょうがないよね」

「大きければ良いってもんじゃないでしょう?そうよね?」

「いや、はい。ごめんなさい。…けどな。一応真面目な話でもあってだな?」


 スキル的な、魔法的な、マナ的なものは実体があるようで無い。倒した敵は青いエフェクトになって消え去るが、この羽毛のように残るものもある。例えば敵から毒を受けたとして、それは敵を倒した後も残ってるわけだし。それってこの世界では当たり前だけど、俺には不思議な事に思えたのだ。


「以前、私たちの身体や転生者の身体がマナ的なもので構成されていることに触れましたが?ルイにも分かるように説明すると、マナは世界を構成する粒子であり、かつエネルギーでもあります。一部の質量を持つようなスキルや魔法もその恩恵に…ん。ルイ、インベントリに報酬が配布されたようですよ」


 お?レナエル先生のお知らせ機能だ。あれこれ相談した結果、最近はインフォメーションボードに流れる情報の内、必要な物だけ教えてくれている。なお地元民であるレヴィとシャロレには、それぞれベルトポーチとポシェットに放り込まれた模様。


 考えてみればインベントリとか報酬の配布とか、それが当たり前のように存在しているんだから、これはこういう世界なんだと受け入れるのが正しいのかもしれない。元の世界にしても、なんで原子が存在するの?とか疑問に思い始めたら思考が迷宮入りしそうだし。


「…ねぇ。これ、いつ着るのよ?」

「いや、俺に怒られても」

「あ、あはは…」


 全員1着ずつ、極彩色のサンバ衣装セットが放り込まれていた。布面積は普通のビキニの水着程度だが、それらをこれでもかと飾り立てる鮮やかな羽、羽、羽根。背中側にも扇状に広がる豪華な羽パーツが用意されている。


 豪華絢爛、みんなの視線を釘付けにすること間違いなし。お二人には是非一度、着ているところを見せてほしい。本当に、どんな機会に着用をお願いすればいいかも分からないが。


 ただ女子はまだしも、俺の場合はどこの部族だと言わんばかりの見た目である。うん、いつ着ればいいんだろう、これ。部屋着にするにしても涼し過ぎる上に動くたびにワサワサして落ち着かなさそうだし。


 苦労して討伐した報酬がこれだけだったらすぐさま天界に苦情を申し立てるところだったが、レヴィには羽根を模したシンプルな髪飾り、シャロレには白銀のネックレスが併せて配布されていた。それぞれ素早さが上がる効果と、防御力が上がる効果が付されていたので当たりの部類じゃないだろうか。


 なお俺の追加報酬はスプリンクルフリンジスリーブ…。

 スプリンクルハーピーの、カラフルな翼をイメージした、そで。


 腕を通して両手を広げると、色とりどりのガラスビーズが連なった、たくさんのヒモが、地面に向かってじゃらりと垂れ下がる…。しかも造りが甘いのか、ガラスビーズがパラパラ地面に落ちる。にもかかわらず、本体のビーズが減る様子はない。そんなところまで無駄に再現した仕様だな!?


 何で俺だけこんな、おばあちゃん家の部屋の入口のすだれを両腕に着けてクジャクのマネをしている小学生みたいな装備品なんだ…。


「ま、まぁまぁ。ねぇ、あっちに大っきな巣があるよ?何かあるかもしれないし、せっかくだし見てみない?」


 カラフルなひも付きの袖をつけたまま四つん這いになり、全身全霊を込めてガッカリしている俺を見かねたのか、エリエルが声をかけてくる。掃除もひと段落していたところなので、気を取り直して誘われるままに奥へと向かうことにした。


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