第137話 旅立ちの朝


 翌朝、酔いが残ることも無く目が覚めた。季節は春。真冬に比べれば随分暖かくなってきたとはいえ、朝のうちはまだ少し冷える。


「んぐ、ん、ん~ん…くはぁ!」

「ん~?ルイィ?おは…よ…ぉ…ぅふぁ~あ」

「おう、おはよ」

「おはようございます」


 ベッドの上で体を起こして伸びをする俺の気配で起きたのか、天使たちも目を覚ました。大あくびしているエリエルはどんな寝相ならそうなるのか聞きたくなるほどに寝間着がはだけているが、レナエルは寝起きとは思えないほどピシッとしている。


 しかも寝るときは外しているはずのメガネを、いつも俺が見たときにはすでにかけている。そのため、レナエルの素顔は見たことが無い。視線を感じた瞬間、光の速さでメガネを装着してるのだろうか?不思議だ。


 いつもより早い時間に目が覚めたのは今日が旅立ちの日だからか、あるいは少し興奮しているのかもしれない。旅行に出かける日の朝のように楽しみと不安が混じり合ったような緊張感が、心地良い。


「おはよ、起きてる?」

「おはよう、ルイくん」


 ノックと共にレヴィとシャロレが現れた。まだパジャマ姿の俺とは違って、既に髪を整え、身支度も済ませている。女の子の方が準備に時間がかかることを思えば、俺よりもさらに早起きだったようだ。


「おはよ。早いな二人とも」

「何だか目が覚めちゃってね。ご挨拶、するんでしょう?」

「おう。みんなは無理だけど、村長さんとか主要な人たちにはな。そのあと親方のところで馬車を受け取ってから出発するつもりだ」

「なら、朝のうちに済ませちゃいましょ。昼になるとみんな出かけたりするかもしれないし」

「うん。私たちの準備は終わってるから、ルイくんの準備、手伝ってあげるね」


 言うやいなや、戸口で話をしていた二人が部屋の中に入ってきた。朝から元気というか、せっかちというのか。いつもよりちょっとだけ声が弾んでる感じがするし、二人も旅立ちが楽しみなのかもしれない。


「ん?あぁ、ありがたいけど着替えて、あとは荷物をインベントリに放り込むだけだから…ってシャロレ?ちょ!?いいから!着替えは自分でできるから!やめっ!?」

「さ、レナエルはエリエルの準備を手伝ってあげて。あたしはルイの荷物をまとめとくから」

「む。仕方ありませんね。…まずはこの二度寝を始めている不届きものを叩き起こすところからですが」

「ちょ、だから、あ、ぁぁぁぁぁー!?」

「んー、あともうちょっとだけだか…ふが!?もがぁあぁ!!」


 ・・・。二人が朝から元気なのはいいんだけど、エラい目に遭った。


 おかげ様ですっかり目が覚めた俺たちは顔を洗い、身支度を整え、朝食を摂る。いったん部屋に戻って忘れ物が無いか確認して、一礼。数か月にわたって、快適なお部屋をありがとう。お世話になりました。


「いってらっしゃい。道中、気を付けるんだよ。あんたー!ルイ達が出るよー!」

「おぉーう」


 階段を降りて集会所のカウンターへ。いつものように働いている村長さんの奥さんにチェックアウトをお願いする。奥さんは出立の手続きをしながら板間へ向けて、これまたいつものように罠をいじっている村長に声をかけてくれた。


「色々ありがとうなぁ。お前ぇ達の旅に山の神様のご加護がありますように、だぁ」

「村長さん、おかみさんも、お体に気を付けて」

「ありがとうございました」

「これ、持ってけぇ」


 村長さんはそう言うと、一枚の紙片を手渡す。見ればそこには「猟師の証」の文字が。トヴォの村長から貰った漁民の証と同様、業として狩猟を行うことを許可するものだそうだ。木こりの証というものもあるそうだが、冒険者なら木材よりも食材だろぉ?との気遣いだそうな。


 なおレヴィとシャロレは元々本職なので既に持っている。俺自身はまだ猟師修行はしてないから、旅の途中で暇を見つけて稽古をつけてもらうことにしよう。うん。みんなの仲間に入れてもらったみたいで嬉しい上に、また一つ新しい楽しみができた。


 名残惜しいが長居するわけにもいかないので、改めてお礼を言って別れる。村長夫婦は、またいつでも立ち寄るんだぞと異口同音に言いながら、集会所を出る俺たちをいつまでも見送ってくれた。


「初めてこの村にたどり着いた時は、まさかあたしが冒険者になって、あなたと一緒に村を出ることになるとは思わなかったけどね」

「そりゃ、俺もそうだよ。危なっかしぃ娘さんたちだなぁ、無事に騎士になれるといいなぁって心配だったもんな」


 昨日の宴のうちに、ほとんどの人には挨拶を済ませている。とはいえ出発を急ぐわけでもないし、次に立ち寄れるのは少し先になるだろう。村の景色を心に焼き付けながら、会う人会う人に挨拶をして。思い出話をしながらゆっくりと巡る。


「何よ!…まぁその気持ちもちょっとは分かるけど」

「まぁまぁ、レヴィ。心配してくれてたんだよ?それに、今はとっても楽しみだよね」

「うぐ。…シャロレも。こんな感じになるなんて意外だったけどね」

「ふふっ。私もだよ」


 馴染みの食材屋さん、何かとお世話になった革の工房。木材加工の修行がてらに補修のお手伝いをした家の柵、村人と立ち話に興じた井戸。比較的小さな村だけど、長く滞在したからたくさんの思い出ができた。


 …ふと思ったけど、エンはまだしもトヴォもトルヴも、俺、1か所に長期滞在し過ぎじゃないだろうか?まぁそれぞれ、アングラウ戦とか二人の育成とか、理由があったからではあるけど。


 周回遅れはもう気にしないにしても、流石にのんびりし過ぎな気がする。こっからは、も少しスピード上げて…行く必要もないか。ま、用が無ければサクサク進むだろうし、マイペースで行ったらいいか。

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