第116話 二人の決断


「ねぇ、シャロレ」

「ん、なぁに?」


 二人は風呂と食事を済ませ、部屋に戻った。その間、ほとんど話はしていない。今もベッドに腰かけたまま、かなりの時間、レヴィは考え込んでいた。


 ハーピーとの戦いの後、トルヴに戻ってから、レヴィもシャロレも交わす言葉は少なかった。疲労が著しくて話す気力がなかったことが主な理由だったが、村長と話して以降はむしろ、考えたいことが多くて話ができていなかった。


「今までのこと、本当にごめんなさい」

「…急に、どうしたの?」


 思いつめた表情でシャロレを見据え、深く頭を下げるレヴィ。何となく空気を感じ取っていたのか、シャロレはそれほど驚く様子も見せず、問いかけた。


「あたしが騎士になりたいって言い出して、村を出て、王都への旅を始めて。シャロレは付いてきてくれたけど、そのせいで2回も命を落としかけた」

「それは…」

「気にしないでってシャロレが言ってくれるのは分かるし、その気持ちは嬉しいわ。でも気にしないなんて…さすがにもう無理よ」


 シャロレの言葉を遮って、レヴィは言葉を続ける。


「今日、ルイが助けにきてくれた時に気づいたの。んーん、トラスが "私たちを見返したくて" あんなことをしたって聞いた時かもしれない。あたしが騎士になりたかったのはね、最初は、困っている人を颯爽と助けに来てくれる、そんな人たちへの憧れがきっかけだったんだ、って。あいつらを見返してやる、とか。そんなくだらない事、どうでも良かったのよ」


「うん。シャロレって子どもの頃、たくさんの英雄譚を聞かせてくれたよ?あの人はこうだった、この人はこんなだった、って。確かに騎士の話は多かったけど、八聖の物語とか、騎士以外の人の話もたくさんあった」

「そうなの。どうすれば自分もそんな風になれるのか考えて、たどり着いたのが王都で騎士になるって手段だった。でもいつの間にかその手段が目的に代わって…意地になってたんだと思う」


 心のどこかでは気づいていたのかもしれない。けれど体格などを理由に、たびたび周囲に否定され、それに反発する気持ちが、いつしか本当の想いに蓋をしてしまっていた。


「だから…本当に、ごめんなさい。あたし、騎士になるの、やめようと思う」

「…。」


 レヴィは謝罪と共に、そう告げた。深く頭を下げたためシャロレの表情はうかがえない。その上シャロレが沈黙で応えたため、レヴィには彼女がどう受け止めているのか判断がつかなかった。


 ここまで旅をしておきながら夢を放り出すことを怒っているのか、無責任なことをと呆れているのか。自分としては考えに考えた上での結論ではあるが…シャロレに嫌われたかもしれない。そんな思いが恐怖と共に、徐々にこみ上げてくる。


「あ、あたしはっ!」

「…どうするの?」


 思い切って顔を上げ、言い訳気味に言葉を継ごうとした矢先、シャロレがそれを遮る。彼女は元々内向的で表情豊かというタイプではない。それでもレヴィは他の人よりもシャロレの表情から気持ちを読み取れるという自信があった。


 しかし今日ばかりは怒っているのか悲しんでいるのか、肯定してくれるのか否定されるのか、全く分からなかった。初めて見る表情。ただその物言いは不思議と突き放すようなのに柔らかく、どこか穏やかな表情をしているようにも思える。


「騎士になるのを諦めて、これからどうするの?」

「そ…それは…」


 案はある。とても図々しい案だ。本人には元より、シャロレにだって言い出しにくい。けれど、ここまで付いてきてくれたシャロレにこそ、まず伝えなければ始まらない。賛成してもらえないなら諦めるしかない。だから、覚悟を決めることにした。


「…ルイに、付いていこうと思う。できればシャロレも、一緒に」


 覚悟を決めた割には小さめの声。ただその言葉を聞いた瞬間、シャロレは大声を出されたかのようにビクリと震えた。


「ルイに助けられて、村長さんの話を聞いて。困ってる人たちを助けたいだけなら、騎士にこだわる必要はないんだって気づいたの。ルイは人助けだけを目的に旅してるわけじゃないけど、彼はきっとこれからもたくさんの人に出会い、助けることになるんじゃないかって思うし…だからあたし、冒険者になる。冒険者になって、彼についていきたい」


 言葉を切り、想いを込めて視線を向けるレヴィ。シャロレはそんなレヴィの顔をじっと見た後、ほんの少しだけ表情を柔らかく崩して話し始めた。


「あのね、レヴィ。私も謝らないといけないの」

「…シャロレ?」


 賛成とも反対とも返事をせず。怒る様子も悲しむ様子も見せず、突然謝り始めたことに戸惑うレヴィ。その気持ちを知ってか知らずか、シャロレは淡々と続ける。


「あなたが騎士になりたいって気持ちを応援したくて、ここまで付いてきたの。その気持ちに嘘は無いし、後悔もしていないし、胸を張って、私は頑張ってきたって、そう言えるつもり」

「それはもちろん…」

「でもね?村長さんにお話を聞いて、私、やりたいことが見つかったの」

「!!」


 シャロレの告白を聞いて、真っ青になるレヴィ。絶対に肯定してくれるとまではいかなくても、自分の味方でいてくれると勝手に思っていた。信じ込んでいた。信じたかった。けれど、シャロレはやりたいことを見つけたという。


 ならば、今まで応援してくれたシャロレを快く送り出さなければならない。むしろ自分が応援してあげなければいけない。この一瞬で気が遠くなるほどの喪失感に襲われたが、何とか立ち直り、言葉を絞り出す。


「…そう、それなら…」

「そう、だから。ごめんね、レヴィ。これからはあなただけじゃなくて、あなたとルイさんを応援させてほしいの。ううん、私も連れてってほしいっていうべきなのかな」

「シャロレ!!」


 一転、安堵と喜びを全身で表すレヴィに、シャロレは穏やかな笑顔を見せる。ただ、疲れているからだろうか。レヴィにはシャロレの笑顔が普段とは少し違って見えた。


「レヴィはたくさんの困ってる人たちを助けたい、みんなの役に立ちたいってタイプだけど、私はたぶん誰か特定の人に尽くしたいっていうか、奉仕したいタイプなんだと思う。フェムに向かう時にルイさんを放っておけないって言ってたけど、また命を助けられて、村長さんの話を聞いて。あぁ、私はあの人の役に立ちたかったんだなって分かったの」


「それなら…!」

「うん。きっとね、ルイさんは世界中の人たちを救済してまわるから」

「救済…?ま、まぁ必ずしも世界中のみんなをってわけにはいかないかもしれないけど?」


 方向性は…たぶん一緒だ。今のところ、二人が望む未来は同じであるように思われる。二人でルイに付いていき、ルイの手助けをする。だがいつもより能弁なシャロレの目は、もっとどこか遠くを見ているような感じがする。


「だからね、私も私の全てを捧げてお手伝いをしたいなって」

「え?…ね、ねぇシャロレ?全てって…ちょっと重くない?」

「そうねレヴィ。ルイ様…さんのお気持ちもあるものね?」

「様って言った?ねぇシャロレ?」

「冒険者として仕えるか、身の回りのお世話係として仕えるか。…両方っていうのもありだよね。良かった、レヴィも同じ気持ちでいてくれて。一緒に頑張ろうね。あ、でもその前に、明日ルイさんを説得しなきゃね?ダメって言われてもついていくでしょ?楽しみだね」

「・・・そうね」


 ダメだ。どうやらあたしの言葉は届いていない。なるほど。確かにルイに出会って以降、やや盲目的に彼を信用している様子など、兆候は見せていた。ただ一度決めたら頑固というのか、思い込んだら一途というべきか。親友がちょっとヤバい感じで覚醒してしまったのを察したレヴィは、心の中でため息をついた。


 けれど、せっかく彼女がやりたいことを見つけたのだ。ルイには少しだけ迷惑をかけてしまうかもしれないが、今まで自分が振り回してしまった分、これからは出来る限りシャロレを応援してあげたいと思う。どちらかと言えば暴走しないよう手綱を握るといった形かもしれないけれど。


 もちろん、レヴィ自身の心境にも変化はあった。騎士を目指していたことに後悔は無いが、常に自分がどこかで何かを間違えたような不安がつきまとっていたのだ。それが今は、何の迷いも無く目標へ真っすぐ走っていける、そんな自信がある。ただ、あの優しい背中を追いかけて行けばいい。それだけで道が開ける気がしている。


 今ならば、ルイが言ってたみたいな、”その先の幸せ” が少しだけ見える気がする。久しぶりに明日が、これからの毎日が楽しみだと思えるようになっている自分に気が付いた。

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