第115話 猟師たるもの


「お仲間のあんたらも、ありがとうなぁ。またなぁ」

「あ、あの!あたしたち、大丈夫って言ったのに危ないところでした。御山をけがすことになったかもしれなかったの。本当に申し訳ありませんでした」

「すみませんでした」


 別れを告げようとする村長に、揃って頭を下げるレヴィとシャロレ。


 猟師たちには共通認識として、獲物は山の神からの授かりものであり、無駄な殺生をしてはならないという考え方があった。転じて、猟師たち自身も無駄に命を散らさぬよう、危険な行為を避けるのが不文律として定められていた。そういった行為は御山を汚すとされ、各地の猟師共通の禁忌とされていたのである。


「んん?いやぁ。話は聞いたが、お仲間のあんたらがトラスを見つけて、守っててくれてたから、ルイが間に合ったんだろぅ?」

「でも、私たちが危険な目に遭ってしまったことには変わりありません」


 自分たちの判断ミスにより、迷惑をかけたことを誠実に謝る二人。その様子に目を丸くして驚きながらも、村長は好ましく思った。確かに危険を冒したのはルール違反であり、トルヴ近郊の山々に責任を持つ自分の立場では強く反省を求めなければならない行為ではある。しかし。


「…御山の掟は御山の掟。猟師たちへ自戒を込めて、危険を避けるように言い伝えてるってのもあるが、わしらがいたずらに危ないマネをして山の神様の御心を騒がしちゃなんねぇってことでもある。ルイのお仲間のあんたがたが無事だったってのは、危険を冒してまで為そうとしたことを山の神様がお認めくださったってことだろうよぉ。行動もそうだが、心映えもなぁ」

「あたしたちは、そんな…。…それにあたしたち、ルイと一緒に行動はしてるけど仲間ってわけじゃないんです」

「んんっ!?そうかぁ。勘違いか、それはすまんかった」

「そもそも助けてもらってばっかりのあたしたちなんかじゃ、ルイの足を引っ張るだけだろうし…とてもじゃないけど釣り合わないわ」

「レヴィ…」


 ハーピー戦での危機的な状況、さらにそれに続く暗い夜道の撤退戦とで、心身共に疲れ果てていたのも理由の一つだろう。レヴィは普段の快活さも前向きな思考も完全に失ってしまったかのように、力なくうなだれている。


 シャロレはレヴィを気遣う様子を見せるが、自身も全く同じありさまで、かける言葉が見つからない。道に迷った子供のように、今にも泣き出しそうな二人の様子を見て、村長はこの日初めて暖かな笑顔を見せた。


「お前ぇさんらぁ、猟師としちゃあ、まだまだ未熟だなぁ。獲物を見て山を見ず。獲物にばっかり目が行って、御山全部を見ようとしてねぇ。」

「…?」

「どういうことですか?」

「ルイはでっけぇよお、立派なもんだ。トヴォからの手紙でそうだろなって思ったが、俺たちもトラスを助けられて、あんたら自身も助けられたんだろぉ?あいつは大っきな心でもってまわって、行く先々で当たり前のように人々を助け、導く。そんなやつだぁ」

「当たり前のように人々を助け…」

「…導く」


 レヴィとシャロレもそれには同意する。自分たちも命を助けられたが、特に偉そうにされたことは一度もない。たまたま通りがかっただけだ、などと言って礼も受け取ろうとしなかった。


 今回もトラスを救出したことを村長たちに恩に着せようとすることもなく、良かったですねの一言で済まそうとしている。ただ優しいという言葉だけでは言い表せない、どこか不思議な考え方の持ち主であるように思われるのだ。


「けんどなぁ。いっくら巨きなるもんでも、独りでできることなんか、限られてるんだよぅ」

「ぁ…」


 小さく。どちらともなく。声にならない声が漏れる。胸にストンと、引っかかっていた何かが落ちた。


「それとなぁ?自分には無理だ、釣り合わねぇ、なんて諦めたら狩猟はそこで終わりだぁ。かかる罠にもかかんねぇよ?目指す獲物がいるんなら水垢離みずごりしてでも目指さねば、な?」

「…はぃ」

「ありがとうございました」


 話は終わりだとばかりに手を振り、その場を離れる村長に、消え入るような声で返事するレヴィと、小さく礼を言うシャロレ。叱られたわけではない。気づかされたのだ。ただそれでも自分たちの未熟さを指摘されたことが、ありがたくもあり、恥ずかしくもあり。


「レヴィ、部屋…戻ろっか」

「うん」


 珍しく、子どものように返事をするレヴィだった。

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