第106話 教会でお祈り~フェムの場合


(なんだかおしゃれな街だな)

(エンよりも大きいねぇ。見て見て!カフェとかお菓子屋さんみたいなお店もあるよ!)


 昨夜遅く、門が閉まるギリギリの時刻にフェムの街へとすべり込んで、衛兵さんに紹介してもらったいくつかの宿から一つを選んで宿泊。一夜明けた今日は、教会へと向かっている。


 懸念してはいたのだが、転生者の姿が街中にそこそこ見かけられたので俺は猫すっぽり、エリエルも久しぶりに姿を見せないオフモードだ。注目を集めないように気を付けつつ、肩に乗せたエリエルとこしょこしょ話しながら、フェムの街を歩く。


(あぁっ!私のスウィーツたち!!すぐにトルヴに戻らないといけない私を許してねっ!)

(突然どうしたんだお前は。耳がこそばゆいから小声で奇妙な小芝居を始めるんじゃないよ)

(だって…2~3日はゆっくりできると思ってたのに…)

(しょうがないだろ。まさか、レヴィとシャロレがトルヴに戻ってるなんて想像もつかなかったんだし)

(レヴィなんか早く騎士にならないと!って感じだったのに、どうしたんだろね?)


 どんな偶然なのか、夜遅くまで受付してくれると衛兵に紹介してもらった宿は、レヴィとシャロレが泊ったのと同じ宿だった。


 朝食後に教会とギルドの場所を尋ねた女将さんがやたらと話好きで、”あんたたちもトルヴから来たのかい?昨日の朝に出発した娘たちもトルヴからで…” などと質問してもいないのに延々と話を聞かされたのである。俺たちにとってはとても大切な情報だったので結果としては大変助かったのだが。


(馬と牛の獣人の女の子二人組って、レヴィとシャロレで間違いないだろうし)

(トルヴの知り合いに会うために戻るって言われたら、俺たちのことで間違いないだろうからなー)


 そんなわけで待たせるのも何だし、トルヴとフェムの移動も割と気軽に行き来できることが分かったので、今日中に教会とギルドの用事を済ませて、明日の朝にでもトルヴにとんぼ返りすることにした。


 教会は石造りで、街の大きさに合わせて大きい、というわけでもなく普通のサイズ。ただトルヴ産だろうか、柱や梁、窓枠や鎧戸などの主要な部分に、木材をふんだんに使用していることから神聖、荘厳というよりは優しい雰囲気の建物に仕上がっている。


「先にお祈りセーブ済ませてから転職するか」

「そだねー。私の報告も女神の間でできるし」


 内部の構造も他の教会と似ていた。入ってすぐの広間は天井が高い礼拝堂、奥の両側には先へと続く出入口が見える。教会の人と思われるゆったりとした服を着たシスターに一声かけて、礼拝堂奥の女神の間へと向かうことにした。


「これでやっとセーブポイントが更新されるね!今までの最新はエンだったから、トヴォとかトルヴでもしも死んじゃってたら、エンまで戻ったんだろうし」

「ん?あー、まぁな。でも、そだな。一応はっきりさせとくけど、俺がちゃんと死に戻りできるかどうかは正直分からんと思うぞ?」

「えぇ!?何それ!?そんなわけ…ないじゃん!転生者なんだから、ちゃんと戻れるでしょ!!」

「…お前もちょっとは気づいてたんだろ?俺は半家事妖精で後付けの転生者だ。腕輪の機能も完璧かどうか微妙な感じだし、転生者向けのルールがきちんと適用されるかは怪しいもんだ。何でこうなったかぁー誰のせいかぁあぁー知ーらなーいけーどーなー」

「うぐっ!そ、そんな、こと、無い……とは言い切れないけど…ごめんなさい」


 目に見えてしょんぼりするエリエル。その可能性について一瞬でも考えはしたんだろう。俺の方は、アングラウ戦に挑む時は、まだ普通に死に戻りできると考えていた。けれど、海の底に沈んで、いざその時を迎えてみて気づいたのだ。色々とイレギュラーな自分が本当に死に戻れるのか、と。


 エリエルが俺に言わなかったのはその可能性がかなり低いと判断したのか、ごくわずかな可能性とはいえ言いだせなかったのか。少しだけ気を遣って、からかい混じりに言ってはみたものの、ちょっといじめ過ぎたか?


「けど、いいんだよ別に。死ななきゃいいだけ、ただそんだけの話だ。むしろ死んでもやり直せるとか考えてたら俺みたいなのは雑な人生送っちまいそうだし。ちょうど良かったんだよ」

「どぅい”ぃぃぃー」

「泣くな。ていうかせめて鼻水はなんとかしろ」


 フォロー気味に言ったのは確かだけど、内容は本心そのままだ。戦闘で死んでも大丈夫っていう、女神さまが用意した優しい世界を否定するつもりはない。だけど死んだらそこで終わりっていうのはむしろ元の世界の価値観に近いし、違和感も全く無い。


 更に言うなら、死ぬかもしれないから旅をしないとか、安全第一で杖術だけに頼って生きていくなんて考えられない。リスクを取って行きたいところへ行き、大好きなハンマーも使いまくって、死んだらそれまでって覚悟で、全力でこの世界を楽しみたいと思う。


 他の転生者たちと比べたら不利な環境かもしれないけど、比べなきゃいいだけで。元々俺にはそういう世界なんだって割り切ってしまえば気にもならない。


 周回遅れで地元民のみんなと関わりながら生きてきた中で、既に別の世界を生きてるような感覚さえある俺には、転生者たちに追いつきたい、羨ましいというような気持ちはほとんど無くなっていた。決してボッチだから元々他人にあまり興味がなかったというわけではないのである。決して。


 未だぐずぐずと鼻をならしながら俺の後頭部にひっついているエリエルを連れて、女神の間に入る。


 中は薄暗く、他の街で見たのと同じような女神像が安置されていた。比較的、ちょっと小さいように感じたのは俺の身長が少し伸びたのだろうか?エンで最後に見てからまだ半年くらいしか経ってないし、どちらかといえば精神的に成長できたってことかな?


 勝手に誇らしい気持ちになりつつ、ひざまずいて両掌を組み、目を閉じて女神さまに祈る。


(女神さま、この世界に転生させてくれてありがとうございます。無事にフェムへとたどり着きました。おかげさまでレベルも上がり、トヴォやトルヴでは珍しい体験ができて…)


 心の中で女神さまに感謝を捧げ、これまでの経緯を報告…すると!


 バチバチという不穏な音がすると同時に、まぶた越しに鈍い光が差したのを感じた。目を開けて視界に飛び込んできた光景に驚くが、すぐに飛び退ってインベントリからアクアハンマーを取り出し、戦闘態勢をとる。


「何だっ?何が起こっている!?」


 目の前、俺と女神像のちょうど真ん中ほどの空間に、真っ黒な球体が出現していた。球体、というよりはむしろ穴と言った方が正しいだろうか。どこか異空間にでもつながっていそうな漆黒の深淵が揺らぎながら、ぽかりと口を開けていた。


 しかもこの穴、紫色の禍々しい雷を表面に纏っていて、いかにも邪悪が這い出てきますといった禍々しい様相をしている。この後に何か良いことが起こるとは到底思えそうにない!


「モンスターっていうか、悪魔とかそんな類のがここから現れるって感じか?けど何でこんな所でっ!」

「…あれ?」


 仮に予想通り魔物が現れるとしても、敵の強さは不明だ。一瞬で殺されるかもしれないし、実はこの現象が何らかのイベントで、俺でも対応できる程度の何かが現れるという可能性もある。


 それらを考慮しても、留まって戦うべきか、逃げるべきか、それとも助けを呼ぶべきか。色々と考え、迷い、結局は棒立ちのまま無駄に時間を使うという中途半端な対応で終わってしまった。


 そう、考える時間は終わってしまったのだ。深淵が纏う紫電がバチバチと一層強まったかと思うと、黒くて細い何かが深淵の中からゆっくり突き出されてくるのが見えた。


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