第105話 すれ違う人たち


「ひどい目に遭ったわ」

「驚いたね。でも何となくだけど、狼さんもバーニャードさんも、悪い人じゃなさそうだったよ?ちょっとダメな感じのところもあったし100点満点とは言えないんだろうけど」


 ギルドの裏口から出させてもらったおかげで、狼獣人や冒険者たちとは顔を合わせずに街に出ることができた。礼を言って別れる前に受付嬢と少しだけ話をしたが、今トラブルが発生したばかりということもあって、一般の冒険者への護衛依頼はしばらく諦めると伝えてある


「レディ2人を放っておいて出て行ってる時点で全員0点よ」

「ふふっ。そうだね」

「それよりもシャロレ、何か言いかけてなかった?」

「え?あ、うん。あのね・・・一度トルヴに戻らない?」

「トルヴに!?何で?」


 ついさっきまで、フェムから王都に行く手段について頭を悩ませていたのだ。何かそのための名案があるのかと思ったのに、トルヴでは逆戻りになる。


「ギルドの人は1週間になるのか、10日かかるのかって言ってたでしょう?いくらオーガが強力でも、街道の魔物の討伐に1ヵ月もかかることはないと思うの。けど仮に10日かかるとして、運が良ければすぐだけど、運が悪ければ10日、あるいはそれ以上何もできないで過ごすことになるじゃない?」

「それはまぁ、そうね」


「なら逆に10日間くらいはかかるものだって割り切ってしまって、その間、トルヴでルイさんに鍛えてもらうのはどうかなって思ったの。私たち、オークを倒したせいか弓の威力があがってたでしょう?ちょっとしたトラブルに自分たちで対応できるくらいの強さは、この先も必要になるんじゃないかな」

「んー。言ってることは分かる、けど」


 上手くいけば2~3日で先に進む手段を得られるかもしれないし、それに賭けたい気持ちも少しある。けれど確かにシャロレの言う通り、フェムで10日ほど無駄に過ごしてしまうことになればもったいない気がする。


 トルヴに行けば間違いなく無駄な時間にはならないだろうし、フェムへとまた戻ってくるころにはスムーズに王都へ移動できることだろう。しかも、たった今、"ちょっとしたトラブル" に巻き込まれたばかりだ。この先も似たようなことはあるだろう。


「けど…そうね。急がば回れ。ここは確実に、私たちのためになる時間を過ごせる方を採りましょうか」

「うん!じゃあ今日はとりあえずあの宿に泊まって、明日の朝にフェムに出発だね」

「昨日別れたばっかりなのに、またすぐに会いに行くのはちょっと恥ずかしいけどね」

「それはそうだけど、きっと喜んでくれるよ」

「…また、いやですって言われなきゃいいんだけど」

「あはは、それもきっと大丈夫、だと思う、けど。…たぶん」


 護衛を明快に断られたのは割と衝撃的な出来事だったので、少しトラウマ気味になっている二人だった。


 ・・・


「っひゃー、速い速い!すごいなルカ!ひゃっはー!」

「クルルーゥ!」

「ちょっと速すぎだってばー!待ってよー!」


 加工所に弟子入りした次の日。山道ではない方の迂回ルートを使ってフェムに向かっている。せっかくの移動なのでゴーグルの性能を試してみたかったのと、ルカが居れば山越えと同じくらい、むしろもう少し早く着けるかもと考えての選択だ。


 少しずつスピードを上げてもらうと、頬に感じる風がどんどん強まっていく。身に着けたローブがバタバタとはためき始め、最高速度に達する頃には周囲の景色が飛ぶように流れていくようになった。飛びながらついてきているエリエルが、追いつけないほどの速度になりつつある。


 素顔であれば目を開けていられないくらいのスピードだと思われるが、ゴーグルはしっかりと機能してくれた。ぴったりフィットして先々まで良く見えるし、この買い物は大正解…って、ヤバッ!?


「ルカ!ルカ、ストォップゥぅわわわぁぁぁぁぁあ!?」


 前方に大型の鹿のような生き物が見えたため、慌ててルカに止まるよう指示したのが間違いだった。後から思えば、ルカは飛び越えるなり逸れるなりして普通に避けてくれただろうなと思う。指示に従い急ブレーキをかけるルカ。驚いた鹿は逃げてくれて衝突は回避できたけど、騎乗している俺には当然、慣性が働くわけで。


 俺の身体は高速で移動してきたルカのスピードそのままに前方へ。瞬時の判断で手綱を離すと、目の前にあったルカの首をレール代わりに斜め上へと滑り、スポーン!と音がしそうな勢いで空へと投げ出された。


「と、とっ、ぅわわわわぁーーーーぁあ!ふべっ!」


 猛スピードで空高く放り出された体勢を何とか整えようとするが、突然のことで動揺もしてるし、何のとっかかりもない空中では為す術も無い。手足は空を切り、じたばたともがくだけに終わり、そのままうつ伏せに落下した。


「あちゃー。ルイ、大丈夫?」

「クルゥ…」


 痛みをこらえて何とかごろりと仰向けになり、ヒールをかける俺の顔を心配そうに覗き込むエリエルとルカ。ルカは少し落ち込んでしまった様子で、逆に申し訳なく思う、けど。


「ふ、くく、あっはははははっ!」

「ルイ?頭打ったの?エクスポーションも使っといた方が…」

「めちゃくちゃ飛んだな?見たか、エリエル?ふっふふ、楽しーな、これ!」


 こんな風に空に投げ出されるのはアングラウのぶちかましをくらったとき以来だ。あの時は戦闘中で余裕も無かったし、楽しむとかそれ以前の問題だったけど、宙を舞うのは自分の世界が縦に広がったような爽快感がある。大人になってからのリアル高い高ーいがこんなに楽しいとは思わなかったけど、これは素晴らしい発見だ!


「もっかい、もう一回やろうぜ、ルカ!今度は上手く着地するから。あぁ、一度放り投げてもらって、またルカに受け止めてもらうってのも楽しそうだな!さ、行くぞ、特訓だルカ!」

「えぇぇ…」


 こうして、曲乗り、高速移動に加えてルカからの高速離脱と、分離からの再度合体という技を練習しながらフェムへと向かった。新技の発見と訓練ができて、とても充実した旅路である。


 …フェムに到着したのはその日の夜遅くになってしまったけど。


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