第104話 狼さんとバーニャード


 口の端からダラダラと垂れ流している血は仕方ないと言えなくもない。


 だが目を血走らせ、息も荒く声をかけてくる様子は明らかに怪しい。運が悪いことに、質の悪いやからに目を付けられてしまったようだ。レヴィはシャロレをかばうように狼獣人の前に立ち、きつく見据えてけん制する。


「あんた誰?あたし達に何か用?」

「あぉん?お前ぇに用はねぇよ。チビ助は引っ込んでろ」

「チ…!!何ですって!?」

「ぅ俺はこのお、お、お嬢さんにお話かけてるんだ、です。良ければ俺が王都まで、ごっ護衛して差し上がりますよ?」


 狼獣人の目当てはシャロレだけのようで、レヴィには目もくれずシャロレに話しかけようとしてくる。しかし当のシャロレはというと、完全に怯えて声も発することができないでいた。


 魔物相手ならむしろレヴィを守ろうとさえすることができたが、こういった手合いは特に苦手なタイプなのだ。まして好意というよりは食欲を刺激されたかのような態度を示しているような輩ならばなおさらである。


 ひきつった笑みを浮かべる狼獣人の全身には、少し長めの灰色の体毛がみっしりと生えている。どちらかといえば人に近いレヴィやシャロレとは違って、ほぼ二足歩行の狼と言ってもいい容姿だ。


 レヴィはもちろんのことシャロレよりも大柄で、細めだが引き締まった体つきは俊敏さと同時にどこか力強さを感じさせる。ただそのことが、より一層この狼の危険度を知らせてくる。


「それこそ、あんたなんかに用は無いわ。呼ばれもしない狼は引っ込んでなさい!」

「ったく、うるせぇなぁ。いいからおめぇは少し黙ってろよ!」


(おっ!?なんだなんだ?イベントか)

(獣人の女の子たちが絡まれてるぞ)

(おい、WAP呼べ!WAP!)

(放っといても湧くだろ。いやでも、両方獣人だぞ?この場合、やつら的にどうなるんだ?)

(知るかよ。でもこの案件を通報しなかったら後できっと騒ぐぞ)


 声を荒げる二人の様子に周囲の冒険者、それも転生者と思われる者たちがざわつき始めた。少し興奮気味で冷静さを欠いた様子だった狼獣人もさすがに周りの様子に気づいたのだろう。事態を収めようと意図してか、ごく僅かにトーンを落としてレヴィに話しかける。


「チッ。おいガキ!俺は今、大切な…」

「そこまでだよ、狼さん!」

「…あー、クソッ。何だ…よ」


 突如、張りのある第三者の声が狼獣人の言葉を遮る。次々と入る邪魔にうんざりした様子で天を仰いだ後、呼びかけに応じて振り返った狼獣人は、何故か少し動揺した様子で言葉に詰まった。


 狼獣人だけではなく、その場に居る全員の視線を一身に集めたのは華麗な、と表現するのに相応しい人物だった。プラチナブロンドのストレートヘアーに端正な顔立ち。美しい装飾が施された輝くプレートメイルにロングソードを佩いている。颯爽と現れたその姿は冒険者というよりも騎士と呼んだ方が似つかわしいようにさえ思われる。


「あら、冒険者の中にも少しはまし…な…?」

「…?」


 だがしかし、その姿を確認した三人の視線はその人物の固定された。違和感のせいで言葉を失った三人の様子を気にする素振りも見せずに、その人物は口を開いた。


「初めましてお嬢さん方。クラン ”わくわくアニマルパーク” サブリーダー兼、愛の狩人のバーニャードだ。狼さん、ご婦人を困らせてはいけないよ?君たち、話は聞かせてもらった。僕が来たからには安心だ、護衛は僕が!この僕が!引き受けようじゃあないか」


(湧いた)

(やっぱ湧いたな。けど、WAPの中でも何であんな大物がこんなとこに?)

(バーニャードが居る理由は分からんが、あいつら動物とか動物系の魔物とかの生態調査やら保護活動やらで定期巡回してるみたいだからな。最前線にもメンバーは多いが、割とまんべんなくフィールドに散らかってるらしい)

(全般的に、悪い奴らじゃないんだけどな)

(あぁ。ただあいつはちょっと…)


「何だテメェは?ふざけた付け耳なんざしやがって」

「ふざけてなどいないさ。これは獣人の女の子たちに愛してもらえるようにという願いを込めて、少しでも姿を寄せているという僕の想いの、そう!僕の想いの表れだよっ!」

「まし…な…」

「…。」


 彼が街を歩けばその端正な容姿、装備、身のこなしの全てにおいて、異性からは好意的な視線を、同性からは嫉妬の視線を集めるだろう。ただ残念ながら、それら全てが頭上のウサミミのおかげで台無しであった。しかも慌てて装着したのか、少し斜めにズレている。


「ん?あぁ君たち、牛や馬の耳の持ち合わせがなかったから今日はウサギを選んだけど、次に会う時までに用意しておくからがっかりしないでいいよ。ただ申し訳ないが獣人の女の子とは言ったが僕は獣の特徴が強めで毛量が多めの女の子が好みなんだ、むしろ好みというかどうしても結婚したいと願っているのだよ。そんなわけで君たちのような獣の特徴があまりない娘たちにやましい気持ちで近づいたりなどしないからそこは安心してくれたまえ。あぁもちろん毛量豊かな女の子を紹介してくれる分にはぜひともお願いしたいわけだけれども」


「やっぱロクなの居ないわね」

「うん。これは私も、そう思う」


 一息に早口でまくし立ててくるバーニャード。それを見るレヴィとシャロレの目がとても残念なものを見るようになった頃、狼獣人には我慢の限界がおとずれた。


「ガルル!!ごちゃごちゃうるせぇ!邪魔しようってんなら手前ぇの喉笛嚙み切って…!」

「はーい、ギルド内での争いごとは禁止ですよー。勝負をつけるならお外でやっていただいて、勝った方がこの方達の護衛をされたらどうですかー?」

「何!?」

「え、ちょ、ちょっと!?」


「いいだろう。狼さん、表に出たまえよ。あぁ言っておくけど動物はもちろん獣人の皆さんとも仲良くするのが僕のクランの方針なんだ。傷つけるなんてもってのほかさ!とはいえ悪い狼さんにはちょっとくらい怪我させちゃうかもしれないから先に謝っておくよ。ご、め、ん、ね?」

「い、ち、い、ち、むかつく野郎だな、手前ぇはよぉ!そっちの都合なんざ俺には関係ねぇ。ちょっとの怪我とやらで済むと思うなよ!」


 狼獣人とバーニャードが揃ってずかずかとギルドを出ていく。それを追ってギルド内の他の冒険者達もまたぞろぞろと後を追った。ある者は見物だ、ある者は護衛決定戦に参戦しよう、ある者は賭けようぜ、などと、それぞれ好き放題に言いながら。


 受付カウンター前にはポツンと、レヴィとシャロレだけが取り残されてしまう。


「行っちゃった…」

「ちょっと!何を勝手に決めてっ…!」

「お二人の裏口はこちらですよー」

「…あんた、良い性格してるわね」


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