第103話 思い通りにいかなくて
「素敵な街だね」
「ちょっとおしゃれな街並みね?けどあたしは景観よりサイズ感に安心するわ」
昨夜遅く。トルヴから無事にフェムへとたどり着いた二人は、門を閉めようとする衛兵に遠目で気づき、慌てて走りながら大声で制止して、何とか街に入れてもらうことが出来た。トルヴから山越えをするものはおおよそ、これくらいの時間なのだろう。衛兵も嫌な顔をせず対応してくれて、深夜まで受付をしている宿も紹介してくれた。
辺りはすでに暗くなっており、門から宿まではあっという間の道のりだった。さらに宿の受付を急いでいたこともあり、街中をのんびり見ている余裕も無かったのだ。そのため到着のあくる日に宿を出た二人は、遅ればせながら陽の光の下で街中の様子を確認することとなった。
フェムはトルヴから木材や革、果物類などが供給されるため、木工品、革細工、カフェなどが充実している。街全体に石畳が整備され、街路樹も配置されているため、他の村や街に比べると雰囲気がやや洗練されて見える。
少し余裕を保って建てられた建物と建物の間は木の柵で区画されたところも多く、その形状も見た目を楽しませるような工夫が見られる。路面の店にはテラスが用意された食堂やカフェもあり、多くの人々が食事と会話を楽しんでいるようだ。
心なしか行き交う人々の服装も洒落た雰囲気のものが多い。薄着の夏が終わり厚着の冬になる前の、この短い時季を惜しむように思い思いの装いを楽しんでいるのだろう。目的をもって旅をしている自分たちには縁のない風景ではあるが、眺めて歩くだけでもその幸せを分けてもらえるようで心が弾む。
「今日はこれからギルドで護衛依頼を出して、すぐに受けてもらえそうなら明日にでも出発しましょうか」
「せっかくの素敵な街なのに、フェムには滞在しないの?」
「トルヴで補給も済んでるし、特に用事もないでしょ?急ぐ理由はないけど、のんびりする理由もないわ。護衛が見つからなかったら、しばらく滞在することになるんでしょうけど」
「ふふっ。せっかちだね」
「段取り上手って言ってほしいわね」
ギルドの場所も宿で確認している。宿のおばちゃんが話好きで時間をくってしまったのは想定外だったが、トルヴからの道のりやこれから王都に向かうことなど一通りの身の上話をするのと引きかえに、どうにか詳細な道順を聞き出すことができた。特に迷うことなくギルドが見えてきたので、尊い時間を犠牲にしただけの甲斐は有ったと思いたい。
扉を開け、中に入る。ギルド内はほんの少しだけ暗く、というよりは外が明る過ぎたため、一瞬目が慣れない。ぼんやりと室内全体を把握するが、変に絡まれないよう、一人一人の冒険者に視線を向けないように意識する。
しかしどうしても音は聞こえるし、雰囲気は肌では感じられる。ざわめきが止み、こちらを値踏みするようなたくさんの視線が遠慮なく向けられているのが分かる。こういった場所でのいつも通りの反応だが、どうしても慣れそうにない。
(どうせあたしの見た目を馬鹿にしてるんでしょうね)
レヴィはため息を吐きたくなる気持ちを抑え、胸を張って受付カウンターへと向かう。シャロレもおどおどとそれに続いた。
実はレヴィの、小柄ながら凛とした美しさと、シャロレの包容力をも感じさせる可憐さゆえに冒険者たちの視線が集中しているのだが、その自覚が無い本人たちに気づく様子はない。面と向かって褒められたこともたびたびあるのだが、冗談を言ってるのか、馬鹿にされているのかのどちらかだろうと受け止めていた。
地元の村の者にべっぴんだとよく言われていたのは社交辞令、あいさつ代わりのようなものだと思っていたし、事実、子ども扱いされていた。村から旅立ってからもルイのように、きれいだな、かわいいな、と思っても特に口に出すことも無く普通に接してくれる者がいた。そういった反応が、自分たちはごく一般的な容姿だと思い込む傾向を強めていくことになった。
実際のところ、ルイの場合は前世を含め長年かけてレベルを上げ続けたボッチスキルにより、美人さんや可愛い人はそもそも自分に興味を持ってくれるはずがないという、根拠は無いが絶対の自信があるため、二人は完全に恋愛対象外、一周回ってアイドルを一般人として接しているような感覚ではあったのだが。
二人は周囲をできるだけ気にしないように真っすぐ進む。途中、併設の酒場に座った獣人と思われる大柄な人影がガクガクと奇妙な動きをしている様子もレヴィの視界の端に入ったが、視線を向けて絡まれたりするのも面倒なので、直視しないようにしてカウンターへと到着した。
「ちょっといいかしら」
「はいー、何でしょう?」
受付嬢はギルド内の雰囲気が変わったことに気づいていたため、レヴィとシャロレが近づいてくるのを察知していた。昨今におけるこの街近辺の事情もあって、ギルド内には普段よりも冒険者が多い。トラブルにならなければいいなー、などとぼんやり思いながら対応する。
「王都までの護衛を頼みたいの。依頼を貼りだしてもらえないかしら」
「王都までの護衛、ですかー…」
なるほど、この娘たちは情勢に疎いらしい。というか、護衛依頼を出すのも初めてかもしれない。ちょっと説明したほうが良さそうだな。レヴィの一言だけでそう理解した受付嬢は、少し考えてから口を開いた。
「んー。まず、あなた達のような若い女性2人の護衛を一般の冒険者にオーダーすることは通常、避けてます。トラブルの元ですからねー。なので基本的にはギルド専属の冒険者にお願いするのですが、ここ最近、フェムから王都までの街道付近でオーガなどの強力な魔物が出現しています。そのためギルドは総力を挙げてー、街道周辺の安全確保と原因の調査をしています。専属の冒険者もこちらに割り当てていますから、しばらくは難しいですねー」
「ギルド専属の方がだめなら、無理を通してでも一般の冒険者を雇うことはできないの?」
「一般の冒険者にも緊急依頼を出しています。緊急依頼は報酬も高めで、冒険者もこぞって受注しますからー、護衛を受けてくれる方は少ないかもしれません。居たとしても難易度が高くなりますからー、護衛料も跳ね上がるでしょうね」
「それじゃ、移動できないじゃない!」
「レヴィ、落ち着いて?」
間延びした口調で話す受付嬢が悪いわけではないが、あれもだめ、これもだめでは腹も立つ。それほど急ぐ理由は無いとはいえ、足止めをくらうのは気持ちのいいことではない。
ルイが雑談の中で ”俺って間が悪いところがあってさー” などと自分のタイミングの悪さを話してくれていたけど、そんなのがあたしたちにも伝染ったのかしら。そんなことをふと考えて先日別れた友人の顔を思い出したら、何となく気持ちも落ち着いてきた。
ため息交じりに苦笑いを浮かべられる程度には落ち着いたレヴィの様子を確認して、受付嬢が話を続ける。
「そもそもー、通常であれば護衛ではなく乗合馬車をお奨めしますけど。でもさっきの事情で、今は運航中止で再開は未定です。明日になるか、10日後になるか。専属の護衛を持っている大規模な隊商に同行させてもらうとか色々あるかもしれませんけどー、運よく見つかるかどうか…」
「困ったわね…。王都近辺の街道なら、騎士団が何とかしてくれたりしないのかしら」
「騎士は王都を、衛兵は街を護るのがお役目ですから。王都の外の魔物を狩るのは冒険者の役目ですよ」
「こんなに地元民が困ってても?」
「こんなに地元民が困ってても、です。そういうものでしょう?」
どうやら当分の間、王都への移動は難しそうだ。女二人旅じゃなければこんなに苦労はしなかったのだろうか?思い通りにいかない苛立ちもあり、レヴィは八つ当たりまぎれに騎士団にも軽く失望する。
困った時に助けてくれるのが騎士だと思っていた。少なくとも自分は…自分は?何だろう。何か温かなものが心の奥底に沈んでいて、けれど今は決して掬い上げることができなさそうな。寂しいようなもどかしいような感覚に気を取られていると、隣で考え込んでいたシャロレが意を決したかのように話しかけてきた。
「ねぇレヴィ、提案なんだけど…」
「お、お、おおお嬢さん?何か…あー、おぅお困り事かぬわん!痛ぇ!?」
突然の声に驚き振り返ると、レヴィとシャロレの後ろには、大きな口元を真っ赤に染めた……恐らくは舌を噛んだと思われる狼獣人が立っていた。
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