第102話 この木、何の木?


「んで、片付けに来たって?」

「えぇ。あと、ついでに見学に」

「逆!逆だよ!」


 エリエルめ、うるさいやつだ。話の流れで、さらっと認めてもらおうという作戦が台無しじゃないか。こんな時こそ空気を読んでほしいところなのに。


「見学はいいけど、片付けはなぁ。工房は危険が多いんだ。職人でもないのに、あちこち触らせるわけにはいかねぇよ」

「じゃあ職人になります」

「おぉい!?ルイィ!お願いだから正気に戻って!?」


 少しの間、親方と騒がしい天使に説得されて、一先ず片付けは諦めることになった。くそぅ、せめてこの辺のおがくずだけでも掃除したい…。今は我慢、がまんだ。ここはチャンスを待つことにしよう。


 見学はクグノ親方が付き添っている間なら構わないとのこと。トヴォ行きの木材伐採に協力してくれたんだしな、と、親方自ら案内してくれることになった。


 工房内では職人さんたちが様々な作業を行っていた。あらゆるものを木で作るという言葉に偽りなく、食器のような小物から机椅子などの家具類、果ては馬車などの乗り物も扱っている模様。木を乾燥させる工程など、時間がかかったり難易度が高そうな作業には魔道具が使われているところがこの世界ならではだ。


 工房内の印象から木製品を幅広く製作しているだけかと思いきや、なんと建築までイケるらしい。この工房はもちろん、俺たちが泊っている集会所も親方が手掛けたんだそうだ。木工職人なのか、大工なのか?


 あれこれ教えてもらいながら見学している途中、職人さんの一人が小さな木製のハンマーを使っているのを見て、ふと思いついた。インベントリからエンで買った木のハンマーを取り出して、親方に見せてみる。


「クグノ親方、これ、強化できたりとかしないかな?」

「んん?ほぅ。よく使い込まれて…うん、良い品だな。うちは弓以外の武器はあんまり扱ってねぇが、木が専門、ハンマーは馴染みの道具だ。元が元だから大したことはできねぇかもしれねぇが、ちょっと強度を上げたり、見栄えを良くしたりはできるぞ。ただなぁ。こいつじゃ武器としてはこの辺りの魔物にも厳しそうだし。新しいの、作ったほうが良いんじゃねぇか?」


「うーん、初めて手に入れたハンマーだし、綺麗にはしてあげたいかな。これはこれで依頼するとして、新しいの、作ってもらえますか?」

「おぅ、構わねぇぜ。普段は直接の依頼は受けてねぇんだが、うちの村の木こり連中が世話になったんだ。何より、古いハンマーも大事にしたいってぇ、その心意気が気に入った。良いだろう。一振り作ってやるよ」

「よっっしゃー!新しいハンマー、ゲットだ!」


 思わぬところで大きな収穫だ。ここのところアクアハンマーばかり使っていたので、木のハンマーをリニューアルできた上に新しいハンマーをお迎えできるなんて最高だ!さすが、あらゆるものを木で…あ、木といえば。


「親方、今度はこっちの杖見てもらえ…」

「ぬぅあぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」

「おわっ!?」

「きゃぁ!?」


 インベントリからバルバラの杖を取り出した瞬間、親方が物理法則を無視するような動きでふっとんだ!地面に片膝をつき、片手を目の前にかざし、まるで真昼に太陽を直視したかのようなリアクションを見せている。


「お、おま、お前ぇ!何だそれは!いや、何という輝きだ!…あぁ、一体何の木から作り出せばそんな神々しいお姿の造形物が誕生するというのだ…」

「え、あ、これ?」


 突然のことで驚いたけど、どうやら親方はバルバラの杖から何かを感じ取ったみたいだ。大きな体を震わせて、今もまだ跪きながら、眩しそうにこちらを見上げている。


「…くっ、頼む!触らせてくれとは言わん。ひと舐め、いや、匂いだけでもいい!どうか、どうかその杖の匂いを嗅がせてくれないか!この通りだ!」

「「えぇぇ…」」


 突然、土下座でヤバいお願いをしてくる親方に、エリエルと二人してドン引きだ。いや、普通に手に取って見てもらって全く構わないんだけど…ん?そうだ!


「ルイ?何を思いついたのか知らないけど、何でそんな悪っるい顔してんの?」

「クグノ親方、手に取って見ていただいていいですよ」

「ほっ、本当か!?」

「その代わり、ここの工房の掃除と片付けをやらせてください」

「うわぁ…」


 今度は何故かエリエルが俺に対してドン引きだ。いや、これは正当な取引ですよ?親方は杖を調べることができて嬉しい、俺は片付けができて嬉しい。みんな幸せ。何か問題でも?


・・・


 結局、親方は渋々だが俺が掃除や片づけをするのを認めてくれた。部外者に工房内をうろつかせるわけにはいかないということで、俺を弟子見習いという扱いになった。お仕事としては集会所から工房へ通い、掃除や片付け、昼食と休憩用のお茶の用意をしてほしい、とのこと。その合間に加工についても教えてもらえるそうなので、大満足の結果だ。


 なお杖は親方にとってあまりに眩しすぎるそうで、まずは慣れるために、遥か遠くから眺めるところからのスタートだ。匂いが嗅げるほどの距離まで近づくことができるのはいつの日か…。


 様々な成果をあげて、工房からの帰り道。エリエルがちょっとだけ真面目な顔をして話しかけてきた。


「ねぇ、しばらくトルヴに逗留するんでしょ?」

「ん?あぁ、加工も勉強できることになったしな。そうだな、冬の間くらいはここに居るか?」

「なら、先に一度フェムに行っとかない?教会からの女神さまへの報告、そろそろしときたいんだけど」

「んー、そうだな。そういえばバタバタしてたけど、俺も早いとこ魔法系に転職しなきゃと思ってたし。工房に通う合間にレベル上げしようにも、今のままじゃマズいからな」


 以前シンイチに教えてもらったことだが、この世界のレベルの上限は今のところ60。俺の職業はウォリアーで、レベルは31である。なので今転職すれば、残り29レベル分は魔法系の職業でレベルアップすることができる。


 しかし例えばウォリアーのままでレベル50まで上げてから転職してしまうと、魔法職では残り10レベル分しか上げられない。今後、レベルキャップが解放されて最大レベルが70,80と上がる可能性もあるが、どれくらいのレベル上げで自分が目標とするステータスやMPに達することができるか分からない以上、早めに転職しておいた方がいいだろう。


「んじゃ、親方には、通うのはちょっと先になりますって言っとくか」

「ありがとー。…ねぇねぇ、フェムでレヴィとシャロレに会えるかな?」

「どうだろ?順調にいってたら、すぐに王都に向かってるだろうからな。それに昨日別れたばっかなのに、さすがに顔を合わせたら気まずいんじゃないか?ま、会えたら一緒に飯でも食うとするか」

「いーや、せっかくのフェムだもん。今度こそ、スウィーツだね!」


 ということで、来た道を工房へと引き返す。善は急げだ、明日にでも出発するとしようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る