第100話 二人の旅立ち


 翌朝。ボリューミィな朝食を終えて部屋に戻り、一休みしてから集会所の入口へ。ちょうどレヴィとシャロレも荷物を背負って出てきたところだ。


「道中、気を付けてな」

「山越えだけど1日の距離だもの。大丈夫よ」

「色々、ありがとうございました」

「またね、元気でね」


 エリエルがレヴィの顔にへばりついている。岩に貼り付いたヒトデみたいだけど、短い間なのに随分と仲良くなったものだ。女の子同士なら、そんなもんなのかな?


 フェムへの道は村長さんの奥さんに聞いている。トルヴの西の山を越えたところにあるそうで、山越えのルートと迂回ルートの2つの道があるらしい。


 山越えは道が細く、途中途中に階段があるため徒歩でしか行けないが、朝に出れば夜までには着ける。馬車や荷車は迂回ルートを通るが、馬に引かせても1泊2日くらいはかかるんだとか。単騎なら1日で行けるかな?


 二人は山越えを選んだが、フェム方面は先日ハーピーが現れた伐採所とは反対方向だ。こちらは果樹園などもあるので猟師さんも定期的に巡回しているが、今のところハーピーの目撃情報は入っていない。なので、安心だそうだ。


「次に会う時は、立派な騎士様だな」 

「何よ、その言い方。見てなさいよ?本当に立派な騎士になって、驚かせてやるんだから」

「シャロレも、元気でな。レヴィのこと、頼んだぞ」

「はい。ルイさんも、お元気で」


 エリエルからリクエストを伝え聞いたシャンプーを渡し、握手して、別れる。二人は時折振り返りながら、山道の方へと向かっていく。この世界に来てからお別れの機会は多くなったけど、お見送りするのは初めてだ。小さくなっていく姿に何とも言えない寂しさを感じつつ、また会えるといいな、と思う。


 完全に、見えなくなり、けれど名残惜しいような少しの余韻。


「さぁて、俺たちも出かけるとするか!」

「どこ行く?スウィーツ?」

「お前…さっき朝飯が多すぎるって腹抱えてただろ…」


 微妙な空気を振り払うかのように、少し大きめの声でいつも通りの会話。部屋に戻って準備をして、もう一度集会所の外に出たら、まずはルカを呼び出してモフり倒そう。今はそういう気分だ。


 ・・・


「シャロレ、良かったの?」

「何が?」

「ルイのこと、好きだったんじゃないの?」

「わ!?わ、私が?何で!?好き?好きって何!?」

「ちょっとシャロレ!?落ち着いて!」


 話題にあげるにしては、ちょっと、唐突過ぎたかもしれない。あたしは慌てて、真っ赤になって慌てふためくシャロレを落ち着かせる。この幼馴染は普段は感情の起伏が緩やかな方だが、スイッチが入ると落ち着くまでに時間を要するのだ。どうにか一息つかせて、話を続ける。


「シャロレって普段はあんまり、男の人に自分から話しかけることもないじゃない?それに距離感っていうのかな。ちょっと近かったし、何だかいっつも気にかけてる感じがしたの」

「うん。…自分でも気づいてた。私、確かに男の人は苦手だけど、ルイさんは違う感じがしたの。気になるっていうか、放っておけないっていうか。でも、好きとかそういうんじゃないの…たぶん、違うと思う」

「あたしも恋愛とか興味なかったし、あなたの気持ちは分からないけどね。でもこんなこと今まで一度も無かったんだし、せっかくだからルイと一緒に…」

「レヴィ?私は、レヴィと一緒に行くって決めたの。レヴィが騎士になりたい気持ちを放り出せないのと同じように、私もレヴィを放り出したりはしないよ」


 シャロレはあたしの言葉に割り込むように、強く、意思を感じさせる目で見つめてくる。一度決めたら頑固なところも、子どもの頃から変わりない。


 彼女は昔からのんびり屋、あたしは少しせっかちだ。正反対な二人だけど、こうと決めたら一直線なところは似た者同士。だから、長く付き合えてるのかもしれない。


「…ありがと」

「んーん」


 何となくお互いに照れてしまい、視線をさまよわせる。それまで山道を向いて歩いていたけど、立ち止まり話をしていたため、ふいに山裾に広がる景色が視界に入った。積み木細工のようなトルヴの村の一部を見下ろすことができて、視界の端には果樹園も目に映る。思わずぼんやりと眺めてしまったあたしの横に、シャロレが並んだ。


「面白い村だったね」

「えぇ。建物も食器も何もかも、あたしにはちょっとだけ大きかったけど、ね」

「ふふっ。私にも、あのリンゴは少し大きいかな」

「縮尺がおかしいっていうのかしら。食べても大丈夫なの?あれ」


 果樹園には、ここからでも明らかにサイズがおかしいと判るリンゴが生っているのが目に映る。木の大きさから推測しても、人の顔ほどはありそうだ。


「…いつかまた、来ようね」

「そうね。その時は、またルイと一緒でも、いいかもね」


 少し涼しさが増してきた初秋の風を感じながら、心地よい沈黙の時間。村と、果樹園の風景と、いくつかの思い出を心に焼き付けて。そうして再び、山道を登り始めた。

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