第99話 疲れを癒して

「よぉやってくれたぁ。けんど本当に、すまんかったなぁ」

「いえ。みなさん無事で何よりでした」


 村に帰り、みんなで村長さんのところへ報告に行く。聞き終わった彼は大きな身体が縮こまって見えるくらい恐縮していた。村長さんはハーピーについて、まず現れないだろうと話していたが、近年には無かったこととはいえ2体同時に現れたのだ。依頼した時の説明に食い違いがあったことを気に病んでいるみたい。


「気になさらないでください。こちらも少し油断してましたけど、幸い対処することができましたから」

「そう言ってくれるんなら、ありがてぇ。…けど、巣ができたのかもしれねぇなぁ」

「巣?」

「そうだぁ。伐採所の奥の方にハゲ山があってなぁ。ずいぶん昔の話だが、その山の洞窟にハーピーが巣を作ったことがあったんだぁ。そん時も、オークが追い立てられて山を降りてきたって先代の村長が言ってたぞぅ」


 村長さんの説明によると、基本的にハーピーは群れで行動するとはいえ、一か所に留まることはほとんど無いらしい。しかし群れの中にクィーンハーピーなどの上位種が発生すると、特定の場所に集まって巣を作り、群れよりも大きな単位の集団を形成するようになる。これを放っておくと牛馬を攫ったり、時には人を襲うなど被害が拡大してしまうそうだ。


「ただ、あいつらが増えるのは春の終わりから夏くれぇだ。今の時期はなわばりに近づかなければ放ってても問題ねぇ。フェムの冒険者ギルドに頼んでおけば、春の終わりまでには退治してくれるだろうよぉ」

「なるほど。それなら安心ですね」


 巣ができていると思われる場所は今回遠征した伐採所付近から向こうだ。他の木材採取ポイントや果樹園など、トルヴの人たちが行き来する場所は村を挟んで反対側など別の方角にあるため、ハーピー退治は少々遅くなっても大丈夫だという判断らしい。果樹園…あの大きなブドウとかがブラさがってるんなら、見てみたいな…。


 報告は一通り終えたので、報酬を受け取って今日のところは解散だ。木こりや猟師たち、クレスとディアナも御礼と挨拶に来てくれた。トラス君はお察しだ。


「さ、今日のところは部屋でゆっくり休もうぜ」

「えぇ。流石に疲れたわ」

「お疲れさまでした」


 いったん部屋に戻って一休みしてから、風呂に入る。


 建物と同じく大浴場も、設備から風呂桶などの備品までほぼ全てが木製だ。樋や洗い場、浴槽など水回りの部分は触ると少しツルツルしてるので、何か特殊なコーティングがされてるのかもしれない。木目調の見た目と、湯気に混じって漂ってくる木の香りのおかげで、入浴と森林浴をいっぺんに味わうみたいな感じ。とても贅沢な気分だ。


「あ”ー、癒されるわー」


 樋を流れて浴槽にそそぐ湯の音も心地良い。肩まで浸かり目を閉じると、身も心もじんわりとほぐれていくようだ。広い空間が織りなす解放感や、大の字で手足を伸ばして漂う心地よさ。それら大浴場独特の風情はご自宅サイズのお風呂では味わえない魅力だと思う。もしもこの世界で家を持つことになったら、できるだけ大きな風呂がある物件を探したいところだな。


 なお風呂の文化も転生者由来らしい。食堂の料理もそうだが、この村はフェムから伝わってくる転生者の流行を取り入れている部分が多い。大きな街が近いとそうなるのかな?


 逆にフェムはトルヴ産の木材や加工品、果樹園のフルーツなどを送ってもらい、それらを更に加工したり料理したりして特産品を産み出しているみたい。トルヴもこれから、ようやく落ち着いて見物できるけど、フェムに行くのも楽しみだなー。


 ・・・


「エリエルはルイと入らないの?」

「入るわけないじゃん!いっぺん入ろうとしたら、タオルでグルグル巻きにされて、窓からペッて捨てられたんだから!」

「入ろうとはしたんだ…」

「冗談でも、聞いたあたしが馬鹿だったわ…」


 女湯。レヴィとシャロレ、エリエルが湯に浸かっている。椅子から何から大きめサイズの浴場だが、外から来る小柄な体格の者のために浴槽内には段差が設けられており、浸かるのに不自由はない。なおエリエルはルイお手製のミニタオル、ミニ風呂桶といったお風呂セット持参である。


「転生者って本当に変わってるわよね。わざわざお湯を沸かして、溜めて、その中に浸かるなんて考えもしなかったわ」

「でも、気持ちいいよね」

「ま、確かにね。大浴場があるって知った時のルイの気持ち、少しだけ分かった気がする」


 ルイと一緒に建物内を探検した時。大浴場があると聞いた時の彼のはしゃぎようは驚くほどだった。それまでは時折、少し沈んだような、元気のない様子も見せていたのだが、飛び上がり、小躍りして…そしてなぜかまた、元気をなくしていた。


「あの時のルイさん、ちょっと元気なかったよね」

「えぇ。どこか寂しそうっていうか、何て言うか。エリエルは心当たりある?」

「んー、分かんない。けど、転生者の文化だし、何か昔のことを思い出したんじゃないかな?」

「転生者の世界かー。想像つかないわね」

「けど、面白そうだね。この、お風呂とか、シャンプーとか、私たちの知らないものばっかりだもの」

「あ。それ、ルイがこの世界で錬金したやつだよ。洗剤の応用だって。泡立たないように改良するのに苦労したとか言ってた。よく分かんないけど」

「これで?すっごい泡立ってたわよ?とっても良い香りだし。…お別れの前に少し分けて欲しいくらい」

「…やっぱり、お別れしちゃうの?」


 レヴィとシャロレは明日の朝にフェムへと旅立つ予定だ。分かっていたこと、とはいえ、エリエルには諦めきれない気持ちがある。


 ルイとルカとの三人旅は、とても楽しい。このままずっと三人で旅を続けたい気持ちもあるほどだ。けれど、ワウミィは例外としても、トヴォの村人たちにさえ、どこか最後の一線を引くように人との距離をとっていたルイが、この二人には少しだけ、心を開いていたように思うのだ。


 もちろん自分も出会って間もないとはいえ、この二人と仲良くなれたと思っている。レヴィやシャロレの気持ちもあるし、二人には目指すものがあると聞いてはいるけれど、どうにも、もやもやする。


「…そうね。あたしも、あなたたちと一緒に行動出来たらな、とは思うわよ」

「っ!それならっ!」

「でも、だめよ。騎士になるという夢を諦める気にはなれない。あたしは騎士になって…今はルイが言ったみたいな、その先のことは分からないけど。ここまで目指してきたんだもの。今更放り出すことなんてできない」

「レヴィ…」

「ごめんね、エリエル。ありがとう。その気持ちはとても嬉しいの」


 そういって、レヴィはエリエルに片手を伸ばす。その背中を撫でるように、軽く抱きしめて頬を寄せる。惜別の情に応えるかのように、エリエルも両手で抱き返した。


「一生のお別れってわけじゃないわ。また、会えるから、ね」

「…うん」


 レヴィが背中に回した手を下ろしても、名残惜しそうにレヴィの頭を両手で抱えたままのエリエル。その結果エリエルの脇は空き、両腕の下で軽く挟んでいたはずのタオルがはらりと…


「エリエルちゃん!タオル!お尻見えてる!」

「わひゃあ!?」


 どうしても哀しい別れにはなりそうにないのだった。

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