第96話 依頼達成、依頼受注?


「トヴォからの使いかぁ。遠いとこ、よぉ来たぁ」


 指差された男性にトヴォ村の村長からの依頼で来たと声をかけると、テーブル席で待つよう指示された。大人しく座って待っていると、作業を終えたらしい男性が使っていた道具類を片付け、立ち上がり、板間から降りてこちらへやってきた。手には何か長い紐のようなものを持っている。


「シャロレ、あれ…」

「うん。イノシシかな?」

「…?」


 レヴィとシャロレは、あの紐が何か分かるらしい。ただそれよりも、この村長さん。この村の大きな人達と比べても一際大きい。縦に、だけではなく横にも大きくて、全体的に丸っこいフォルムをしている。それでいて毛皮のベストを身に着けてるから、見た目は大きめのクマみたいだ。


「どぉーれ、どれ。ふむ、ふむ…なるほど。トヴォの連中に認められるとは、お前ぇ、たいしたもんだぁ」


 俺たちが座っていた丸テーブルの向かいにどっかりと腰を掛けた村長さんに、発注書と、それに添えられていた手紙を渡す。目を通した村長さんに褒められたけど、何が書いてあったんだろ?


「事情は分かったぁ。発注の内容もだぁ。だがなぁ、今はダメだぁ」

「えっ!?」

「何で!?」

「オークがなぁ、出よるんよぉ」


 村長さん曰く、造船に適した木材が群生している森に、最近オークが増えているらしい。伐採所の近辺は長年1匹、せいぜい運が悪くて2匹同時に現れる程度だったのが、今年に入ってからは普通に3匹同時に現れるようになったそうだ。


 1匹や2匹程度なら木こりや狩人でも、倒せないまでも複数人で追い返すくらいの対応ならできるのだが、3匹を超えるとさすがに手に負えないらしい。何とか逃げ出すなどして死人は出てないが、負傷者が複数出てしまった。


 今までになかったことなので困ってはいたが、造船用途でなければ他の木材で代用できるため、木こり達の寄り合いで、今年はその伐採所近辺に近づかないで様子を見よう、ということになったそうだ。


「ルイ、いつも通りツイてないね」

「何で毎回こうなるかなー。でも村長、それじゃあ、来年まで依頼が達成できないってことですか?」

「いやぁ、発注書を渡すまでが依頼だぁ。ここに、そう書いてある。お前ぇの依頼は完了だぁよ」

「…そうですか。来年にはトヴォに納品できそうですか?」

「何とも言えんなぁ。来年もオークが多けりゃ、どうにもならんしなぁ。俺らもトヴォの連中の発注ならぁ、何とかしてやりたいとこなんだが」

「…。」


 依頼は達成と言われても、何だか消化不良だ。トヴォの人達だって納品が遅れれば困るだろうし、しかも来年なら確実にとまでは言えない状況。うーん、ここは…。


「なぁ冒険者。お前ぇ、強いか?木こりの護衛をしちゃあくれないだろうか」

「えぇ。引き受けます」

「ルイィ!?独りで護衛は難しいんじゃなかったの!?しかもまた寄り道ぃ!?」


 エリエルが驚愕している。レヴィとシャロレも少しだけ微妙な表情だ。俺としては村長さんに依頼されるまでも無く、自分から立候補しようと思っていたところなんだけど。確かにレヴィやシャロレにとっては、自分たちの時には断ったのにって受け止めるかもしれない。あとでちゃんと説明しとかないと。でもその前に。


「ですが、念のため確認させてください。オークは3匹同時まで、ですね?木こりのみなさんは1~2匹なら防いだり逃げたり、対応できるんですね?」

「あぁ、4匹出たとか聞かないし、2匹までなら木こり連中でも大丈夫だぁ。念のため猟師も同行させるぞぅ」


 うん。それなら独りでも何とかなりそうだ。それなりに密集隊形をとっておいて、敵襲の時は木こりに自分の身を守ってもらえれば、すぐに駆けつけることはできるだろう。


「オーク以外に出現するモンスターは?」

「あの辺は、オーク以外は出ねぇよぉ。ごくまれにハーピーが出るが、まず現れねぇ。万が一出たとしても、はぐれもの1匹に出会うくらいだぁ」

「ねぇルイぃ…?」

「エリエルちゃん、たぶんルイさんは私たちの時と違って、敵の状況と護衛対象について考えて、ソロでも問題ないって判断したんじゃないかな?」


 おっ?会話の流れでシャロレは分かってくれたみたい。この前のこと、断られた後もちゃんと考えてくれてたのかな。レヴィも、あぁ、と納得した様子だ。


「うん。その通りだよシャロレ。王都へ旅するレヴィとシャロレは初めて通る道のり。敵の強さも不明で、俺も現地の状況が全く分からない。けど今回の護衛対象は地元の木こりさんたちで、現場もよく知ってる。少数なら身を護れるという話だし、4匹以上は出ないだろうって基準がある。さらに、そんな状況をふまえて村長さんが依頼しても良いって判断してる。だからソロでも大丈夫だと思うんだ」


 まぁ、レヴィとシャロレが5匹に襲われてるけど、俺としてはもう少し多くても大丈夫そうな感触だった。安全マージンも充分だろう。けど、あとで念のためハーピーについても詳しく聞いておくことにしよう。


「話は、もういいかぁ?じゃあ、明日までに皆に声ぇかけて、明後日の朝に出るからなぁ、ここに集合してくれよぉ。1日伐採すればぁ、今、村にあるのと合わせて充分な量が採れるだろうよぉ」

「はい、ありがとうございました。また質問ができたら、あとでお伺いします。よろしくお願いします」

「いいんだぁ。こちらこそ、よろしくなぁ」


 そう言って村長は席を立ち、板間に戻って作業を再開した。後で聞いたのだが、村長が手にしていたのは罠の一種らしい。村長さんも元なのか現役なのか猟師なのだろう。身体相応のデカい手、太い指なのに器用に罠を扱う作業をしている。


 みんなで何となく村長の作業を眺めていたのだが、ふいレヴィが口を開いた。


「あたしたちも行くわ」

「レヴィ?…何で?」

「村長さんが、猟師を付けるって言ってたじゃない。なら、あたしたちだって役に立てるはずよ。命を救ってくれた御礼、できてなかったもの。ちょうど良かったわ。ね、シャロレ?」

「う、うん。私も、それが良いと思う」

「二人とも、そんな気を遣わなくてもいいんだぞ?前も言ったと思うけど、たまたま通りがかっただけなんだから」

「そうそう、ルイの言う通りだよ?美人二人の依頼を断って、男くさい木こりさんたちの依頼を受けるような趣味嗜好の持ち主なんだかはうっ!?…痛い!痛いっ!いたたたたぅあぅあ!!」


 ふむ。親指と中指だけでのアイアンクローでも効果は抜群だな。エリエルお仕置き技のリストに新しく追加しておこう。


 こめかみを両手で押さえながら広いテーブルの上を転げまわるエリエルを放置しつつ、憐みの表情を浮かべる二人と護衛当日の対応について軽く打ち合わせ。時々起き上がって抗議してくるエリエルを、親指と中指をわきわきさせてけん制しつつ話し合いを終える。そのまま、集会所の宿泊手続きをした。


 1階の酒場カウンターが宿の受付も兼ねていたのだが、話の流れで受付の女性が村長さんの奥さんだと聞いてとても驚いた。美女と野獣とまでは言わないが、かなり意外な組み合わせである。


 集会所の宿泊施設はとても快適だった。2階に部屋が設けられており、1階カウンター横の階段から上がれるようになっていた。


 この建物の外観と同様、壁や床、ドアなどの内装もそのほとんどが木でできていて、見た目にも温かみが感じられる。廊下の移動中、部屋での休憩中、色んな場面で時折、ほんのり漂ってくる木の香りが優しくて、中にいるだけでリラックスできそうな空間だ。


 ただ、所々でサイズ感に戸惑う。シャロレくらいならまだしも、俺やレヴィにとっては建物全体がちょっと大きめだ。


 階段1段1段がひざを意識して上げなければつまづく高さだし、ドアを開けようと思えばドアノブが腰よりは目線に近い。椅子やベッドもひょいと飛び乗る必要があるし、使い勝手という意味では不便な事この上ないのだが…日常生活が体験型アトラクションになったみたいで結構楽しかったりする。

 

 そんな建物の中をレヴィやシャロレと、ここはこうなってる、あっちにはあれがあるなどと、ややはしゃぎがちに探検。建物の裏手に大浴場があるのには驚いた。それぞれ部屋で少しゆっくりしたのちに風呂に入ってから、酒場で合流して夕食。食後は俺の部屋で少しだけ話をした。友達同士で旅館に泊まりに来たような感覚を思い出して、懐かしいような、寂しいような。


 不思議な温かい寂寥感に襲われつつ、その日は早めに就寝。

  屋根のある幸せと木のぬくもりに包まれて、おやすみなさい。

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