第97話 伐採所へ


 翌日は適当に休息日。俺もレヴィ達も長旅で疲れていたし、明後日が出発ならちょうど良いという判断だ。


 村を少しだけ散策し、雑貨や食料を買い求めた。食堂で口直しに出てきたブドウが大きかったので予感はしていたが、トルヴ周辺で採れる果物は大きめの品種のようだ。リンゴやナシなどがメロンくらいの大きさだったりして、一瞬何だか分からなくなる。


 大ぶりな果物は甘さや食感がいまいちなことが多いけど、これらは元々大きい品種だからか、大きくても普通にうまい。試食のはずのひと切れもデカい。全部試食したらそれだけでお腹いっぱいになりそうだったので、迷惑にならない程度に買い込むことにした。そのままでも美味しいが、さてさてどうしてくれよう。


 武器屋防具屋は無かったけど、木製品や革製品の加工所で簡易な防具の補修をお願いすることができた。レヴィシャロの二人はさらに弓のメンテも依頼し、猟具を扱う雑貨屋さんで食料や矢を補充していた。


「ふっふふーん」

「嬉しそうだね、ルイ」

「あぁ。てっきり磯メガネを加工しないといけないって思い込んでたんだけどな。一から作ってもらえることになったから、失わないで済んで良かったよ」


 革製品のお店では、ルカに騎乗する時用のゴーグル制作をお願いすることができた。形状を伝えて用途を説明したところ、面白そうだと快く引き受けてくれたのだ。


 磯メガネは一枚物の大きなガラスで目鼻を覆うため少し重かったのだが、注文の品は鼻を覆わない両目だけレンズのタイプだし、しかも軽くて透明な魔物素材を使用してくれるとのこと。2~3日でできるそうなので、仕上がりが楽しみだ。


 そんなこんなでゆっくり過ごして、翌朝、木こりの護衛当日を迎えた。


「よろしくお願いします」

「おぉう、よろしく頼む」

「よろしくなぁ」

「お願いします」

「…、ちっ」


 集会所の1階に木こりと猟師が集まり、顔合わせが始まる。木こりは5名、猟師が5名、合計10名の大所帯なのだが。…何か1人、友好的じゃないヤツがいるな?


「トラス、お前ぇ。挨拶ぐれぇきちんとしろぉ」

「ふんっ。冒険者だか何だか知らねぇが、こんな小っこいのが護衛なんてできるのかよ」


(ゴン!)


「痛ぇ!何しやがるディアナ!」

「トラス!小さかろうと客人を馬鹿にするんじゃない!それに姉に向かって何だその口のきき方は!」


 しかも何だかモメ始めたし…。気を取り直して顔ぶれを眺めてみる。木こりたちは首周りから肩、腕にかけての筋肉が盛り上がり、がっしりした体型。でも少し丸っこい。猟師たちも体格が良いのだが、木こりに比べると少し引き締まってシュッとした感じがする。5名の猟師の内3名は、まだ若いようだ。


「すまねぇな。この3人はトラスとクレス、女の方はディアナだ。3人とも村長の子どもで猟師見習いなんだが、村長が ”おおきなる者” に同行させて経験を積ませてやりたいって言ってな。俺らも面倒みるから、連れていってやってくれ」

「…良いですよー」


 ディアナは14歳、トラス13歳、クレス12歳の三姉弟だそうな。全員年下だけど俺より頭2つから3つ分くらいは背が高く、どちらかといえば母親に似たのか細マッチョの美男美女揃い。


 クレスとディアナは礼儀正しいのだが。長男のトラスくんは反抗期なのかな?護衛の補助の猟師というよりは護衛対象が増えた感じだけど。レヴィとシャロレも協力してくれるし問題ないだろう…と思いたい。


 あと話の流れで聞きそびれたけど、巨きなる者ってどういう意味なんだろ?


 ・・・


 伐採所への道は獣道だった。鬱蒼と茂る木々の間をうっすらと、長い時間をかけて人が踏み分けた痕跡が、細く長く続いている。時折木漏れ日が差し込むが、全体的に辺りは薄暗く、その陰影に見え隠れするように根っこが張り出したり、段差があったりと足元はかなり悪い。


 猟師見習いの3人は少しおぼつかない足取りを見せていたが、本職の木こりや猟師の皆さんはもちろん、バルバラ流森歩き術をマスターしている俺も、猟師のレヴィシャロも道行きには全く問題ない。戦闘については見通しが悪い中で突然オークが現れることもあったのだが、


「ほいっ」

「フゴァッ!?」


「ハッ!」

「ヤッ!」

「グォア!」


 前方から側面にかけてのオークは俺、後方のオークは二人に任せて、危なげなく対処していく。俺は当然問題ないのだが後方も…。


「ねぇシャロレ?」

「うん、弓の威力が上がってる気がする」


 そうなのだ。トルヴまでの道中ではオークを倒すのに少し時間がかかっていたのだが、今は二人とも、より少ない手数で倒せるようになっている。レベルが上がったのかな?


 漁師が魚を獲ったり、猟師が山の獣を狩猟したりしても、基本的にレベルは上がらないんだと思う。レヴィとシャロレはここまでの旅路で、ゴブリンくらいなら倒していたが、オークくらいの魔物は可能な限り戦闘を避けてきたみたい。俺と会ってからそれなりの数のオークを倒したので、急激にレベルが上がったのだろうか。


「はぁ、はぁ。…ちっ」


 …トラス君は相変わらず、何が気に食わないのか反抗期真っ盛りだ。山道で消耗しているのか少し息切れ気味なのに、元気に不機嫌そうである。何のフラグか分からないけど、厄介ごとはやめてね?気を付けるようにはするけどね?


 途中で休憩をはさみつつ、伐採所への道を順調に進む。体感で2時間くらいだろうか、無事に伐採所に到着することができた。


 休憩用と物置を兼ねていると思われる小さな小屋が建てられ、辺り一面に切り株が広がっている。一部には育ちつつある若い木も見受けられるが、根元の地面に人の手が入っている様子と、一定間隔で生えていることから植林も行われていることが判る。


「やぁ、無事についたなぁ。早速、始めるとしようかぁ」


 木こりさんたちが作業を開始する。俺たちと猟師さんたちは交代で休憩しながら護衛任務だ。木こりさんたちの作業風景は豪快で、次々と伐り倒しては背負子しょいこ型の魔道具に放り込んでいく。あの大木が背負子に入るのは久々にファンタジーな光景で、見てるだけでワクワクする。


 作業中にもオークが現れた。のんびりガサガサ現れるというよりは群れで、何かに追われるように勢いよく飛び出してくることが多かったのだが、ほとんどは無事に対処できた。ほとんどは。


「オークが現れたら独りで対処しないで、大声で助けを呼ぶって決めてたでしょう!?」

「うるせぇな!大丈夫だと思ったんだよ!小せぇくせに文句言うな!」

「小っ!?何ですって!?」


 トラスが持ち場に現れたオークを相手に独りで対処しようとして、ろくにダメージが通らずに少しだけ危ない場面があった。すぐに気づいたレヴィがフォローに入り、続いて気づいた俺がすぐに仕留めたので事なきを得たが。レヴィとシャロレがオークと戦えるのを見て、自分もって思ったんだろうけど。


「ルイも何とか言ってやってよ!」

「…次から気を付けてな」

「ふんっ!」


 聞かないよねー。ほんとに村長さんは何でこの子?たちを同行させたんだろ。まぁこちらが気を付けてあげるしかないんだけど。


 昼休憩の後、せっかくの機会なので、少しだけ伐採を体験させてもらった。斧を木に垂直に入れると上手く刺さらず、ややはじかれるような手応えが返ってくる。角度を付けて振り下ろすと、ザクッと深く切り込むことが出来た。斧もなかなか奥が深い。


 なお、たまたま近くにいたシャロレも木こりさんたちに(やや強引に)誘われて試すことになったのだが、意外にというのか、やはりというべきか、かなりの適性を見せた。


 ぱっと見は優し気な女の子のシャロレが大人でも両手で一抱えはありそうな大木をサクサク伐り倒すのはかなりシュールだった。うちの息子の嫁に来ないか、なんて木こりの人たちに言われて困ってたけど。


「ルイ、あんた、凄いんだね」

「ん?あぁ、ディアナか」


 ディアナはトラスとは違い、俺たちに対して好意的だ。最初は俺やレヴィの小ささに驚き、トラス同様やや懐疑的だったようだが、オークとの戦いの様子を見て印象が変わったらしい。


 冒険者について、村の外の様子について、あれこれと聞いてくる。身体は俺よりも大きくて、人間で言えばすでに大人と言っても良いほどの体格だが、好奇心を全身にあふれさせて話をせがむ様子は年相応に子どもだ。一応は周囲を警戒しながら、望まれるままに話を聞かせてあげることにする。


 割と順調に、一部を除いて和やかな雰囲気で作業は進んだ。必要な量を伐採し終えたので道具類を片付け、さぁ帰ろうか、という時になって、それは起こった。


 ハーピーが2体、現れたのだ。

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