第4章 周回遅れの冒険者 ~トルヴ村にて

第88話 異装の旅人


「ねぇ、ルイ。誰も見てないからって、酷くない?」

「ん?何がだ?」

「クルゥ?」


 トルヴへの道はトヴォから西へ。海岸沿いに進んだ後、分かれ道から内陸側の山道に入った。海の無い景色は久しぶりだ。


 木々の緑が目に優しいが、最近は朝晩少し涼しくなりつつあり、気の早い樹木は我先にと赤や黄色に色づき始めている。少しだけ秋の装いを始めた森林の道を、時折現れるオークを倒しながら、のんびりと進んでいたのだが…。


「その、磯メガネ着けて、ヘンテコな姿勢でルカに乗ってるの!誰かに見られたら、新手のモンスターが現れたかと勘違いされちゃうよ!?」

「ただ移動するだけじゃあ、勿体ないじゃないか。久しぶりにルカと長旅できるんだし、誰に見られるわけでもなし。せっかくだからこの旅の間に曲乗りをマスターしなきゃ、な、ルカ?」

「クルゥ!」


 さすがはファンタジー世界というか、ステータスの上昇と共にどんどんアクロバティックな動きができるようになってきている。戦闘の際の飛んだり跳ねたりはもちろんのこと、多少の無理がある姿勢も余裕で維持できるようになっており、例えば腕一本での逆立ちなんかも問題なくできるくらい。


 それなら、と、前に思いついたけど取り組めていなかった、曲乗りに挑戦している。乗せている側でも背中の重心が変わるし、視界の端に俺の手足が飛び出たりするからルカが嫌がるかな、と思ったのだが、案外喜んでくれている。


 むしろ、俺が楽しそうに乗っているのを見て、一緒に嬉しくなってくれてるみたい。速度を緩めたり、少し身体を傾けてくれたりとサポートしてくれるほどだ。


 横座りしてみたり、後ろ向きに座ったり、正座して乗ってみたりと比較的大人しい技から挑戦して、立ち上がり、逆立ちして、シャチホコのポーズをとりながら両足をワニワニと動かしていたところで、エリエルからクレームが入った。


「はぁ…。ま、ルカも楽しそうだから良いんだけど。でもメガネは要らないでしょ?」

「実験だよ、実験」


 海女さん達が餞別にくれた磯メガネは、1枚の楕円形のガラス?で両目と鼻をカバーするタイプの水中メガネだった。ルカの最高速度は目を開けてられないほどのスピードになるので、ゴーグル代わりにできないか期待したのだが…重かった。


 あと、見た目が不評だ。少しだけ予想してはいたのだが、何となく悔しいので着けっぱなしで移動していた。


「トルヴで使いやすいゴーグルタイプに加工してもらえないかな?」

「どうだろね?船の材料とか部品を作るお願いに行くくらいだから、大きなモノは扱ってるんだろうけど」


 加工が盛んって一口に言っても、モノづくりといえば船以外にも小道具から家具、家とかまで、大小様々だしな。木を使うもの以外でも革製品とかガラスとか、他の加工も含めて扱ってたらいいんだけど。


「それよりも!楽しみなのは果物だよー。甘い甘ぁーい果物たちが、私との出会いを待っでいどぅんだよ」

「…トルヴに着いたら、ヨダレかけも作ってもらわなきゃな。裁縫も加工に含まれるといいんだが」


“私は食いだおれ天使です” って書き文字の刺繍を入れてもらおう。”食いしん坊ばんざい” でも良いな。


「…だけど、トルヴにはそんなに長く滞在しないんでしょ?依頼を達成したらフェムに移動して、魔法系の職業に転職して、先に進むんじゃないの?」

「まーな。けど、そこまで急いでるわけじゃないんだし。果物を満喫したり、加工を勉強できたりって感じの、何かやりたいこととか面白いことができたら、急いで先に進む理由は無いさ」

「相変わらずのんびりだねー。でもフェムの教会には早めに行っておきたいんだけど?」

「おー、じゃあ俺はトルヴで美味しい果物を食べてるから、その間にエリエルはフェムの教会に行ってて良いぞ」

「そんな悪逆非道が許される訳が無いでしょ!?血も涙もないとはこのことだよ!!大体ルイは私の扱いが最近△※□〇×※☆…」

「あー、あぁ分かった、分かったから。先のことはトルヴに着いてから…」


(・・・・!!!!)


「…何?」

「悲鳴?戦闘音か?ルカ!」

「クルゥ!」


 風に乗って、微かに甲高い声と何かがぶつかるような音が聞こえてきた。状況が分からないしトラブルに巻き込まれるのは勘弁だけど…この悲鳴を放っておいて先に進むのは後味が悪そうだ。ルカに指示を出して、様子を見に行くことにした。


 ・・・


 あたしは後悔していた。ここまで何度か危ない目にあったけど、どれもこれも何とか切り抜けてこれた。だから、油断してたのかもしれない。


 女二人の旅は危険だって分かってた。けどこう見えて二人共、村で認められた猟の腕前だ。冒険者の男共はシャロレのことをやらしい目で見てくるし、あたしのことは馬鹿にしたような目で見てくるし。護衛なんか必要ないって考えることにしてた。でも、それは間違いだったのかもしれない。


 魔物との戦いは動物相手の狩猟とは全く異なるものだった。分かってはいたけど、分かったつもりになっていたのだと、今更ながらに思う。後悔先に立たずって言うけど、死んじゃったら後悔もできない。悔しいのは、シャロレを道連れにしてしまうこと。悔しさと申し訳なさで視界が滲む。


「ハァ、ハァ…」

「フゴ、フゴォァァアア!」


 肩で息をするシャロレはすでに満身創痍だ。不意打ちをくらって倒れ込んだ私を庇うように、オーク達との間に立ちはだかってくれている。とはいえ、彼女が手にした弓一つで、しかもこの近距離で、5体ものオークと戦い続けることができるはずもない。


 王都で騎士になることを目指してここまで旅してきたけど、あたしも、彼女も、ここまでの運命だったのか。こんな時に白馬に乗った騎士様が助けてくれる。そんな妄想も一瞬頭をよぎるが、こんな山奥を通りかかるはずもない。


 いや、後悔も妄想もここまでにしよう。せめてシャロレだけでも逃がしてあげないと。私だって最期くらいは、憧れた騎士のように…。


「クルーゥゥゥゥ!!!」

「「「「「フゴァ!?」」」」」


 自分の弓を杖代わりにして立ち上がり、直近のオークに体当たりしてでも彼女の突破口を開こうと決意した、その時。


突如、泥臭い戦場には場違いなほどに純粋な、けれど圧を感じるほど勇壮な鳴き声が響きわたった。


 あたしやシャロレだけではなく、オークの群れさえも注意を引かれ、顔を向け、その場の全員が無防備な姿をさらけだすことになった。


 戦闘中だし、普通なら対峙している相手から目を逸らすことなんて、あり得ない。また仮に逸らしてしまったとしても一瞬で、すぐに戦闘に戻ることになるはず。でも、その場の誰もが戦闘に戻ることは無かった。



 視線が釘付けになったというべきか。呆気にとられたというべきか。


 滲む視界に映ったのは白馬に乗った騎士ではなく。


 真っ白なポワ・クルーに乗った…異装の旅人だった。

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