第87話(閑話)転生者たち

「シンイチー」

「んあ?でけぇ声で誰…ロッゾ…お前、もう装備…ってか、もう穿いてんのか…」

「おぅ。こういうのでも、やっぱ一番乗りじゃないとな」

「だからって、街中でパンツ一丁みたいな格好はどうかと思うぞ」


 領都エット。その大通りを歩いていたシンイチに、上半身ハダカに派手なシャツ、下半身はブーメランタイプの水着だけを着用した男が声をかける。周囲にシンイチの存在を知らしめんと言わんばかりの大声だが、声をかけた者を見ればその声量に誰もが納得する。


 上背があり筋肉質で逆三角形の体格は、色白ではありながらも、ボディビルダーと見紛うばかりだ。その身体の所々には比較的新しいと思われる傷がある。まるで、つい今しがた過酷な戦闘を繰り広げたかのような、生々しい傷跡だ。


 エットは周辺を治める領主の本領ということもあり、他の街や村とは比較にならないほど繁栄している。当然、通りは活気に満ち溢れており、行き交う人々は多い。海沿いの街ではないので、人びとの格好も普段着相応のものだ。


 そのような中、一人だけ海水浴の真っ最中といった風情の格好をしていれば大変目立つ。のだが、地元民にあまり気にした様子は見受けられない。呼ばれた名前と呼んだ方の格好で転生者たちの目は引いてしまったようだが。


「まぁ、転生者の奇行は今に始まったことじゃあないが」

「地元のみなさんには申し訳ない限りだな」

「お前が言うか」


 せっかく出会えたんだし、周囲の転生者にシンイチと自分の存在を知られてしまったこともあるので、どこかの店にでも入って情報交換でもするか。ロッゾからそんな提案を受け、シンイチは珍しいこともあるもんだと思いながらもロッゾと並んで歩き始める。


「いくら夏季イベントの報酬だからって、お前、恥ずかしくねぇの?」

「俺は与えられたコンテンツは、真っ先に全力で楽しみたいタイプだからな。恥ずかしいとか二の次だ二の次。着ぐるみだろうが網タイツだろうが、全力で真っ先に受けて立ってやるよ」

「網タイツは流石に、周りの皆さんへの配慮が必要だと思うぞ」


 網タイツ姿のロッゾを想像してしまい、ややげんなりした顔のシンイチが食堂のドアを開ける。二人して丸テーブルに座り、エールと軽いつまみを頼んだ。


「で、最前線にいるはずのクリムゾンガーディアンズのリーダーが、何でこんなとこに居るのか聞かせてもらっていいのか?」

「シンバシ騎士団の情報通は、仕事熱心だな?まずは乾杯から、だろう?」

「仕事熱心な奴は昼間っから飲んだくれたりしねぇよ」


 幸い待たされることもなく、エールとつまみが到着する。乾杯、とジョッキを交わして、ロッゾが話を続ける。


「ま、何てこともないさ。お前も、もちろん知ってるだろうが、この数か月、うちはエンからエット周辺に包囲網を敷いていた。だがそろそろ見切りをつけようってわけだ。クランメンバーの撤収にあたって、様子見とお疲れさんを言いに、な」

「御大将自らか?」

「それがリーダーってもんだろう?」

「本音は?」

「シェリーのやつがうるさくてなー。一応はこれで一区切りにするが、手すきの時に気にはかけておこうって話になってるんだよ」

「例のプリンか?」

「何だ、知ってたのか?」

「いや。ウワサだけな」

「カマかけたのかよ!まぁ良いけどよ。どうせ不確定なウワサが背びれと尾ひれを付けて泳いでるんだろうし。シンバシのメンバーも、随分投入されてたみたいだしな?」

「まーな。ここだけの話で、お互いクランメンバーに怒られない程度に情報交換といこうや」


 二人は既に知られているであろう情報を中心に、真実を交えながら情報交換を行う。春の終わりから初夏にかけて、領都エット周辺に転生者が溢れた。当然、憶測が憶測を呼びながらも真実にかすり傷を負わせる程度の情報は行きわたっていたのだ。


 お互い最上位の一翼を担うクランの中心人物ではあるが、共闘した経験も多く友好的な関係を築いている。そのため、嘘やかけひきはほとんど存在しない、”身内に怒られない” 程度の情報を開示する、世間話に近いやり取りが行われた。


「なるほどなー。結局は総合してみると巷のウワサ通り、大型アップデートが近い、か、新しい要素を発見した転生者がいる、か、いつもの女神さんの大ポカか?」

「これだけの転生者がエンからエット周辺を見張っていて、数か月間も網にかからないわけがないからな。そういう意味では大ポカの説が一番有力だが」

「女神さんの大ポカだとすると、クエストの不備か、ってことになるわけだが…」

「クエストの不備は考えにくいだろうが、どうにも分からん。”迷える子羊” は誰だったのか、あるいは何だったのか。報酬の腕輪は何だったのか。だがこれがミスだったということにしても、エンで料理を作った転生者は誰かという問題が残る」


 三杯目のエールを注文しながら、ロッゾは難しい顔で考えている。見た目も行動も豪快なタイプで繊細さは全く感じられないが、クランリーダーを務めるだけあって、論理的な思考を持ち合わせていた。であるからこそ、軽薄な印象を与えながらも裏では冷静に思考を巡らせるシンイチとは妙にウマが合う関係が続いている。


「俺の方でもそれらしい冒険者に遭ったとは言ったが、人違いだったと考えると、何らかの理由で転生者のような挙動をした地元民、すなわち料理を作って取引所に流すことができた地元民が居たってことになる…のか?」

「全部間違いと考えればそうなるな。逆に全部が正しかったとすると、クエストを達成した転生者がいて、料理の腕前が上がり、取引所に流した。これが大型アップデートのテストケースか何かを兼ねているけど、その転生者は行方不明、みたいな感じか」

「転生者が行方不明ってのは怖いから、そこに整合性を持たせるなら、ベータ版のテストキャラみたいなイレギュラーな存在だったとか?」

「あり得ない話ではないな。シンイチ、お前もそろそろ皆に飽きがくるって空気感は感じてるんじゃないか?実際、エットにこれだけ集まるというのは “新しい何か” への期待の裏返しとも言えるだろう」


「ブーメランパンツとかな」

「これも、まあ、新しい試みだが、コレジャナイ。まあ随時修正を入れてくる運営は優良だが、レベルキャップの60に達している者は多いし、今行けるフィールドも大方、踏破してしまっている。制限を解除して65ないし70までレベル上げができるようになる、新しいフィールドに行けるようになる、あるいは生産系の解放なんかの、デカい案件がそろそろ必要だろう」

「そんなに働きたいかねぇ。俺は生産系とか無くても充分だけどな」

「そうか?ネコ猫の連中ほどじゃないが、俺も昔に戻って飲食店やったりとか、楽しそうだとは思うが」

「そのガタイで料理人とか、冗談は止してくれ」

「今度、俺のロブスター料理を喰わせてやるよ。いや、この世界だったらイザリガ料理か?」

「お前だけじゃなくて食材も大きすぎだろ。テーブルに乗らないんじゃないか、あれ」


 真面目な話は終わりだとばかりに、あとは雑談に興じる。


 レベル60に達していないメンバーのための効率的な狩場や、最前線のモンスターの弱点や戦闘方法、現時点での最強装備論、果てはどこどこに美人の地元民が居ただの、好感度を上げればパーティが組めるんじゃないか、など、転生者にとって垂涎の情報から下世話な世間話まで、惜しみなく繰り広げられ…。


「んじゃ、またな」

「おう」


 店を出て、別れを告げる。宵の口とはいえ店の周囲には、何故か転生者、それも女性の転生者が多かった。野生の獣を感じさせるような、どこか居心地の悪い視線を感じるが、別に心当たりも無い。最上位グループのクランリーダーであるロッゾと一緒に居れば、そんなもんかとは思うのだが。


「あー、シンイチ、お前、最近ギルド行ったか?」

「ん?いや、行ってない。どうした?」

「この水着、な、一部の女連中が女神像に祈って実現したらしい。意中の男に履かせたいとか何とか、そんな理由でな。有名人やら人気者やらには、ギルド経由で届き始めてるみたいだぞ?」

「…まさか…」

「中には、実力行使で履かせようとする女転生者も居るらしいから、気をつけろよ」


 歯並びの良さを見せつけるような笑顔と共に、シンイチの肩に手を置くロッゾ。すでに周りの女達は意図を隠す様子も無く、各々水着を手にして包囲網を狭めつつある。


「お前…街中で大声で呼び止めたり、珍しくメシに誘ってくれたり…謀ったな!」

「悪く思うなよシンイチ!なぁに、みんなで穿けば怖くないってやつだ!」

「お前ひとりで犠牲になってろ、この野郎!覚えてろよ!」


 ごく僅かに空いた逃走経路を見極めて、全力で駆け出すシンイチ。


(そっち行ったよ!)

(大丈夫、いくらシンイチとはいえ、この数には勝てないわ!)

(連絡員、2班、3班に通達。状況を開始する。プランB。繰り返す。状況開始、プランB)

(了解)


「何でこんなことのためにクラン連合とか組んでんだよぉぉぉおお」


 その日、領都エットにシンイチの悲壮な声が響きわたった。突如始まった鬼ごっこが収束するのにそれほど時間はかからなかったが、その日を境にしばらくの間、シンイチの姿を見かけた者は誰も居なかったという。

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