第76話 舞い戻る灯り
宴の熱気は最高潮に達した。輪になって踊り、肩を組んで唄い、もはや今宵の宴が始まった理由さえもどこかへ忘れてしまったかのように、ただ、今を楽しむ。しかしさすがに疲れもピークに達したのだろう。一人また一人と家に帰る者、その場で寝てしまい、運ばれる者が出始める。
そうして宴の後の、少し熱の残ったかのように温かく、静かな余韻が辺りに漂い始めた。俺たちも元の座っていたところに戻り、今は飲み物をちびちびとやりながら休んでいる。
「それにしても、あの、 ”ドジョウすくい” っていうのはヒドかった」
「ふ、ふふ、くっふふふふ。あぁ、だめじゃ。今、思い出しても、っふふふふふ」
「俺の本気を思い知ったか」
テレビで見ただけの見よう見まねだったが、素人だからこそ余計に面白おかしい動きができていたようだ。最初は盆踊り程度だったのだが、お囃子が盛り上がったところで、つい調子に乗ってしまった。
ナグロが対抗心を燃やし飛び入り参加して、なぜかドジョウすくいバトルみたいになったところが最高潮で、村人たちも立っていられないくらい笑い転げていた。要らぬ恥をかいた気もするが、まあ楽しんでもらえたのならそれで良いのだ。俺も楽しかったし。
「さて、もう夜更けじゃ。間もなく宴もお開きとなるが、今日のことは今日のこと、明日からはまた漁も始まる。…そこで、お主がしばらく滞在するのなら、わちから一つ提案がある」
「提案?」
「うむ。ルイ、そなたに槍の扱いを少しだけ教えてやろう」
「槍?銛じゃなくて?それはまた、どうして?」
「わちがアングラウ戦で銛を使ったのは、あれが雷属性で、かつ水棲系特効だからじゃ。わちのメインは槍じゃが熟練度的には槍も銛も同じゆえ、扱いに問題も無いでな。それはそうとお主に槍を教えるのは、今後を考えてのこと。ルイ、お主、バルバラの婆様に杖を習ったであろう?」
「え?俺、言ったっけ?」
バルバラにしてもシンアルにしても、あまり知人の名前は出さないようにしていたつもりだ。信用してないとかじゃなくて、いつどこで迷惑をかけてしまうか分からないからだ。とは言え、うっかりポロッと漏らすこともあるけど。
「いや、お主は "猫獣人に習った" とだけしか言ってない。じゃがの、わちはお主の杖が元は誰の物か知っていたのよ。バルバラの婆様とは知り合いでな、昔世話になった時期があるのじゃ」
「なんだ、言ってくれたらよかったのに」
「言うてどうということも無いからの。まぁそれはさておき、ハンマーをメイン武器にするにしても、他の武器に習熟しておくに越したことは無い。また、槍も杖も同じ長物。通じるところがあるゆえ、片方に習熟しておればもう片方の技術の習得も多少は早いし、応用も効く。この先、何かの役に立つこともあろう。もちろん無理にとは言わぬが…」
いったん言葉をきって、俺の顔をうかがうワウミィ。槍を習うなんて想像もしてなかったから少し驚いたけど、確かに悪い話じゃないと思う。むしろワウミィの言う通り、今後のことを考えれば選択肢は多い方が良い。それに、ただ滞在するよりも余程充実した毎日が送れそうだ。
「うん。じゃあ、ありがたく教えてもらうことにするよ」
「そうか!ならば午前は漁の手伝いもあるゆえ、基本的には午後を訓練に充てよう。夏の終わりには一通り、修めることができよう」
ワウミィ嬉しそうだな。俺としては手間を取らせて申し訳ない気もするけど、成果をあげて喜んでもらえるように、訓練を頑張ることにしよう。
「ねー、そろそろ帰ろ?もう眠いよ」
「ふふ、そうじゃなエリエル。じゃがあと少しの辛抱、もう間もなくじゃ」
「もう間もなく?何が…あれ?波打ち際に、光?」
「ん?エリエル、どうし…何だ!?」
気が付けば波打ち際にぽつり、ぽつりと小さな光が漂っていた。点々と、か細く点滅する光は徐々に、加速度的に数を増やしていき、やがて…
「わぁ!」
「おおぉ!?」
「ふふっ」
物凄い数の光点が、辺り一面に広がる。一つ一つは黄色と青を混ぜたようなぼんやりとした小さな光だが、圧倒的な数で乱舞するそれは、とても美しい。まるで光の宴のようだ。
「やつが現れる年は、予兆として海ホタルを見かけないというたであろ?倒した日の夜は、どこかに身を潜めていた海ホタルが一斉に戻ってくるのよ。今後は普通に見かけるようになるが、これほど集まるのは、今日この日だけじゃ」
いたずらを成功させたかのように笑うワウミィ。波打ち際から少し沖にかけて、海ホタルは光の糸を引きながら海上を漂う。その光は薄っすらと海面にも反射して、緩やかに溶けていく。
刻一刻と描き出されては表情を変えていく光の模様が不思議で、幻想的で。昼の戦いも夜の宴も、全てを忘れてしまいそうなほどに、目の前の光景に魅入ってしまう。
「綺麗…」
「あぁ…」
これを目当てに残っていた他の村人たちと共に、その光景を存分に堪能した。そうして宴もお開きとなり、三人で肩を並べて帰途につく。明日からの毎日も、楽しみだ。
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