第75話 戦う理由

「もう食べないの?」

「そういうお前は、まだ食べるのか?」


 宴も進み、周囲も料理から酒がメインになってきた。俺でさえ満腹が近いというのに、エリエルはまだいけるらしい。人体?の神秘について深く考えそうになっていたら、どこからか楽器の音色が聞こえてきた。


 笛や太鼓を持ち寄る者、近くにあった籠の底を叩いて賑やかに鳴らす者、節をつけて自由に唄う者、炎の周囲を巡るように踊る者、それを手拍子で囃し立てる者。老いも若きも男も女も、みなそれぞれに楽しんでいて、もう何度目か分からない乾杯の声が、またどこかから聴こえてくる。


 輪に加わる度胸は無いが、眺めているだけでも十分楽しい。そう思っていたのだが。


「坊主、お前ェは混じらねぇのか?」

「…ナグロ?」


 昼の戦いで小船を操船してくれたナグロに声をかけられた。木製のジョッキを手に、あちこちの輪を巡っていたようだ。さては、あちこちから聴こえてた乾杯の犯人はお前か?


「いや、知ってる顔も多くは無いし、いきなり混じるのもな」

「何言ってやがる。一緒に漁に出れば、もう仲間だ。それに、お前は気づいてないかもしれんが、村でお前のことを知らないやつはいねぇよ。ワウミィのとこに泊ってるってのもあるが、毎日レベル上げして竜神様の社にお参りして。転生者とはいえ、日々努力できるやつだって有名だったんだぞ」


「うぇ!?みんな知ってたのか?」

「あの社は村の衆が交代で清めてるからな。あそこに通えば姿も見られるし、食堂でもそこの天使と色々話してただろ?小さな村だ。噂も早い」


 別に隠すことじゃないけど、日々の様子がバレていたのはちょっと恥ずかしい。確かに食堂でも、午前の成果や午後の予定についてエリエルに話をしてたけど。これからはもう少し周囲に気を付けないといけないか。


「ねぇねぇ。何で村のみんなは竜神様に、アングラウを倒してください、力を貸してくださいってお願いしないの?お願いしたら何とかしてくれそうなもんだけど」


「ん?あぁ、外の者はそんな風に考えるのか。確かに、竜神様にお願いすれば何とかしてくださるかもしれん。だがな、わしら漁師は漁をして、海の恵みを頂いている。海の命を頂いている。それは、遊びじゃない。わしらが生きるためだ。やつとの戦いも同じこと。生きるための戦いは自分たちがやるものだ。神様に助けてもらうもんじゃないんだよ」


「なるほどねぇ。女神さまも自分たちで幸せに向けて努力する人たちを好ましく思ってたし。これも信仰のカタチなのかな?」

「村の漁師たちは皆、子どものころから、このような話を聞いて育つのじゃ。じい様ばあ様からおとう、おかあ、子や孫に伝え伝えていくのよ」


 天は自ら助くる者を助くって言葉があるのをどっかで聞いたな。困った時の神頼みも良いと思うけど、やっぱ出来ることはやってみた方が、費やした時間の分だけ達成感があると思うし。ただせっかくの良い話なのに、キリッとした顔で腕組みしつつナグロがチラッ、チラッってワウミィの方を見ながら話すので台無しだ。


「まぁそういうわけだ。だから努力できるお前のことは俺も皆も、多少は認めて…」

「ワウミィ、ルイくーん!」

「ん?」


 呼ばれた方を見てみると、時々村で手を振ってくれていた海女さんが手招きしている。どうやら炎の周囲で踊る輪に誘ってくれてるみたいだ。


「ルイ、せっかくの宴じゃ。知らぬ顔が多いからなどと言って楽しまないのは勿体なかろう。ナグロも教えてくれたように、村の衆はお前のことを知っておる。お主が皆を知らぬというのなら、これから知ればよいのじゃ」


 ワウミィはそう言って立ち上がり、俺に手を差し伸べる。ここまで気をつかわれたら、人見知りを発揮したままってわけにもいかないだろう。


「うん、そうだな。しばらく滞在することになったし、ここはいっちょ、改めてトヴォ村デビューを果たすとするか」


 そう言って、ワウミィの手を取り立ち上がる。そのままワウミィに手を引かれて、誘ってくれた海女さんの元へと二人で歩き出す。


「でも俺、唄も踊りも分からないぞ」

「ダメねぇ、ルイ。知らないの?こういうのは、ノリと勢いが大事らしいよ?」

「らしいってお前も良く分かってないじゃないか」

「ふふ、エリエルの言う通りじゃ。定番もあるが、大抵は即興じゃ。好きなように楽しめば良い」


 そう言いながら移動する俺たちの背に…


「ちくしょう!ワウミィといい、海女連中といい、なんでお前ばっかりモテるんだ!やっぱお前なんか、認めてやらないんだからな!」


 何だか悲壮感の漂う叫び声が聞こえた気がした。

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