第74話 今後のこと

「食べないの?」

「まだじゃエリエル。しばし待て」


 苦笑気味のワウミィがエリエルに答える。村人たちの輪に混じり座った俺たちの前にも酒と料理が置かれたが、周りの誰も手を付けようとしない。


 しばらくすると灯りの向こうから複数の男たちが、それぞれわらでできた船を持って現れ、海へと向かう。一際体格の良い年配の男は、藁ではなく少しだけ豪華な木の船を抱えており、全員が波打ち際に並ぶと同時に、各自が船を海へと浮かべた。


「あれらは此度の戦いで沈んだ船の、船霊様に捧げる酒と魚じゃ。木の船は竜神様へのお供えよ」

「漁師さんたち、信心深いんだねぇ」

「信心深いのは確かだが、普段の宴には無い儀式じゃ。似たようなことはやるがの」


 男たちは船の行方をしばらく見届けた後に戻ってきて、炎を囲む村人たちの輪に合流する。全員が輪に混じるのを見届けたあと、木の船を抱えていた男が前へ進み出て、口を開いた。


「皆の衆の働きにより、今宵、魔物は倒された。10年前は犠牲者を出しながら、なおも退けるのみであったが。此度は皆の衆の奮戦と、ワウミィの参加と…転生者、ルイの協力で一人も欠けることなく勝利することができた。やがて再び、海が荒れる日は来るだろう。されどその日まではぁぁぁぁああああああっ、豊漁じゃ!」


「「「豊漁だ!」」」


「船霊様に感謝を!」


「「「感謝を!」」」


「竜神様に感謝を!」


「「「感謝を!」」」


「乾杯!」


「「「オォォォォォ!」」」

 

「うわぁ…」

「ふふっ。ははははっ!」


 途中まで厳かな挨拶で、皆、神妙な顔つきだったのだが、豊漁だ、のあたりから急に笑顔で大声を上げ始め、暑苦しく盛り上がり始めた。そのギャップに思わずつられて笑ってしまう。


 乾杯が終われば飲んで、食っての大騒ぎが始まった。


 昼過ぎからの戦い続きで腹を空かせた漁師たちの食欲は旺盛で、酒と料理がすごい勢いで消えていく。俺の船が速かっただの、俺の銛が一番だのと今日の戦果を肴にする者。戦いの様子を身振り手振りを交えて女房子供に聞かせてやる者。思い思いに盛り上がっている。


 俺たち三人も料理と周囲の喧騒を楽しんでいると、見覚えのある人影が近づいてきた。


「坊や、食べてるかい?」

「あぁ、食堂の」


 話しかけてきたのは食堂の恰幅の良いおばちゃんだった。大皿を手に、差し入れに来てくれたようだ。そのまま腰を下ろしたかと思うと、皿を置き、深々と頭を下げる。


「坊やにお礼を言いに来たんだ。うちの亭主を救ってくれて、ありがとう」

「えっ!?いや、そんな…」


 何事かと驚いたが、食堂の亭主は俺の小舟をかばってくれた、あの船に乗っていたらしい。アングラウの突進で大破した後、俺が囮になっている間に救助されたとのこと。けどそれなら。


「ならむしろ、先に助けられたのは俺の方だよ。逆に御礼を言わなきゃ」

「ふんっ。お前ぇはその前に、たくさんのやつらを救ってただろうが。それこそ礼を言われる筋合いはねぇよ」


 食堂のおかみの影から亭主が顔を出す。なんだ一緒に来てたのか。


「あんた!そんな言い方はないだろ?」

「ふん。坊主…また食いに来い」

「まったく。ルイ、また顔を出しなよ」


 亭主は言うだけ言って返事も待たず、のしのしと遠ざかっていった。おかみも軽く頭を下げて、それに続く。受け入れて貰えたってことでいいのかな?呆然と見送っていると、また横から声をかけられた。


「坊主、いや、ルイとやら。少し良いか?」

「村長…」


 ワウミィの声には少しだけ緊張の色があった。目を向けると、乾杯の音頭をとっていた年配の漁師の姿があった。俺は会ったことがなかったけど、この人が村長らしい。


「まずは此度の助力、礼を言う。それと、この数週間、不快な思いもしたであろうことに詫びを」

「いえ、とんでもない!頭を上げてください」


 突然えらい人に頭を下げられても困る。両手を振って、さらにお願いすると頭を上げてくれた。


「この村は昔、転生者と少し揉めたことがあってな。皆、心の底では転生者の全員が悪いわけではないと知りつつも、態度を改めることができなんだ。いわば疑心暗鬼に陥っていたのよ。だが此度のお主の奮戦を目の前にして、それも霧消したことだろう。これを機に、転生者といえど個々に人を見て接することもできよう」

「そうおっしゃってくださるなら、甲斐はありました。俺は別に転生者の代表というわけではないですが、中には良い転生者もいると。そう思っていただけるなら幸いです」


「ふむ。見た目のわりに、しっかりした若人よ。わしも今後は、人を見る目を改めねばなるまい。ワウミィ?」

「あぁ、長よ。言うた通りであろ?人は見た目によらぬ。また、転生者だ地元民だと十把一絡げにするなど時代遅れよ。ブリとハマチを一緒くたにするようなものじゃ」

「それはいかん!…ふふ、なるほどな。これより村人たちも変わるだろう。ルイ、改めて礼を言うぞ」

「いえ、こちらこそ。美味い魚介、漁のような戦い、全てが新鮮でした。この村に来て、本当に良かったです」

「ほぅ。長としては嬉しい限りだ。今しばらく滞在するのか?」


 隣でワウミィとエリエルが息を飲んだ気配がした。二人には特に話して無かったけど、俺の中ではこの戦いが一つの節目だと考えていた。勝敗、内容問わず、これが終われば次の街へと向かうことになるだろうと、そうぼんやり考えていたのだ。


「そろそろ、旅を再開しようと思います」


 複雑な表情を見せるエリエル、寂しそうな表情を見せるワウミィ。対照的だが、それぞれの気持ちを表していた。


「そ、そうだよね!ルイは一刻も早く、他の転生者たちに追いつかないといけないんだから…」

「…。」


 村人たちとも和解できて、この村も少しは過ごしやすくなるだろう。けれど、ある程度目的も達成した以上、ここにいる理由がなくなってしまった。食堂のメニューもかなり消化したし、レベル上げもひと段落してしまったのだ。


「そうか…。村の衆もようやく打ち解けることができたろうに。冒険者なら、引き留めるのは野暮というものであろうが、仕方あるまい」


 と、村長はワウミィの表情を見ながら、こう続けた。


「しかしなぁ。お主の助力もあって、あやつを倒すことが出来た。これよりは豊漁三昧じゃ。季節は夏。この浜で旬を迎えるヒラマサ、アジ、ミズダコ、岩ガキ。サザエにイカ、…ウニもまだまだこれからじゃ。夏のトヴォ村を味わうことができないのは残念なことじゃなぁ。あぁ、もったいない」

「ヴニ!!」


 エリエルが雷に打たれたかのような挙動を示した。ぱくぱくと口を開け閉めし、踏み出そうか踏み出すまいか、前後に揺れる奇妙な動きを見せたのち、ゆらりと俺に近づいてくる。怖い。


「ねぇ、ルイ?」

「なんだ?」

「私、言い忘れてたことがあるの」

「だから、なんだ?」

「村の人たちに少しだけ受け入れて貰ったとしても、ルイが直接お話した人は少ないし、やっぱり転生者もそんなに悪くないんだよって分かってもらえるよウニ、きちんとお話する必要があると思うの。みんながみんな、きゅウニ態度を変えられる訳じゃないし、時間をかけて転生者について知ってもらウニ越したことは無いし、私まだウニ食べてない」

「お前、分かったからヨダレ…」


 至極真面目な顔をして、ヨダレがひどい。最終的には欲望が普通にダダ洩れしてるし。女神さまの研修的なメインルートへの誘導とウニとの戦いは、僅差でウニの勝利に終わったようだ。そんなエリエルに、村長がトドメの一言を放つ。


「ふふっ、はっはっは。アングラウが出そうな年は海女漁も控えておってな。食堂で供されるほどにはウニは獲らんのだ。明日からは海女漁も本格的に解禁されるから、食い放題だぞ?」


「食いほっ!?…うぐぅ。ルゥーイィー!!!」

「分かった、分かったから泣くな。もうしばらく、せめて夏の間くらいは、この村に厄介になることにしよう」


 俺も食いたいし。何より、せっかくみんなと仲良くなれそうなんだ。きっかけを作ってハイさよならってのは正直言って寂しい。せっかくだから、雰囲気の良いトヴォ村を初めて味わう転生者の座をいただくことにしよう。


「ふ、ふふ。仕方ないのぉ。それなら、もうしばらくは、わちの家に居ると良い」


 不安そうな顔から一転、花のような笑顔を見せるワウミィ。仕方なさそうな感じは欠片も無い。別れを寂しいと思ってもらえるのは、嬉しい事なんだと思う。


 しばらく滞在するなら、たまには俺のとこにも顔を出せと言い残して次の集団へ向かう村長に礼を返し、食事に戻る。予定外の流れにはなったけど、むしろスッキリした気分。これで心置きなく宴が楽しめそうだ。


 宴は、まだ始まったばかりだ。

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