第65話 漁師の社

 翌朝。綺麗なお姉さんと一つ屋根の下というのは、それだけでも微妙な緊張感があった。とはいえこの7日間の旅の疲れもかなりあったのか、昨晩はすぐに深い眠りに落ちることができた。


 テントではなく屋内で、地面の上ではなく板の間に、布団を敷いて寝るのには心地よい安心感みたいなものを感じる。おかげ様で、気持ちのいい目覚めだ。


 朝食は簡単にご飯と味噌汁。おかずはインベントリの卵を使った目玉焼きと、ワウミィの家にあった海苔。


 ワウミィは普段、漁船や海女さんの乗り合い船に同乗して手伝ったり、合間に釣りをしたりして生活しているそうだ。今日は海女さんの船に同乗して海の上とのことだったので、朝食に合わせて弁当も作って、持たせた。おにぎりと卵焼きだけのシンプルな弁当だったが喜んでいた。


 一緒に家を出て別れ際に “行ってらっしゃい、気を付けてな” というと “やはり婿に…” などとつぶやいていたが聞こえなかったことにする。


「早速行ってみるの?」

「あぁ。敵の強さも分からないし、今日は下見だけになるかもしれないけどな」


 これから向かう狩場の適正レベルは20から30相当。俺はまだ15なので正直かなり厳しいとは思う。だがレベルやスキルに頼らない技術やアクアハンマーという貴重な武器、その他の工夫も総動員すれば対応はできるかもしれない。


 強敵である分、経験値も多いだろうから、短期間でのレベル上げにはうってつけだ。チャレンジしてみる価値はある。


「でも、何で大型の魔物の討伐に参加するの?ルイが参加しなくてもワウミィなら倒せるんでしょ?それに、村の人たちが転生者を嫌ってても、ルイが他の村に行ったらお関わりすることもなくなるのに」

「んー、そうだな。確かにエリエルの言う通りなんだけど。でも、もったいないじゃないか。一部の人が原因でいがみ合いが始まって、大半の人が不幸になったままなんて。何だかモヤモヤしないか?少なくともこういうのを放っておいて先に進んだら、この先も心から楽しめないと思うし」

「まあレベル上げ自体は賛成だよ?ルイが他の人たちに追いつくためには必要な事なんだし。でも、寄り道し過ぎじゃないかなー」

「いいんだよ。むしろこれが俺のメインルートだ」

「ふふっ。困ったルイだね」


 そう言いながらもあまり困った様子ではないエリエルと話しながら、ワウミィの家の裏手の山にある、細く長い階段を上る。土に木を組んだだけの粗末で、割と急なそれをほどほど時間をかけて上まで登りきると、小さな神社があった。


 境内は綺麗に清められており、社もきちんと手入れされていることが伺える。そもそも漁は危険が多いので、海上の安全祈願は欠かせない。


 さらに生き物を獲ること、大自然が相手になること、様々な理由から漁師は比較的信仰心が篤く、縁起を担ぐ者が多いのだ。もちろん豊漁祈願、子孫繁栄など様々な願いを込めるという側面もあるんだろうけど。この社もそういった類のものなのだろう。きっと村の人が大切にしている場所なんだろうな。


「わぁ!ルイ、見て見て!後ろ!」

「ん?…おぉ!これは絶景だな」


 エリエルの声につられて振り返ってみると、境内からはトヴォ村が面する湾内が一望できた。


 河口に寄り添う漁村の風景と、押し寄せる波や行き交う舟といった海の風景。空には鳥が舞い、海面には陽光がきらきらと反射している。それらが重なり合って、絵画のように美しい一つの光景を織りなしていた。周辺に高台は見当たらないから、この村一番の景色なんじゃないだろうか。


 湾の隅々まで見渡せるこの社の神様は、この場所からトヴォ村と海を見守ってくださってるのかもしれない。ならばとお参りしておきたいところなんだけど、あいにくお供えになりそうなものが手持ちにない。


 基本は米、塩、水だったっけ?その他には収穫した野菜や獲れた魚とかをお供えするはずだが…仕方がない、昼食のおにぎりを一つお裾分けしよう。昔話とかではお地蔵さんとかにお供えされたりもするし、米と塩と水の合わせ技だから、まさか怒られるということもないだろう。


(村の皆さんが無事でありますように、あと俺の狩りが上手くいきますように)


 それほど面識のない村の衆だが、ワウミィから事情を聞いてしまうと、冷たくされても怒る気になれない。むしろしばらくの間はお世話になることだし、この村が平和であってほしいと心から思う。あとは自分の狩りだな。


「ねぇねぇ、何をお願いしてたの?」

「ん?そういうのは、口に出したら願いが叶わなくなるんだぞ?」

「えー?何それ。大丈夫だよ。ここは分社だろうけど、大元の竜神様も大枠では女神さまの眷属だし。報告を上げて、正当な願いなら叶えてくれるでしょ」

「何そのシステム。というか、そういう無粋なネタばらしはやめてくれるか?」


 こういうのは対価を払って利益を得るとかではなく、純粋に祈り、願う行為だけで成立してるものだと思う。


 神様に具体的にどうにかしてほしいという願い事もあるだろうけど、海上安全の他、例えば家内安全、無病息災などはその典型的な類だろう。俺の狩りの願いは、また別の話で、こちらは決意表明。気合いの入れ直しみたいなものだ。


「意外とロマンチストなんだねぇ」

「ゲームシステムとか、ビジネスライクなギブアンドテイクとか、何でもそんななら楽しくないだろ?」

「んー、なるほどなー。何とかランドの裏側とか、着ぐるみの中とか知りたくないタイプ?」

「中に人など居ない。絶対にだ」


 大切だがどうでもいい事を話しながら、社の横を通り抜け、神社裏の森に分け入る。ここでは神社までの階段ほど時間をかけることなく、すぐに視界が開けて広い池に出た。いや、浅い感じなので沼というべきか?たぶん俺でもひざ丈くらいだろう。


 なぜ深さが分かるかというと、沼の全域にひざ丈くらいまで足を浸けた半魚人、半魚人、半魚人、時々赤い何かが居る。そう、ここはサハギンの棲み処すみかなのだ。


 かなりの大群だが、ある程度は分散して配置されており、一定の範囲からは出てこない。街道に出てこないゴブリンと同じ、ゲーム的な狩場としての設定なのだろう。端の方から順番に倒していけば、袋叩きに遭うということもなさそうだ。手間取ってしまったら分からないけど。


「ほぇー、凄いね。倒したい放題?」

「あぁ。これならレベル上げにピッタリだ」


 気をつかってか小声で話しかけてくるエリエルに、こちらも小声で応じる。この場で待機するか、オフになるように指示したが、 ”ここでちゃんと見ててあげる” 、とのこと。微妙に良く分からないけど、見守ってくれる的な何か?ありがとう。


「プロテクション」


 自身の防御力を上げる魔法をかける。バルバラから仕込まれた魔法はMP不足などで使用できなかったが、ここまでのレベル上げによってヒールやプロテクションなどの初級魔法くらいは使えるようになっていた。


 戦闘系の職種でも、レベルアップの際には多少はMPが上がる。魔力を使うスキルや属性武器の扱いに関わるからなのかもしれない。ウォーリアはその中でも上がり方が厳しいと思われるから、どこかで一度、魔法系の職種に転職しておいた方が良いかもしれない。それはさておき、取り合えずは目の前の戦闘だ。


 さて、サハギンの狩場、試してみますか。

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