第64話 それぞれの事情


「お主、このまま、わちの婿になるかぃ?」

(ぶふぁっ!)

「ひぃやー!?汚いぃ!」

「え”ほっ!えっふぉっ!」

「ふっふふ。まあ半分は冗談よ。とはいえ掃除や片付けだけでなく料理も上手いとはの」

「もー」

(トントン)

「エリエル、ずまん。ありがどう」


 エリエルに背中をトントンされて、ようやく喋れるようになった。お礼に、汁まみれになったエリエルをハンカチで拭ってやる。


「口に含んだ瞬間の冗談はやめてくれ」

「ふふ、すまんすまん。それほど驚くとは思わなんだよ。だが、わちの魚をこれほど美味い料理にしてくれるなら、今晩だけとは言わぬ。しばらくの間はウチで寝泊りしてよい。代わりに当分の間、お主の料理を食べさせておくれ」


 ワウミィの本日の釣果はタイだったので、湯引きとあら煮にした。三枚におろして皮に切れ目を入れ、熱湯をかけてから冷水で締める。ただの刺身にひと手間加えただけだ。あら煮も、臭みを取るために熱湯をかけたり酒で少し煮たり血合いを取り除いたりと下処理を丁寧に行ったが、特別なことはしていない。


 だが、ワウミィはそこまで細かな調理はしていなかったらしい。いつもの魚が驚くほど美味しくなったと喜んでくれている。この村にはもう少し滞在したかったので、お言葉に甘えたいところだが…。


「泊めてもらえるのは助かるけど、この村の人たちには良い顔されないんじゃないのか?」

「んん?あぁ、村の者に冷たくされたか。まあ、そうよの、良い顔はするまいな。けれど、わちならお主を泊めても問題は無かろうよ」

「ワウミィが良いならいいんだけど。でも、何で村の人たちは転生者に冷たいんだ?」


 聞いても良いか迷ったが、バクチョウさんも不思議そうにしてたし、俺自身も村人たちの態度に何か違和感のようなものを感じた。何となく、本当のところは悪い人たちじゃないように思えたのだ。ワウミィは少し考える素振りを見せたが、ややあって話してくれた。


「ふむ。…まぁ話しても良かろう。数年前、転生者が頻繁に、この村を訪れた時期があってな。その多くが海産物を買い占めたり、食堂の食事に文句をつけたりしたのよ」

「あぁ…迷惑なタイプの。でも食堂の食事は美味しかったけど?」

「さて、詳しいことは知らぬ。だが村の者は漁師じゃ。根は良い奴らじゃが気性の荒い者も多いでな。やがて諍いが起こるようになり、転生者全体を目の敵にするようにもなり。その内、転生者の方も村を訪れなくなって、余計に転生者に対して疎遠になっていったというわけよ」


「なるほどねぇ。転生者も、みんながみんなルイとかバクチョウさんみたいな人じゃないからね」

「まぁな。同じ転生者としては、ただただ申し訳ない」


 両手を膝について、頭を下げる。ここでワウミィに頭を下げても村の人たちへの謝罪にはならないが、気持ち的にそうしたかった。ワウミィも気持ちは理解はしてくれているようだが、ひらひらと手を振りながら話を続けた。


「お主が気にすることもあるまいよ。ただ、今は時期的に、もう1つ理由があってな。この村の海には、およそ10年に1度、恐ろしい魔物がやってくる。倒せなければ向こう数年の間は不漁となるから、村の者にとっては死活問題じゃ。今年はその兆候があるから、余計に皆、ピリピリしておるのじゃろ」

「ルイ、相変わらず間が悪いね」

「転生して治ったと思ってたんだけどな。でもおよそってことは今年じゃない可能性もあるんじゃないか?」


「初夏から夏にかけて、この村の浜には毎年必ず海ホタルが産卵に訪れる。魔物に襲われる年は警戒してか、海ホタルが訪れないのじゃ」

「で、今年は見かけない、と」

「うむ。魔物は夏の始まりを告げるかのように訪れる。この様子なら遅くとも、あとひと月というところであろ」


 海ホタルはこの世界特有の生き物だ。地球にもミジンコのようなタイプのウミホタルという生き物が存在するが、それとは異なり、蛍といえばと想像するあの昆虫の海版だそうだ。


 地球の蛍は綺麗な小川や田んぼの近くに生息しているが、この世界では海ホタルが居るのは良い海の証とされている。夏の風物詩なのも共通で、乱舞する光景は、それはそれは美しいそうな。


 それはさておき、ワウミィのおかげで村の事情が色々と分かった。村人たちについては過去に気分を害するような振る舞いをされたのなら、転生者のことを嫌いになっても仕方あるまい。


俺自身も転生者代表とか、そんな立場じゃないからどうすることもできないけれど、少なくとも俺自身には村の人たちを嫌ったり遠ざけたりする理由はないから、普通に接することにしよう。


 魔物については、何とかならないかなと思う。これがクエストなら大規模レイド戦に近いんだろうけど。他にやることも無いし、当面の目標にしても良いかもしれない。ちょっと考えてみようか。


「魔物は村人みんなで討伐するの?」

「いや、エリエル。村人たちはあくまでも漁師。銛の扱いには長けておるが、レベルが低いしスキルも持っておらぬゆえ戦力にはならん。けれど、漁ならできる。村人が浜におびき寄せ、追い込んだところを、わちが倒すのじゃ」

「ワウミィが?」

「そうよ。これでも冒険者でな。10年前の前回は不在にしていて倒せなんだが、わちのレベルなら倒すこと自体は容易たやすいこと。ただ、ヤツが沖にいる間は有効な攻撃ができん。浜まで村人たちにおびき寄せてもらわねば倒せぬのよ」

「…その戦い、俺も参加していいか?」

「坊やが?やめとけやめとけ。参加する理由も無かろうし、何よりお主はまだ弱い」


 ワウミィは、またもひらひらと、今度は先程とは違う意味合いで手を振りながら答える。まだレベルが足りないか?だが、俺には参加したい理由がある。


「転生者のみんながみんな、悪いわけじゃないって村の人たちに知ってほしいし。レベルなら、これから上げる。頼む、参加させてくれ」

「む」


 ワウミィは俺の顔を見て、眉根にシワを寄せて少し困った顔をした。興味本位や冗談で言っているわけじゃないと分かってくれたのだろうか?


「本当に、妙なものを拾ってしまったかの。けれど、今は許可してやれん。わちが修行した場所を教えてやるから、明日から行ってみるといい。ヤツが現れるまでに強くなれたら、考えてやろう」

「本当か!ありがとう、ワウミィ!」

「ふふ。忘るるな?強くなれたら、じゃから、の?」


 そう言ってワウミィは優しく微笑んだ。

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