第57話 (閑話)一方その頃 2

 ~シンバシ騎士団 クランハウスにて


 魔法使いの女が、狩人風の男に詰め寄っている。


「バッカじゃないの、シンイチ。明らかにその子が怪しいじゃない!」

「マリーはそう言うけどな、その時は、今頃メインルート始めるなんて珍しいなーくらいにしか思わなかったんだよ!ちょっと美形なくらいの普通の少年だったから、特に怪しいとも思わなかったし」

「せっかくアタシがエンの街に導いてあげたのに!」

「グレートディアの肉食いたかっただけだろーが!」


「二人とも、よせ。今さらここで口喧嘩していてもしょうがないだろう」

「タイガも叱ってあげてよ!」

「リーダー、この魔女に何か言ってやってくれよ」

「いいから落ち着け。ここでお前らの漫才を聞いてるくらいなら、そのルイとかいう冒険者の足取りを追った方が良い。エンに居たなら、次は領都エットだ。すぐに向かおう」


 タイガが立ち上がったのを慌てて手で制し、シンイチが話を続けた。


「あ、待ってくれ、もう1つ報告だ。同じエンにまつわる噂話なんだが」

「噂話?何か関係あんの?」

「麦の灯り知ってるだろ?あそこで最近、たまにハチミツパンが売られるようになったらしい」

「あんた…今このタイミングで、その話題?」

「いいから聞けって。そのハチミツパンの作り方は転生者がレシピを教えてくれたって話なんだが、宿の主人が言うことには、その転生者がハチミツパンとプリンを作ってくれて、それがめちゃくちゃ美味かったらしい」

「何!?」

「まさか!!」


 ややニヤけた呆れ顔で話を聞いていたマリーの表情が急激に深刻さを帯びて引き締まる。冷静に聞いていた様子のタイガさえ、一瞬で眉間にシワを寄せた。


「な、おかしいだろ?転生者が作った料理を、地元民が “美味い” っていうなんざ、まずありえない。その噂を聞いた転生者たちの間では、ついに生産系スキルを上げる手段がアップデートされたのか。あるいは料理人の職業が解放されたのか、と密かに話題になりつつある」

「それが本当なら、大変な情報ね」

「どちらの予想が正しかったとしても、だな」

「あと、これはちょっとよく分からない話なんだが、この噂を聞いたクリムゾンガーディアンズの連中が何故か物凄い反応を示して、エンからエットへの街道とエット周辺に警戒網を張ったようだ」

「噂を信じたということか?連中は何か知っているのかもしれんな」

「あぁ。何かプリンってワードに反応したとかいう話もあるんだけどな。でも、俺たちシンバシ騎士団が持つ情報からは別な予想もできるんじゃないか?」

「どういうこと?」

「つまり、だ。もしも宿屋で料理を作ったのが、あのルイ少年だったら?彼が持っているかもしれない、2つ目の腕輪が関係あると思わないか?」

「「!!!」」

「まぁ憶測に過ぎないけどな」

「けど、あり得ない話じゃないわね。あんた、たまに鋭いことがあるし」

「俺は鋭いんだよ!」

「…ふむ。とりあえず憶測の部分は置いておこう。だが、他のクランの連中も勘付くかもしれん。しかもエットからはメインルートが分岐するから、ここで捕まえられなかったら厄介なことになるぞ。急ごう」


 話は終わりだとばかりにタイガが立ち上がる。今度は誰が止めることも無く、3人はクランハウス内のメンバーに招集をかけ始めた。


 ・・・


 ~天上にて


 以前よりは随分顔色が良くなった女神だが、久しぶりに頭を抱える出来事があったようだ。しかし、レナエルからの報告が進むにつれて、困惑の表情が深まっていく。とうとう耐えきれなくなったかのように、疑問を言葉にした。


「何でエットに行ってくれないの!?」


「ルイはエンに1ヵ月ほど滞在するなど、通常の転生者とは異なる行動をとっています。理由は分かりませんが。エンからであれば基本的にはヌルへ戻るか、エットに行くしかありません。周辺には小さな集落くらいはありますが、教会もギルドも無いので拠点にできませんし。北の海辺りには漁村もありますが徒歩では2週間以上かかります。馬車や馬などの移動手段があれば別ですが、何の目的も無く向かう場所ではないでしょう。やみくもに歩いて旅立つとも考えにくいですが、果たしてどこへ向かったのか…」


「普通はパーティを組んで護衛依頼を受けて、エットまでの途中で魔物や盗賊に襲われて、たまたま領主さまの家族とか教会の偉い人とかを助けて、感謝されて、仲良くなって、メインの連続クエストが発生して分岐していくとかの流れでしょう?」

「えぇ。ルイは見事にスルーしましたが」

「だから何で!?」

「理由は分かりませんが」

「レナエル、お願いだからそんな冷静に報告しないで」


 普段は有能で頼もしく見える冷静さが、このような場面ではうらめしい。だがレナエルも決して、思うところがないわけではなかった。眼鏡の位置を整えながら報告を続ける。


「いえ、私も冷静というよりは困惑はしているのですが。そもそもルイに関しては他のサポートも上手くいきませんでしたし」

「取引所の件?」

「はい。周回遅れのルイが少しでも早く追いつけるように、取引所で ”GW特別企画!女神さまの取り引き応援キャンペーン!おウチで眠っている武器防具を高く売っちゃお!” により手数料無料、取引代金上乗せイベントを実施しました」

「そのネーミングセンスはどうかと思うけど、何に使うのか安値になった武器を買い占める冒険者も出たりして、結果的に取り引きが活性化し過ぎて、武器防具の価格が乱高下。最終的には高騰しちゃったのよね…」

「人の欲望とは計り知れないものです…」

「エットへの誘導は?」

「護衛はありましたが何故か受けませんでした。宅配はルイが出発するであろう時期から常時多めにギルドに依頼が出るよう調整しておりましたが、ルイが来る直前に他の転生者に全て受注されてしまいまして」

「ネコ猫さん?働くのが好きって、それはそれで幸せのカタチだと思うけど。でもタイミングゥ…」


 机に突っ伏して、およそ女神らしくないだらしなさを見せる。普段はしない仕草からも、落胆ぶりがうかがえる。”うぅー、ぅー” と声にならない声をあげる女神を見ながら、女神さまも少し元気になられたななどとレナエルが思っていると、女神は、ガバッと音が聞こえそうな勢いで顔を上げた。


「エリエル!そう、エリエルは?」

「…ルイがあまり教会に顔を見せていないのでエリエルからの報告も少ないのですが、最後の報告は “ハンカチとかスプーンとか作ってくれた。プリンがすごく美味しかった” …で終わっています」

「地上に降りた天使にお仕置きする方法は?」

「現在開発中ですが、システム的には困難です」

「検証と代案を急いで」

「はい」


 会話の途中から急に無表情になった女神と天使は、エリエルへのお仕置きについて幾つか打ち合わせを行った。


 当初の主題であったはずの、ルイを他の転生者に追いつかせる、または幸せにするための方法については、現状では打てる手立てが無く、またそれよりも優先すべきテーマが発生してしまったため、後回しになってしまったのであった。

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