第56話 (閑話)一方その頃 1
~ヌルの街近郊 バルバラ邸
「なんだい、こりゃぁ。ほとんど小言じゃないか」
「ふふっ。それくらい、ルイが心配してるってことだろうね」
「大きなお世話だよ、全く」
そう言いながらもバルバラは大きな目で手紙を食い入るように見つめ、繰り返し繰り返し読んでいる。ふと視線を感じて顔を上げると、シンアルがいつもの柔和な笑みで自分を見ていることに気づき、照れたように手紙を突き返した。
「ギルドから手紙と小包が届いた時は驚いたけど。1月ほどで手紙をくれるとは嬉しいじゃないか。ふむ。元気でやっているようだね。次は領都エットと書いてある。順調そうで何よりだ」
「1ヵ月もエンに居るなんて、あいかわらず、のんびりしたヤツだよ。こんな調子で大丈夫かね」
「まぁルイにはルイのペースがあるだろう。他の転生者と同じ速さで生きることはないさ」
そう言ってシンアルは、乳鉢から茶をすする。ルイの心配した通り、バルバラの部屋は1ヵ月ですでに荒れ始めており、茶器もルイが旅立ってからは使われた気配が無い。
シンアルとしては元に戻ったことが懐かしいような、ルイの淹れてくれた茶が恋しいような、複雑な思いだ。バルバラの面倒くさがりにも困ったものだ、などと考えていたら、珍しい気配を感じた。
(トントントン)
「すみません。バルバラ様のお宅でしょうか」
「おや?来客なんざ珍しいね」
「確かに。この場所を知っている者は少ないね。どれ、私が出よう」
(ガチャ)
シンアルが扉を開けると、そこには熊獣人の女の子が立っていた。バルバラではなくシンアルが出てきたことに一瞬驚いたようだが、すぐに安堵の表情を見せる。
「シンアルさん!こんにちは。それじゃあ、ここがバルバラ様のお宅で合ってるのね?」
「アラカか。こんなところに来るとは珍しいね。さ、お入り」
「おじゃまします」
「何だ、お前かい。随分大きくなったじゃないか。ウチに来るなんざ珍しいが、何か厄介ごとじゃないだろうね?」
バルバラは怪訝な表情を見せるが、アラカは慣れた様子で深く一礼した。
「お久しぶりです、バルバラ様。今日はお願いがあってまいりました」
「お願い?」
「…。」
疑問の表情を浮かべるシンアル、あからさまに面倒くさそうな顔のバルバラ。アラカはそれらを気にしない風を装いながら話を続けた。
「ルイから頼まれました。週に1度くらいで良いから、たまにバルバラ様の家を片付けたり、掃除したり、あと、その日だけでもちゃんとしたご飯を作って、お茶を作り置きしておいてほしいとのことです」
驚きの表情で固まるバルバラとシンアル。突如訪れた静寂を破ったのは、堪えきれないといった様子の、シンアルのくぐもった笑い声だった。
「っふ。ふふっくくくっ。バルバラ、これは、ふふっ。どうやらルイはバルバラのことが心配で心配でたまらないようだよ。本当に良く似た師弟だねっ…っふ、あははははっ」
とうとう我慢することを諦めたシンアルの笑い声が響きわたる。バルバラはあいかわらずの無愛想で、アラカは受け入れてもらえるか心配顔だ。
「あのお節介ものめ。人のことを何だと思ってるんだい」
「ルイの手紙にも少し書いてあったんですけど、お父さんも、 ”バルバラ様がお嫌そうなら止めておきなさい、でも受け入れてもらえそうならお願いしておいで” と。私もバルバラ様のお世話ができるならとても嬉しいです。決してお邪魔はいたしませんので、お認めいただけませんか」
真摯な表情で申し出るアラカをしばし見つめ、熟考し、バルバラはそっぽを向いた。
「ふん。好きにするがいいさ。どいつもこいつも、物好きなもんだ」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったね、アラカ。大変だろうけど、私からも頼んだよ」
そうしてバルバラに受け入れられたアラカの最初の仕事は、乳鉢に注がれたお茶を捨てて、湯飲みに淹れ直すことだった。その日は他に仕事をすることもなく、3人でルイの思い出話に花を咲かせた。
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