第3章 周回遅れの冒険者 ~トヴォ村にて

第58話 草原を行く

「タイ」

「イカ」

「カ…カツオ!」

「お…追いガツオ」

「ちょっと待って。意味わかんない」


 初夏の柔らかい日差しの中、草原の道をゆっくりと北へ進んでいる。エリエルが魚が楽しみだのアレが食べたいだのとうるさかったことから始まった魚介類しりとりだが、突然のクレームが入った。


「なんだよ。追いガツオしらないのか?カツオ節を追加で投入することで味と香りに深みが出るんだぞ?」

「いやいや、魚介類しりとりでしょ?」

「カツオ節だって魚介類じゃないか」

「料理法でしょ?」

「細かいヤツだなー」

「あれ?悪いの私?ねぇ?」


 草原の街道は今のところ平和だが、間もなくゴブリンやワイルドボアが出現し始める。商人さんによると、そのうち街道とも呼べないような山道にはいり、そこからは更に多くの敵が出始めるらしい。山道を進むと川に出るので、そこから河口へと向かう。草原で2日、山道で2日、川沿いに3日といった具合だそうだ。


 今はつかの間の平和をと楽しんでいたのだが、そうもいかなくなったようだ。


「ゴブリンか」

「ゴブリンだねぇ」


 エンの周辺では街道から外れなければ出てこなかったが、街から離れれば普通に街道付近にもポップするようだ。ルカから降りて、アクアハンマーを構える。この旅の間に、アクアハンマーの性能を確認しておくつもりなのだ。


「ケケッ」

「少しオーバースペックだが、悪いな!」


 一気に踏み込んで、魔力を込めたアクアハンマーを振り切る!ゴブリンは驚いた表情のまま左わき腹にアクアハンマーの一撃をくらい…おや?


 青い光のエフェクトになって消えるのは想像通りだったが、ハンマーがヒットした瞬間に、ゴブリンの身体が少し波打ったように見えた。どういうことだろう?もう少し検証が必要なようだ。


 ゴブリンとワイルドボアをアクアハンマーで狩りながら草原を進んでいく。魔力を込める量を変えてみたり、当てる場所を変えてみたり、色々試してみることで、何となく分かってきた。


 どうやら、ハンマーを当てたポイントから衝撃波のようなものが全身に伝わっているようだ。魔力を多く込めれば込めるほど、衝撃波も強く伝わっている。イメージとしては、水面に石を投げたときに広がる波紋のようなものだろう。


 人間もそうだが、生き物を構成するのは大半が水だ。その水分を通して波紋が広がるように追加ダメージを与えているように思う。しかもこの波紋の凄いところは、どうやら無機物も浸透するというか貫通するらしい。たまたまゴブリンが構えたナイフの上から本体を叩いたのだが、ナイフに遮られることなく本体に波紋が広がった。


 つまり、固い外骨格を持つようなモンスターでも、直接体内にダメージを通すことができると思われる。凄いぞアクアハンマー!ありがとう水の妖精さん!


「ルイ…ルイってば!怖いからその顔、ホントやめて!」


 毎回毎回、俺の至福の時を邪魔するヤツだ。…どんな顔なんだろう。早めに鏡を手に入れた方がいいかもしれない。いや、大丈夫だとは思うが。


 そうこうしながら充実した1日目、平和な草原の旅と、素敵なハンマーの検証を終えて、暗くなる前に野営の準備に取り掛かった。エット方面とは異なり、こちらの街道は整備されていないため、野営用のスペースなどは存在しない。街道のすぐ横に少しだけ広めのスペースを見つけたので、本日の野営ポイントに決定。


 食料はインベントリにあるものをそのまま食べても良いのだが、初めての長旅の1日目、せっかくだから少し料理をしよう。


 エリエルとルカに枯草や木の枝が落ちてたら拾い集めるようにお願いして、俺は寝床の準備。テント設営予定地の周辺の石を払い平らにして、厚めの敷物を敷いてその上にテントを設営。


 周辺には魔物除けの薬を撒き、念のため魔物除けの香も焚く。両方とも、バルバラとの修行の時に作成したストックだ。低レベルの魔物なら問題なく効いてくれるはず。


 ちなみに一般的な旅人は魔物除けの魔道具を利用することもある模様。野営準備の買い出しの時に見つけて気になったのだが、それなりにお高い買い物になりそうだったので諦めた。


 寝床の準備ができたらエリエルとルカが集めてくれた燃料で火をおこす。お湯を沸かしてお茶の準備をしながら、料理に取り掛かる。といっても野営だから簡単に。


 甘辛いタレで味付けしたクックル肉を炙り焼く。縦回転させる例のアレな感じの肉焼きセットは無いので、串に刺したものを地面に立てて刺し、焼け具合を見ながら少しずつ横回転。全面が均等に焼けるように気をつかいながら、タレも時々塗りなおす。


 その間にパンも近くにセットして温め、野菜をちぎって用意。クックルの脂とタレが時折、ジワッと音を立てるのを聞いていると、徐々に焼ける香ばしい匂いがしてきた。


 このタイミングでチーズも火の近くにセット。溶けすぎる前にパンに手早く切れ目を入れ、野菜と "上手に焼けた" クックルをはさみ、トロリと柔らかくなったチーズを乗せて、ビアデ牧場バーガーの完成だ。


「ぉ美味しいー!!」

「うむ」


 まず、新鮮な野菜と香ばしく焼けた肉の香りが良い。一口かじると熱々のクックルが蕩けるチーズと絡み合い、それをひんやりした野菜と温かいパンが優しく包み込み、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。パンと野菜の歯触りを楽しんだ瞬間に、タレ焼きクックルととろけたチーズの濃いめの味がひょっこり顔を出し、口の中で次から次へと新しい味わいが生まれるのだ。


 さらに、顔に当たる焚き火の熱量と、時々聞こえてくる ”パチ…パチッ” っと火のはぜる音。野外で食事しているという雰囲気が、料理をいっそう美味しく感じさせる。


「たまにはこんなご飯も、いいね!」

「そうだな。宿の食事も美味いけど、外で食べると何で一味違うんだろうな」

「ふふっ。これからしばらくは外ばっかりだから、逆に今度は宿の食事が恋しくなるかもね」

「まぁな。でもそうなったら、外の食事が毎日楽しめるように、何か考えたらいいさ」


 とりとめのない話をしながら初めての野営の夜が更けていく。

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