第45話 お届け物です

 さすがに昨日は疲労困憊ひろうこんぱいだったため、宿で一晩ゆっくり休んだ。


 翌朝、素材はそろっているものの錬金道具に不安があったため、道具屋、雑貨屋を見て回る。が、欲しいものが見つからない。錬金道具は現在、この街での需要が無いらしく、お店にも置いてないのだ。


 取引所を利用しようかと一瞬考えたが、念のため店員さんに聞いてみたところ古物商なら扱っているのでは?とのこと。ダメで元々と行ってみたところ、店の隅でホコリをかぶっているのを発見。しかも、これは掘り出し物だ!


 バルバラに鍛え上げられた俺の目で見ても良い物だと分かる。しかも格安。せっかくだから今回の錬金には不要な道具も含めて、一式すべてお買い上げすることに。錬金窯とか今は置く場所も無いけど、いつか工房を持つかもしれないし。


 さて、これで必要な準備は全て整った。目当ての薬は簡易錬金で、どこでも製作できるのだが、落ち着いてやりたいので宿に戻ることにした。


 ・・・


 宿に到着。自分の部屋に入り、作業に入る。工程は3段階、素材を無駄にすることができないので慎重に、確実に。


 バルバラからは錬金術を学んだが、彼女の本業はもちろん薬師だ。各種の薬の調合だけではなく、病気やケガそのものにも精通していた。


 もちろんバルバラが錬金術を教えるにあたり、薬学についての知識を叩き込まないわけがない。採取の基本と同じように、症例や似た病気の判別、対応する薬から毒の種類まで習得済みである。


 一般的な魔物の毒は ”キュアポーション” で一通り対応できる。しかし赤熱病や桜眼病のように特定の病気に対しては、それ専用の薬を調合して処方する必要があるのだ。コンカコンカ叩かれてだいぶ記憶が薄れたと思ってたけど、ちゃんと覚えてる俺、えらかった。


 自分を褒めてあげながら錬金作業に集中して、無事に完成。見た目は白と桜色のマーブル模様のドロップだ。くっきりとした模様は高品質の証、我ながらいい仕事したと思う。"美味しそーぅ!" と騒ぐエリエルに食べるなよ、薬だからな、と言い聞かせる。…万が一ということもあるし、インベントリに入れておこう。


 さあ、ビアデ牧場への配達クエストを始めよう。


 ・・・


「すみませーん、先日の冒険者ですが。お届け物にあがりました」

「はーい、あら?あなたはこの前の、ルイさんといったかしら。早速遊びに来てくれたの?でも今、お届け物って?赤熱病の薬の他に、何か頼んでたかしら」


 ビアデ牧場に着き、先日のように扉をたたいて呼びかけると、ラフさんが顔を出してくれた。続いて、ビアデさんも現れるが、少し怪訝な表情だ。日をおかずに再訪したのだから、それもそうか。


「ラフ、誰か来たのかい。おや、君はこの前の。早速来てくれて悪いが、シェットはまだ快復とまではいってなくてね。悪いがまたの機会に…」

「いえ、今日はお届け物だけです。こちらを、ラフさんに。桜眼病の薬です」

「っ!!何だって!?…」

「そんな…」


 驚愕するあまり声を失う二人。このままというわけにいかないので、話を進める。


「知り合いに薬師がいるのですが、住んでいるところには冒険者も素材も多くて、この薬が余っているそうです。タダ同然で手に入るし、邪魔だから持っていけと頼まれました」

「そんなことって…」

「すみませんが、受け取ってください。私には不要な薬ですから」


 ビアデさんは長い間悩んでいたが、ややあって受け取ってくれた。


「・・・ありがとう。本当にありがとう。その薬師の方にも、くれぐれもお礼を言ってほしい。もしも気が変わって代金が必要と言われたら、全てを投げうってでもお支払いすると、伝えていただけないだろうか」

「ビアデ、あなた…。いえ、ルイさん本当に、ありがとうございました」


 ラフさんはビアデさんに何か言いたそうにしていたが、それを飲み込んで俺の方に向きなおり、深く頭を下げた。そして顔を上げたかと思うと、口元に手をあてる。


「ウッ…ウゥッ…」


溢れだす感情を隠すかのように添えた手だが、目元から流れ出す涙まで抑えることはできなかったようだ。桜眼病の特徴である桜の花びらのような斑点の上を、はらり、はらりと透明な雫が流れ落ちる。きらきらと輝くそれはラフさんの今の気持ちを表すようで、とても美しい。


「いえ、私は配達しただけですから。それより、今日はこれで失礼します。次こそ本当に牧場見学に来ますね。それでは」


 いつまでも見ているのも失礼だし、重ねてお礼を言われそうな雰囲気だったので、さっさと退散する。振り返らず、やや急ぎ足でビアデ牧場を出て、街への道に入る。こういうのには慣れていないので、どうにもむず痒い気持ちになるのだ。


「ルイったら、照れてるー」

「うるさい。照れてない」


 なので、今はニマニマしながらいじってくるエリエルにも上手く対応できない。ふん。お前だって俺の後ろで、"良かっだねぇ、良がっだねぇぇぇ” とか言いながら、ハンカチ握りしめて号泣してたじゃないか。とはいえそんなことを言うのも野暮な気がしたので、おとなしく猫耳ローブをすっぽりとかぶって、宿に戻ることにした。


 何だか色々と緊張したし、今日はもう冒険者仕事をする気分にはなれそうにない。なので、宿の厨房を借りて、ハチミツを練りこんだ甘いパンでも焼いて過ごすことにしよう。

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