第43話 ビアデ牧場
昨日の晩、夕食を食べながら水の妖精に会った出来事を聴かせたら、エリエルがぶんむくれた。“ずルイ!、ずールーイー”、”私も見たかった、見たかったー!!なんで呼んでくれないの!” などと連呼して、寝かせてくれなかった。ずルイって言いたいだけだろ、それ。
ちなみに最近エリエルは、俺が森の木を王者のナイフで加工して作ったベッドを愛用している。そのベッドの上で手足をバタバタさせて、うるさいのだ。
自分から森に行きたくないって言い始めたんだろ、といっても聞く耳をもたない。それはそれ、これはこれ、だそうだ。確かに俺も呼んでやれば良かったのだが、ホントにすっかりエリエルのことを忘れていた。それをそのまま伝えたら、さらに怒るか泣くかするだろうから黙っておくけど。
仕方がないので明日は森以外に行こうと約束したところ、ようやく機嫌を直してくれた。まったくめんどくさいやつだ。
そんな訳で、朝食のエリエルはご機嫌だ。皿やコップ、ナイフにフォークなどのミニ食器類も作ってやったので、前に比べれば随分ましな食事風景になった。やはりどうしても口の周りは汚しているが。今日はケチャップか。
「今日はどうするの?」
「ギルドで宅配クエストを受注してみようと思う」
宅配クエスト。お使いクエストとも呼ばれる。”〇〇を誰々に持って行って!”、”〇〇を持ってきて!” というようなもので、多くのRPGでよく見られる。ほとんどが移動するだけなのでつまらないという人もいるが、この依頼の良いところは逆に、ほぼ移動するだけの手軽さだと思う。
特にこの街のお使いは最初に冒険者ギルドで説明を受けた通り、農場や牧場関係が多い。そう。つまりはちょっとした観光というか見物を兼ねて、クエストをこなすことができるのだ。
ここのところ、先にやることやってからとばかりにレベル上げや採取に
「いいね!馬とか羊とかいるんでしょ?行きたい行きたい!」
「ふふふ、そうだろうそうだろう」
というわけで、冒険者ギルドへと向かう。相変わらず冒険者は多くないが、猫耳ローブのおかげで特に注意は向けられない。シンアルありがとう、と今日も感謝を捧げる。
掲示板にはいくつかの配達依頼があったが、農作物や乳製品を農場や牧場から街へ運ぶものと、逆に日用品等を各所へ運ぶものが多い。ただその中に一つ、気になるものを見つけた。
「お薬を届けてください?」
ーーーーーー
クエスト名:お薬を届けてください
クエスト内容:配達
達成条件:赤熱病の薬(1個)の納品
期限:2日
依頼人:ビアデ牧場のビアデ
報酬:2000G
ーーーーーー
「ルイ、これ…」
「ん、これにしよう。困っている人がいるなら、早く届けてあげたほうがいいだろうし」
何となくここまで楽しいお出かけ気分だったのだが、人助けも冒険者の醍醐味だ。お仕事モードに気持ちを切り替え、掲示をはがして受付に持っていく。
「クエストの受領ですか?」
「はい、これをお願いします」
「あぁ、ビアデさんの。受注してくださって、ありがとうございます。ご家族のみなさんは街の人にうつしたら困るからって、わざわざギルドへの依頼にしたみたいなの。とても良い人たちだから、私からもお願いしますね。薬は用意しておきましたから、これを届けてください」
そう言って受付の人が赤熱病の薬を渡してくる。おおまかな場所や牧場の概要も聞いたが、それほど遠くもなく、迷うこともなさそうだ。早速、向かうことにしよう。
ビアデ牧場は農場もやっているが、畜産がメインだそうだ。ウシやウマ、クックルの他にポワ・クルーという騎乗用の鳥も育てるなど手広くやっているらしい。今回のクエストの依頼人であり牧場主のビアデ、その奥さんのラフの夫婦で経営しているが、今回薬を必要としているのは一人息子のシェットだ。
赤熱病はその名の通り、全身に赤い斑点が表れると同時に高熱が出る。すぐに命に関わることは無いがとても苦しいだろうし、俺自身も病気で倒れた経験があるだけに、早く何とかしてあげたい。
街を出て街道を抜け、いくつかの農場や牧場を通り過ぎる。やや急ぎ足の強行軍だったこともあり、ビアデ牧場にはそれほど時間をかけずにたどり着くことができた。
敷地内には厩舎と思われる大きな建物もいくつかあったが、中央の一回り小さな建物が住んでいる家だろう。放牧された動物たちがつぶらな瞳でこちらを見ているが、ぐっと我慢して、まっすぐ向かった。
「すみませーん、ビアデさんはいらっしゃいますか?」
「はーい、お待ちくださーい」
扉を叩き、声をかけると中から女性の声で返事があった。ほどなくして扉が開き、犬獣人の女性が顔を出す。この人がラフさんだろう。けど…。
「はいはい、どなた?」
「あ、冒険者ギルドで依頼を受けてきました。ルイといいます。これ、ギルドに依頼された赤熱病の薬です」
「あら、まだ若いみたいなのに、冒険者なの、えらいわね。ちょっと待ってね。あなたー、ギルドの方が薬を持ってきてくださったわよー」
女性は優しい声で、家の中に声をかける。すると今度は男性の犬獣人が姿を現した。この人がビアデさんかな?
「おお、早速来てくれたのか。本当にありがとう。薬は?これかね。うん、確かに。じゃあこれが報酬だから受け取ってくれ」
そう言いつつ、ビアデさんが依頼料を渡してきた。受け取りながら、どうしても確認したかったので質問する。
「はい、確かに。それで、突然で本当に失礼ですが、ラフさん、ひょっとして…」
「ん?あぁ。うちのラフは桜眼病でね。今は少しだけ見えるが、もう少ししたら見えなくなるんだ」
「言いにくい事を尋ねてしまって、本当にごめんなさい」
「いーえ、驚いたでしょう?気にしないでね」
桜眼病は目元に桜の花びらのような斑点が表れ、黒目の部分が灰色がかっていくのが特徴だ。進行すると、完全に失明してしまう。知らずに見ると驚いてしまうのだが、優しく微笑んでいる様子が痛ましい。のだけれど。
「確か、お薬で治るのではなかったでしょうか?」
「うん、その通りなんだ。何年か前はこの辺りにも冒険者が多くて、薬も手に入りやすかったんだけど、最近はほとんど見かけなくなってね。材料が貴重で手に入らず、錬金術師も居なくて、今は薬屋にも置いてないんだ。もっとも、有ったとしても、大変高価な薬になってしまったから、私たちの稼ぎでは、とても、ね」
”ラフ、すまないね”、”いいのよ、あなた” そう声を掛け合う夫婦を見ているといたたまれない。あまり長くお邪魔するのも良くないだろう。
「今日のところは、これで。シェット君も赤熱病の薬で元気になるでしょうし、またお伺いしてもいいですか?」
「ああ、これも何かの縁だ。今は息子の看病で少しバタバタしているけど、また今度、遊びにおいで」
「シェットにも会ってあげてね」
別れの言葉を告げて、ビアデ牧場を後にする。初めてのお使いクエスト達成だというのに、空気が重い。ややあって、遠慮がちにエリエルが話しかけてきた。
「ルイ、何とかならないのかな」
「うん。まあ、錬金できないことはない」
「本当に!?」
驚きと喜びを同時に表現するエリエル。器用だなお前。けど、すぐ簡単に錬金できるなら俺がこんな表情をしていないことに気づいて欲しいところだ。
「あぁ、錬金自体は可能だ。ただ材料が一つ足りなくてな。手に入れる必要がある」
「この辺で手に入るの?」
「それは大丈夫だ。むしろこの街で良かった、とも言える」
その材料は・・・グレートディアの角だからだ。
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