第42話 森の泉
今日も今日とて、最近恒例となった森での採取。
あまりにしつこく森に通う俺に呆れたエリエルは “また森ぃー?飽きたぁー。つまんなーい” とか言って、オフの日だ。ちょっとだけ申し訳ない気もするが、この先を考えると仕方がない。
進んだ先でしばらくの間、生活費が稼げない可能性だってあるし、錬金素材や薬草が手に入らない可能性もある。貯められるときに貯めておきたいところだ。とはいえ、いつまでもここに居るわけにはいかないから、あと1~2回というところだろう。さすがに俺も飽きてきたし。
いつも通り薬草むしって樹木をゴンゴン。高級ハチミツのストックもかなり貯まってきた。なお先日、木の根元に作られていたハチの巣を踏み抜いてしまい、本物のハチに襲われた。
エリエルと二人で猛ダッシュで逃げたが逃げきれず、バルバラの杖で撃退した。『バルバラ流杖術 奥義 百連突き』を使うことになるとは思わなかったぜ。エリエルには ”最初から使ってよ!” と言われたが。
慣れた頃が危険、危険。そう独りつぶやきながら、足元や遠くも含めて森全体を見るように心がける。森歩きのスキルも、また少し上達したように思う。
そんな時、遠くにちらりと見慣れないものが見えた。俺のひざくらいの高さの、透明感のある小人。ふきの葉を手に持って、機嫌良さそうに、ほてほてと歩いている。薄っすらと消えたり、現れたりしながら森の奥に進んでいく。
森にもだいぶ通ったが、こんなことは初めてだ。危険なイベントかもしれないが、これを逃せばもう二度と出会えないかもしれない。ここは、リスクをとって踏み出してみるべきだろう。そう思って、あとを後をつけていく。
小人はこちらのことに気づいていないのか、気づいてて気にしていないのか。ややふらふらしているものの、その足取りに迷いは無く、どんどん奥へと進んでいく。歩幅は俺の方が大きいはずなのに、木の根や枝を避ける必要があるため、付いていくのも一苦労だ。
どれほど歩いただろうか、ふ、と違和感を感じた。空気の幕を通り抜けたような、今まで通りの森なのに、今まで通りの森じゃない感覚。
その直後。
木々の間を抜けて目の前に広がったのは、現実とは思えない光景だった。目の前には、大きな泉。周辺の森は絵の具を溶かしたかのように輪郭が滲んで定まらない。まるで、絵本の中に迷い込んでしまったかのようだ。
『僕たち集まるよ』
『僕たち染みこむよ』
『ふふふふっ』
くぐもったような声と笑い声が、近くから、遠くから聞こえる。泉の周辺には見たことのない植物。ふわふわした菌糸につつまれた巨大な菌類。ぼんやりと光る苔に、木々を
『でもお空に帰るよ』
『でも大地に帰るよ』
『クスクスクス』
森特有の、やや涼しくて少し湿った空気の匂い。鼻を抜けていく清涼感が心地良い。不思議なことに、重力を忘れたかのように真球の水滴がそこかしこに浮遊している。それらは合わさって大きくなり、かと思えば分かれて小さくなるといったことを繰り返している。
『つる草すべるの楽しいよね』
『苔のベッドが気持ちいいよね』
『うふふふふふ』
深い緑と薄い青、どこからか薄っすらと差し込む光と陰が織りなす空間。唐突に広がった幻想的な世界に言葉も忘れて魅入っていたら、突如として小人たちから声をかけられた。
『きみはだぁれ?』
『僕らは水の妖精』
「あ、こんにちは。ルイっていいます」
『どうしてここに?』
『何しにここに?』
「…たまたま一人歩いているのを見かけて、楽しそうだったからついてきました」
『ふふふ。楽しいよ』
『ふふふ。君、面白いね』
突然話しかけられて反射的に応えてしまったのと、そもそも嘘をつく理由も無いのとで思わず正直に答えたが、大丈夫だったらしい。小人さんたちは水の妖精だったようだ。話を始めたことで少し冷静さが戻ってきたが、今のところ危険はないように思える。
『それ、ハンマー』
『僕らも、持ってる』
「おぉ!?同志よ!」
戻ってきたばかりの冷静さが吹き飛んだ!妖精がハンマー持ってるってのは意外過ぎだ。だが、やはり分かる人、いや分かる妖精にはハンマーの良さが分かるものだ。
『ハンマー、好き?』
「めちゃくちゃ好きだ!」
今までにこにこ楽しそうだった妖精が、俺の勢いに少しビクッとしたように見えたが、気のせいだろう。すぐに元通りの笑顔で笑い始めた。
『ふふふ。面白い人間』
『ふふふ、面白い妖精』
『これ、あげる』
『これ、アクアハンマー』
妖精たちがそう言ったかと思うと、水玉に包まれたハンマーが目の前に降りてくる。中に手を入れて受け取ってみると金属なのか、鉱石なのか、ひんやり冷たい。
『このハンマーは、水属性』
『魔力を通すと、水の力』
「おお!初の属性付きハンマー!して、どのような力が!?」
『『ベチョってする』』
「ベチョって・・・する?」
うん。敵からしたら、ちょっと嫌な気持ちになる。どちらかと言うと、精神的なダメージを追加で受ける感じ、か?
『このハンマー、楽しい?』
『このハンマー、面白い?』
「あぁ、もちろんだとも!ハンマーに良いも悪いも無い!全て素晴らしいんだ!」
『ふふふ、変な人間』
『ふふふ、楽しい妖精』
『『また遊びにおいで』』
妖精たちがそう言った瞬間、辺りが闇に包まれた。突然のことで戸惑うが、どうやら元の薄暗い森に戻ってきただけのようだ。ハンマーのお礼を言い損ねたが、またおいでって言ってくれたし、会う機会もあるだろう。
思わぬところで良い出会いがあった。突然のことで驚いてしまい実感が湧かなかったけど、あとからじわじわと不思議な体験をできた喜びが湧き上がる。まだ採取の途中だったけど、今日はこの余韻にひたりながら、のんびり街に帰るとしよう。
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