第33話 エンの街 到着

 エンの街はヌルよりも少し規模が大きい。理由は街の周辺に、低レベルとはいえ魔物が出没するからだ。魔物がいるということは、侵入を防ぐための高い外壁が必要であり、倒すための冒険者が必要であり、それを支援するための武器屋、防具屋、道具屋、宿屋が必要になる。


 魔物がドロップした素材は街を潤し、討伐のついでに採取された薬草などが流通する。低レベルの魔物がちょっと出るくらいでも、魔物がほとんどいないヌルと比べれば明確な差が表れるのだ。この先の街に行くにつれて、その傾向は一層強くなることだろう。


 とはいえ、まだまだここは序盤も序盤。転生者にとってヌルの街は、お使いクエストなど基本のチュートリアルを受ける”始まりの街”だそうだが、敵との戦闘や採取など、本格的に活動を開始するという意味ではこのエンの街は”冒険者としての始まりの街”と言えるかもしれない。


 みんなもワクワクしながらたどり着いたんだろうな。…4年前に。


 外壁の門で衛兵が入門手続きをしているのはヌルと一緒だ。並んでいる人がちらほら居るのは、街の外に住んでいる人や、他の道から来た人かな?


 認識してもらえなかったら困るので、猫耳ローブ(森幻のローブ)のフードを下ろして顔を出し、列に並ぶ。ほとんど時間がかかることなく自分の番がきたので、冒険者カードを提示する。


「見ない顔だな、冒険者か。レベルは…1!?・・・あぁ、ヌルから来たんだね?」


 中年の衛兵さんは俺のレベルの低さに一瞬驚いたようだが、すぐに理由に思い当ったらしい。


「はい、冒険者として活動するためにきました」

「そうか。数年前には転生者が大量発生して、エンの街がレベル1の冒険者で溢れかえった時期もあったが。最近は地元民でさえも新規に冒険者になることは少ないからな」


 大量発生て。虫か。


「その時には転生者同士のいざこざが起きることも多かったが、今は平和なものだよ。他の街でもそうだが、万が一転生者に襲われることがあったら衛兵を呼びなさい」

「そんなこともあったのですか?」

「ああ、転生者はPKプレイヤーキラーと呼んでいたがね。重罪を起こした転生者は世界のルールに従って、赤いモヤッとしたものが頭上に表れる。私たち衛兵はそれを察知しては、捕縛してキツいお灸をすえてやったものだ。こう見えておじさんたちは強いんだよ?」


 ゲームによっては他のプレイヤーを襲ったり、住民の持ち物を盗んだりといった犯罪が可能なシステムを採用しているものがある。


 ほとんどの場合、罪を犯したプレイヤーは名前が赤で表示されるなど、他のプレイヤーからは一目で犯罪者と分かるようになる。さらには街に入れなくなったり衛兵に追いまわされたりといったペナルティが課されることになる。


 だがこのような時の衛兵はたいてい、鬼強いのだ。圧倒的な強さと物量で犯罪者に襲い掛かってくる。そんなタイプのゲームをしてる時に、うっかり操作をミスして意図せずスリ行為を働いたり、住民の家のものを取得してしまった時の”やっちまった!”感といったらもう。


 ただこれが現実世界となったら話は別だ。うっかり犯罪を犯すなんてことはあり得ないし、こんなに頼りになる人たちは居ないだろう。レベルいくつくらいなんだろうな?


「ありがとうございます。その時は、頼らせていただきます」

「あぁ。エンの街にようこそ。頑張って強くなれよ!」


 ついでにお約束でおススメの宿を聞いてみたら、”麦の灯り”という宿屋を紹介された。宿屋なのにパンが美味しいらしい。これは行ってみねばなるまい。


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