第34話 麦の灯り


 エンの街中はヌルに似ていたが、商店の規模はこちらの方が少し大きい。建物だけでなく露店も多く立ち並び、それらを冷やかして歩く人々も活気にあふれ賑やかだ。露店は多くが食材を取り扱っていて、一部には買い食いできそうな料理を提供しているところもある。ちょっとだけ、ちょっとだけ。


「いらっしゃい。何かお探しかな」


 欲望に負けて食材を扱う露店を見ていると、お店の人が話しかけてきた。しばらく滞在することになるだろうし、少し話を聞いてみよう。


「こんにちは。ヌルから来たんですが、この街は食材の種類が豊富ですね」

「ああ、エンは街の周辺に農場や牧場があるからね。そこから野菜や乳製品が届けられているんだよ。新鮮な野菜に麦や豆類、卵に牛乳、どれも美味しいよ」


 確かに、種類も豊富で質も良さそうだ。しばらくは宿暮らしだから食事は食堂メインになるだろうけど、こんなに新鮮な食材を扱わないのは勿体ない。厨房を貸してもらえるなら自分でも料理したいところだけど、交渉してみようかな。


 インベントリやマジックバッグの検証もかねて、牛乳と卵を購入。マジックバッグに入れると、お店の人が驚いた。


「おや、冒険者だったのかい。ウチみたいな店で買い物とは珍しいね」

「冒険者はお店で買い物をしないんですか?」

「冒険者といえば転生者ばかりだろう?転生者は ”取引所” を使うことが多いんだ。何でも、転生者のインベントリに入れたものは ”アイテム化” するとかで、それを転生者同士で取引してるんだそうだよ。数年前に転生者が一斉に現れたときは、お店の物を買い漁られたりして困ったものだがね。今では取引所の中にあるものだけで、おおよそ転生者の欲しいものは揃うようだよ。それに転生者は料理とかがあまり上手にならないみたいだからね。食材の類はあまり買わなくなったねぇ」


 ほうほう。取引所があるパターンなのか。取引所も一部のオンラインゲームでは定番の機能だ。プレイヤー間での直接取引を可能にしてしまうと様々なトラブルの種になるため、取引所を介して取引を行うことによりトラブルの発生を未然に防ぐのである。


 せっかくだから取引所の場所を聞く。商品のお礼を言って別れ、教えられた場所に行くと、掲示板のようなものがあった。近づくとインフォメーションボードに取引所のボタンが現れ、説明が流れる。


 どうやら、インフォメーションボードを操作すると直接、取引所にアイテムを ”売り登録” することができるようだ。逆に取引所のアイテムを ”買い登録” し、売買が成立したらインベントリに直接商品が放り込まれるらしい。


 便利機能だけど、今は取引所に並んだアイテムを見ても、何が何やらさっぱりだ。ポーション類など名前で効果が類推できる物や錬金素材などは分かるが、魔物の素材や魔道具、木材みたいなものまである。


 何に使うんだろ?武器や防具もあるけど何故かやたら高いし、せっかくだから武器屋、防具屋も見てみたい。今日のところはスルーだな。


 おっと、露店や取引所を見ていたら、つい遅くなってしまった。紹介された宿屋に向かおう。空いてるといいんだけど。


・・・


 “麦の灯り” には空き部屋があった。最後の1部屋だったみたいでセーフ、セーフ。所持金的にも問題なかったので、とりあえず1週間お願いしておいた。依頼とかこなして、早く生活を安定させないと。


 でも冒険者ギルドに行く前に、まずは教会で登録セーブだな。万が一ということもあるし。明日は午前に教会、午後にギルドという予定で決まりだ。


 案内された部屋は6畳ほどの大きさだが、一人にはちょうど良いくらい。木製の簡易ベッドと机が据え付けられている。比較的綺麗に整えられてはいるけど、清潔好きの日本人だからか、はたまた家事妖精が混じっているからか、今一つ満足しきれないといったところ。


 少し長く滞在するし、勝手に掃除したりシーツを洗ったりしても良いか確認したところ、怪訝けげんな顔をされたが一応了承してもらえた。明日の予定に、マイ掃除道具の購入を追加だな!


 夕食は美味しかった。パンは情報通りの美味しさで、ふんわりとしていながら中はもちもち。外側の皮の部分もカリッとして香ばしい。メインは何とロールキャベツ!牛ひき肉を玉ねぎとパン粉と混ぜ合わせてキャベツで巻き、スープで煮込んである。


 ナイフを入れると肉汁がじわりとあふれ出て、湯気とともに食欲をそそる香りがテーブル一面に立ち込める!亭主…中々やるな?


 この世界で提供される食事は近現代の地球にかなり近い。というのも、この4年で転生者たちが転生チートだとばかりに知識をバラまいたからだ。転生者自身は生産系スキルが伸びないので、自分では高品質なものを作れないが、知識を住民に流すことで食生活の向上を図ったようだ。


  “厳密には違うものだが似た食材” を発見してきては地元民に料理をお願いする、を繰り返したことで、お茶やコーヒー、白パンや酒類など様々な料理が再現できており、地元民にもだいぶ浸透している。恩恵だけを享受することになった自分としては、敬意と感謝を捧げるばかりだ。


 満腹感と幸福感に包まれて自室に戻り、本日は就寝。おやすみなさい。

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