第32話 街道を東へ

 エンの街へは街道を東へ、徒歩で1日の距離だ。天気は快晴、季節は春。旅立ちにはぴったりの気持ちのいい風が、草原の丘を拭き下ろすように流れてくる。


 道は少し曲がりながらもほぼ真っすぐ続いているが、所々にぽつぽつと林や丘があるため遠くまでは見通せない。バルバラの家からヌルの街までの見慣れた道にも似ているけれど、そんな風景さえも新鮮に見えて心が踊る。


 しばらくは景色を楽しみながら歩いていたが、ふと思うと昨日の冒険者登録から展開が早すぎて、現状を確認する時間が無かった。せっかくだし、のんびり歩きながら色々と確認してみることにしよう。まずは持ち物。


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 聖バルバラの杖

 森幻のローブ

 王者のナイフ

 アラカのエプロン

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 全部貰い物で正式名称は知らなかったけど、インベントリに入れた時点で判明した。冒険者始めましたっていうLv1の装備とは思えない名称の中に、アラカのエプロンがあるのは少しほっとするな。まあエプロンが冒険者らしいかと聞かれれば返答に困るけど。


 なお所持金は100万G近くある。これは半年ほどの食堂の手伝いと、バルバラから時々もらったお小遣いをコツコツ貯めたお金だ。1Gは1円くらいの価値があるように思う。地球よりは物価が乱高下したりするけど、当面の生活には困らなさそうだ。


 次にステータス。HP、MP、STR(腕力)、VIT(体力)、INT(知力)、MND(精神力)、DEX(器用さ)、AGI(速さ)、LUK(幸運)。なるほどなるほど。スタンダードなRPGロールプレイングゲームのステータスだ。


 それと格闘、剣/大剣、刀/太刀、槍/ランス、斧/ハンマー、弓/大弓、盾/大楯、短杖、長杖の、それぞれの熟練度。さらに生産系というのか生活系というのか、戦闘以外の料理、錬金、加工、釣り、騎乗の熟練度が設定されている。


 …長杖、料理、錬金の熟練度がおかしなことになっているのは、見なかったことにしよう。その他のステータスの数値はたぶん普通だと思う。比較対象が無いから分からないけど。


 これらのステータスや装備、アイテム類はインフォメーションボードから確認できるようになっている。ゲームのウィンドウみたいにビジュアルで分かる感じで便利だ。けどもう少し情報が欲しいところだ。


 例えばステータス。STRの値によって持ち歩ける物の重量が変わるゲームがある。筋肉むきむきならたくさん運べるよってことだ。あるいはVITの値が高ければ高いほどレベルアップ時にHPがたくさん上がるゲームもある。


 その他にもステータスと武器の関係やスキルなど、後々に影響する情報は多い。できるだけ早い段階でそういった情報を集めて、自分というキャラクターをどう育てていくかを検討しなければならない。最初が肝心だ。


 転生者の出現開始から4年も経ってるんだし、その辺りの情報は先輩冒険者に聞いたら教えてくれそうな気がする。良い出会いがあるといいんだけど・・・。


「っ!?」


 まだ遠いが、生き物が動く気配を感じた。街道は曲がりくねりながら草原をぬうように伸びているが、前方の草原の茂みに塊のような違和感がある。不快な音とともに徐々に近づいてきたそれは、やがて1匹の影を吐き出した。


「ゴブリンか」


 ファンタジーの定番、邪悪な小鬼だ。子どもくらいの身長に貧弱な体型。緑色の顔は醜悪な笑みを浮かべている。


「ケケッ!」


 俺のことを貧弱な子供だとでも判断したのだろう。どこで拾ったんだと聞きたくなるような、ゆがんだナイフを振りかざして襲ってきた。エンまでの街道で襲われることは、まず無いと聞いていたんだけど。


 間の悪い冒険者ランキングがあれば初登場でかなりの上位に位置するであろう俺だからしょうがない、やるしかないな。


 杖を手に持ち、構える。武器としてはナイフも選択肢にあったが、バルバラとの訓練で杖の方が手に馴染んでいる。これも訓練のおかげか、不思議と恐怖心も無く落ち着いて迎え撃つことができた。


 ゴブリンはナイフの扱いそのものも未熟なようだ。一直線に突きかかってくるのではなく、頭上の斜め上に掲げ、剣のように振り下ろしてきた。リーチの短いナイフでは隙だらけの攻撃方法。スピードも遅いし、これならやれる!


「ハッ!」


 がら空きの脇腹に一閃。ヒットしたらすぐに杖を戻して、ひるんだ隙に振り下ろしてやる!


(ドッ…パァーン!)


「え?」


 脇腹に杖の一撃をくらったゴブリンは、爆発四散すると同時にキラキラと青い光のエフェクトになって消えた。2撃目に移ろうとしていた俺は急に支えを失ったような体勢になり、逆によろけることになってしまった。


「ちょっと見たくない感じになるよりはいいんだけど…オーバーキル過ぎるんじゃなかろうか、これは」


 予想はできたことだが、この杖と俺の長杖レベルはこの近辺では強すぎるようだ。 ”俺強ェェェ” も状況によっては良いんだけど、さぁこれから冒険だっていう今はワクワク感が削がれてしまう。


「この杖に頼るのは、ここぞという時だけにしよう。街で、杖以外の、普段使いの武器を買って、1から始めよう。うん、それが良い」


 そう心に決めた。突然の戦闘が発生した時点でかなり緊張したが、あまりにあっさり終わったので達成感よりは戸惑いというか残念な感じというか。けれど取り合えずエンまでの道のりに危険はなさそうだと分かったんだから、良しとしよう。


 気を取り直して、旅路に戻る。途中、昼休憩をはさんでから再び歩き出したが、人にも魔物にも会わなかった。時折空に野鳥や、空を飛ぶ何かに乗っている冒険者らしき影が見えたが、街道に降りてくることは無かった。


 みんなの転生開始から4年が経過し、この辺りを拠点にしている転生者はほぼおらず、まして徒歩で移動する者ももはやいないからだろう。エンからヌル方面へと向かう地元民の馬車と一度だけすれ違ったが、特段イベントが起こるようなことも無かった。


 そうこうしているうちに夕暮れ時よりは少し早い時刻。街道沿いにぽつりぽつりと農場や牧場らしきものも見られるようになった。


 街の外だけど、この辺りなら比較的安全なのかな?飼われている牛や馬に目が行く。愛でたいけど我慢だ。あ、クックルだ。ニワトリに似た鳥で、肉も卵も料理したことはあるけど生きてるのは初めて見たな。…いやいや、今日のところは街。見学はまた今度だ。


 穏やかな牧場の風景をいつまでも眺めていたい欲望と葛藤しながら、歩くスピードを速めていくと、遠くにヌルよりも少し大きめの外壁が見えてきた。いよいよ、エンの街に到着だ。

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