第23話 錬金術の仕上げ

「さ、錬金術もそろそろ一区切りって段階だ。今日はこれまでに教えたことを思い出して、 ”HPエクスポーション” を作って見せな」


 バルバラはそう言って、作成に必要なレシピを渡してきた。


 素材の選定から作業工程、途中の反応の観察や見極めなど、錬金術については一通りのことを学んできた。HPエクスポーションは最上級の体力回復薬で、瀕死の重傷でもこれ1本、という凄まじい効果がある。何かと危険が多い冒険者だからこそ、保険に1本は持ち歩きたい一品だ。


 ただし素材の貴重さ、工程の複雑さから作成難易度も高く、当然お値段はお察しくださいというところ。そうそう手には入らないのだ。まあ駆け出し冒険者は初級ポーションでも十分回復できるし、危険なこともそうそうやらないから、資金も危険度もふんだんにある上級冒険者向けといったお薬である。


「工程は5段階、陽光草と紫光虫の羽を混合して、できあがった粉末を増強剤で…」


 HPエクスポーションの作成は今回が初めてだ。ただそれぞれの作業自体は別のアイテムを作成する作業で慣れたものだ。工房の道具を使って順調に進めていく。貴重な素材を使うって聞いてたけど、割と使ったことがあるものばかりだな。工程が多いだけのようにも思える。


「しかし、あんたにこれ程の才能があったとはね。たった2年でエクスポーションまで到達するとは思いもしなかったよ」

「まぁ、錬金術の作業は料理に近いところがあるしな」


 調味料や食材の分量を正確に、加熱や混合などの作業時間を正確に。料理は化学に例えられることもあるが、錬金術にも通じるところがあると思う。


「で、これを、錬金窯に入れて」


 最後の工程に入ったら、何故かバルバラが工房を出て行った。いつも錬金術の訓練の時はつきっきりで付き添ってくれて、決して目を離さないのに。珍しいこともあるもんだ。


 あれかな、もう一人前だから大丈夫とか。それとも、もう卒業だとかでサプライズプレゼントでも用意してくれてるとか?ふふふ、これはしっかりと高品質なのを完成させて驚かせてやらなければなるま…い?


「あれ、レシピでは最後の反応は薄い紫色の煙がたなびき立ち、ってあるのに」


 どう見ても薄くない、というか、かなり濃い紫の煙が錬金窯から立ち上る。煙はみるみる内にその量を増していったかと思うと、


(カッ!)

(ドーン!!)


 まばゆい閃光と共に、大爆発を起こした!


「うおぉぉぉお!」


 爆発の衝撃で軽く後方にふっとばされ、後頭部を強打した俺に、ドロッとした粘着質な物体が降りかかる。


「くっ。あー痛っててて。失敗か?レシピ通りにできたはずなんだけどな」

「おやおや、成功かい。一発で、とはね」


 バルバラが再び工房に入ってくる。


「バルバラ、ごめん。工房を汚してしまっ…成功?」

「あぁ、そうだよ。紫の煙、閃光と爆発、成果物の虹色ゼリー。間違いなく、成功だね」

「え?俺、HPエクスポーションを作ってたはずじゃ」

「そのレシピは”練習用”だよ。誰が失敗するかもしれないひよっこに、貴重な素材を使わせるもんかい。お前の卒業試験用に、あたしが調整したものさ。驚いたかい?ク、ククッ、虹色ゼリーまみれになって、ククク、その顔、ニャーッハッハ!!!」

「バルバラ…貴様…お前もゼリーまみれにしてやる!」


 それから小一時間ほどバルバラとゼリーを投げ合ったあと、疲れた体をひきずって、紫色の下地に虹色のゼリーでペイントされた工房の掃除をした。


 ・・・当然、嫌がるバルバラにも、しぶしぶ手伝わせた。

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