第22話 杖術の続き
「ふっ、はっ、ふん!」
「ふん。少しはやるようになったね、だが…まだ甘い!」
「ぬうぉ!?」
右から、左から、上から襲い掛かるバルバラの杖を自分の杖でさばくことができたが、下からのすくい上げが目の前を通り過ぎる。
「へへっ、危ねぇ危ねっ…うぐっ!?」
「油断大敵、連撃を切り抜けて気を抜いた瞬間が危ないんだよ」
すくい上げた杖の頭が通り過ぎたと思ったら、杖の先での突きが鳩尾に突き刺さった。
「くぅう、あんなの反則だろ。どうやって避ければいいんだよ」
「気合いだよ!」
「ぐあっ!気合いで避けれるかっ。少しは休ませろ!この魔女ばばぁ!」
「ばばぁじゃない、あたしゃバルバラだよ!」
しゃべりながらでも恐ろしい速さの打撃、突き、薙ぎ払いと、攻撃を繰り出してくる。
「ちょ、速い、速いぃうぁあぁぐっ!」
「ほーれほれ、どこ見てんだいこのスカポンタン!」
「どこって、速すぎて見えないんだって!」
杖の頭、先、柄の部分が次々と襲い掛かってきて、とてもじゃないが目で追えない。
「一部を見るんじゃない、全部を見るんだよ!」
「くっ!このっ!」
アドバイスにしたがってバルバラの杖、手、踏み込み、全体像を視界に入れてみると、少しだけ動きが見えるようになった。
「そうさ、できるじゃないか。けど目だけに頼るんじゃないよ。気配、風の流れ、全部を感じるんだ」
「感じろって言われても、どうやってっ」
「ヒゲで分かるだろ!」
「俺にはヒゲは無いっての!」
「無いなら生やしなっ」
「急に生やせるかっ!」
無茶を言うバルバラの攻撃を何度かは受けて、避けて、しのいだが、
「うぐぅあ痛ぁあぁぁ、ぅおぉおぉぉ!」
見えない角度からの振り下ろしを頭にくらい、転げまわる。
「これ全部避けれるようにならなけりゃあ、次は教えてやらないよ。ルイ、休憩だ。茶を入れな」
「この鬼ババめぇ」
「
「茶だな、今すぐ美味いの淹れてやるから覚悟しろ」
俺が涙目になりながら立ち上がり、そう言うと、バルバラはため息をつきながら回復してくれた。
・・・
「今日は河原へ行くから、そのつもりでいな」
「釣りか?」
「馬鹿言ってんじゃない、杖術の訓練だよ」
訓練を始めて1年ほど経った頃、バルバラが河原へ行くと言い出した。理由は分からなかったが、とりあえず弁当と…釣り竿も持っていっとくか。
「あんた、その荷物は何だい?」
「いや、せっかくだから。バルバラと釣りも長いこと行ってないだろ?」
「遊びに行くんじゃあ…まあいい。時間もあるだろうよ」
ほどなく、いつも洗濯している小川に行きあたるが、
「今日はもう少し上流へいくよ」
バルバラはそう言って、川沿いに上流へと歩いていく。冬の終わり、けれど春はまだ遠いといった季節で、森の空気と川の空気が入り混じって鼻を抜けていくのが冷たい。道はなだらかな上りになっていて、歩き進むにつれて川辺の風景は、大きめの石が転がっていたのが徐々に岩と呼べるくらいの大きさになっていった。
「そろそろ良いかね」
バルバラがそう言って立ち止まった場所には、クヌを少し大きくしたくらいのサイズの岩が川の流れにドンと寄り添っていた。あれは大クヌ岩と名付けよう。周囲には大クヌ岩と同じくらいの岩や、それよりも小さめの物など大小様々な岩が散らばっている。
「あんたも受けたり避けたりは多少できるようになったし、型もそれなりの見栄えにはなった。今日から攻撃の訓練を始めるよ」
この1年、防御が疎かになるという理由で一切攻撃は教えてもらえなかった。やっと始まるという思いと、今まで許されなかったことが許されるという不安が入り混じった、不思議な感覚に襲われて少し震えた。
「杖術の攻撃で重要なのは、相手のどこを攻撃するか、その見極めだ。剣なんかの斬撃を与える武器は線で攻撃できる。だが杖での有効な攻撃である打撃も刺突も点だからね。相手のどこを攻撃すればいいのか知り、考え、判断しなきゃならない。槍や矢も点の武器だが、あれらは突き刺して傷を与えることができる。だが杖は違うんだ。傷を与えない攻撃といえばハ…」
「ハンマーだな!」
やや食い気味にかぶせてしまったが、ハンマーと杖には共通点が多い。杖の先をデカくしたらハンマーっぽいしな。もう杖もハンマーにカウントしていいかもしれない。まあ敢えて違う点を挙げるならば、ハンマーは杖よりも打撃に特化している。その形状から、持ち手の先端で突いたり、柄で薙ぎ払うという動きには不向きだ。
「…まぁそうだ。あれは点というより面だがね。大型モンスター相手なら点みたいなもんだから共通点もあるが、それは置いておこう。さて生き物であれば共通の弱点ってもんがある。どこか分かるかい?」
「目とかの急所か?」
「あぁ。だがもう少し狙いやすいところがあるねぇ。例えばここさ」
「んっ!…え!?」
バルバラが杖で無造作に俺の肩を突く。と、コキッと音がして左腕が垂れ下がった。
「腕が、抜けた?」
「そうさ。正確な知識と精密な打撃や刺突があれば、大した力も無しで相手を無力化することができるんだよ。生き物は目を狙われれば反射的に避ける。だが関節は一段階警戒レベルが落ちるし、胴体に近い関節なんかは案外避けにくいもんだからね」
「それは分かったから、とりあえず治してくれ…っていだだだだ引っ張んな引っ張んなって!」
バルバラが俺の腕を雑に引っ張り、肩をはめた。そんな動きなのに一度で正確に肩をはめる技術もちょっとおかしいが。何事も無かったかのように話を続ける。
「引っ張んなきゃ入らないだろ。さて、これからやるのは正確な打撃、刺突の訓練だ。それができなきゃ、いくら相手の弱点を知ってても意味がないからね。この辺りの石を突いたり叩いたりして回りな。ある程度正確な攻撃ができるようになったら、今度はあたしが投げる石を正確に攻撃する。それもできるようになったら、岩も砕けるようになるよ」
「岩を?杖で?冗談言うなよ。ハンマーじゃあるまいし、杖で岩が砕けるんなら、俺の頭はとっくの昔に粉末状になってるだろ」
そう言って笑う俺の前を黙って横切って、バルバラがちょっと離れた場所にあった一抱えはある岩に杖を振り下ろした。
(コンッ)
(…ビシッ…ゴトッ)
「…ェ?」
全く力を入れていないような振り下ろしの一撃で、岩にヒビが入り、二つに割れた。目の前で起きたことなのに、信じられない。というか、
「バルバラ!お前こんな攻撃力の杖で俺の頭をコンコンしてたのか!」
「杖の攻撃力じゃないよ。岩の弱点を見極めて、そこを正確に叩いたんだ。技術といった方がいいだろうね。あんたが何の心配をしてるのか分からないけど、それ以上頭が悪くなることは無いから、心配をするんじゃないよ」
「生暖かい笑顔で優しそうな声を出すな」
滅多に見ないほどの優しい笑顔だが、言ってる内容が最悪だ。
「さ、分かっただろ。おしゃべりはここまでだ。さっさと始めな」
ちょっと到達できる自信は無いが、目標としては充分高いものを見せてもらえた。少しでも近づけるように、頑張ってみよう。打撃、突きの基本と訓練方法を教えられて河原の石を突き始めた俺の横で、大クヌ岩に座りこんだバルバラが釣りを始めた。
結局やるんじゃないか、釣り。後で俺も合流しよう。
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