第5話 シンアル

「おや?こんなところで何をしているのかな?」


 彼はそう言って、人の好さそうな表情を浮かべている。突然の出会いに言葉を失ってしまった俺のことをどう思ったのか、しばらく待ってからこう続けた。


「もしかして迷子かな?ちょうど私もここを出るところだから、付いてきなさい」

「あ…はい。ありがとうございます」


 反射的にお礼を言ったが、たぶん通じたのだろう。先程よりも柔らかな笑みを浮かべてうなずいた。日本語を話しているようで、本当は違う言語なんだろうな。赤子から始まる転生ならまだしも、世界中の色んな言語を話す人が転移してくるとか、それどこのバベル?って話だ。


 男性に付いていこうと部屋から出た瞬間、眩しさで少し目がくらんだ。彼は明るい場所で俺の姿を確認した瞬間、少し動揺したようだ。すぐに気を取り直したのか、じきに慣れるよ、といいながらゆっくりと歩き出す。その挙動に少し疑問を感じつつ、あとを追ってゆっくりと歩き出すと徐々に目も慣れてきた。


 先程の部屋は中庭に面していたようだ。庭をぐるりと囲むように配置された回廊を男性に続いて歩いていく。回廊の途中に部屋の入口らしきものがいくつかあるが、室内の方が暗いため、中の様子は分からない。気にはなるが、今は彼から離れるわけにはいかなさそうだ。


 改めて前を歩く男性を見てみると、ゆったりとした上下ひとつなぎの服を着ている。友人の結婚式で見た神父さんがこんな格好だったから、聖職者的な職業の人なのかもしれない。鼻の下に少し髭をたくわえていて、いかにも優しそうなおじさんといった雰囲気をまとっている。


 前世なら知らないおじさんについていくなんてことはしないが、ここは異世界。付いていかなかったとしても何をすれば良いか分からないし、周囲の光景にもまだ少し現実味が感じられないため、警戒心もあまり起きない。


 歩き進むうちに、正面から二人連れが近づいてきた。戦士と魔法使い風の格好で、二人とも、俺がここに飛ばされる瞬間にエリエルが手にしていたのとよく似た腕輪をしている。


「迷える子羊を捜せって、変わったクエストだよな」

「個人依頼ならまだしも、緊急クエストですからね。新しいキャンペーンか何かでしょうか」


 クエストとかキャンペーンとか話をしているということは冒険者、しかも転生者なんだろうな。


「私の名前はシンアル。君のお名前は?」


 すれ違い、遠ざかりつつある二人組の話を聞くともなしに聞いていたら、先導してくれていた男性が話しかけてきた。シンアルという名前らしい。俺の容姿から子供と判断してるんだろうけど、物腰や自分から名乗る姿勢から、誠実な人であることがうかがえる。


「…るい…です」


 貴族だけが苗字があるとか、ややこしい事情とかもあるかもしれない。シンアルも名前だけ名乗ったっぽいし、とりあえず自分も名前だけ名乗っておくことにした。


「そうか、ルイというのだね。はじめまして。それで?どうしてあんなところに居たのかな?」

「気が付いたら、あそこに居ました」


 この質問は本当に困る。気が付いたらあそこにいたのは事実だけど、この答えでは納得してもらえないだろうし。


「この教会には、お父さんやお母さんと一緒に?それとも別の人とかな?」

「一人です。お父さんも、お母さんも(この世界には)いません」


 両親は俺が小さいころに、向こうの世界で亡くなった。今回の天災とは関係ないので、この世界には来てないだろう。ついでにここが教会だと判明。


「そうか…そうか…」

「えぇ!?大丈夫ですか?」


 シンアルがうなずきながら目頭を手で押さえたかと思うと、突然泣き出した。どこかが痛むとか苦しそうとかいう感じではないが、対処に困るから勘弁してくれ!


「あぁ。大丈夫だ。うん。大丈夫、私に任せなさい。これもきっと女神さまの思し召しだろう。幸い、知り合いに身寄りのない子を預かってくれそうなのがいる。とても優しい人だから、安心しなさい」


 ん?何か誤解されてないか?捨てられたとか、孤児が迷い込んだ的な勘違い?


「あの…」

「あぁそうそう、あの部屋は”転生者”が急に現れる”女神の間”と呼ばれる部屋でね。我々”地元民”はあまり入らないほうがいい部屋だ。今日はたまたま王族のお姫様が視察に来るとかで、珍しく衛兵が席を外していたようだが。見つかると怒られるから、気を付けるんだよ」


 誤解を解こうと思ったのだが、話題が変わってしまった。まぁこの世界的に孤児というか、向こうの世界から捨てられてきたというか、大した差は無いから誤解されたままでもいいんだけど。それよりも、だ。


「転生者って?」

「おや、知らなかったかい?転生者とは異世界からやってくる人たちのことだよ。元々この世界で暮らしていた私たち地元民と区別するために、そう呼んでいるんだ。街を歩いている人たちの中で、同じ腕輪をしている人を見かけたことはないかな?転生者は何故か皆、同じ腕輪をしていて、決して外れることは無いそうだ。だから、見た目ですぐに転生者だと分かるんだよ」


 右手を見る。左手を見る。うん、これ、あれだ。分かった。エリエルのやつ、どうやらとんでもないものを渡し忘れたっぽいな。腕輪が無ければ転生者認定されないってことに、どんな不都合があるかは分からないけど、たぶん”やっばーい”じゃ済まないレベルだと思う。


「地元民が腕輪を手に入れる方法は無いのですか?」

「いやー聞いたことないねぇ。転生者はあの腕輪から”イベントのお知らせが聞こえてくる”とか”特殊なクエストが配信されてくる”とか言っているらしいけど、私たち地元民にはよく分からない話だし。だからそもそも、私も君も手に入れる必要は無いさ!」


 って、良い笑顔で教えてくれるが、俺は無いと困る!困るんだよ!しかもさらっと地元民扱いされてるし!このままだと転生者として大冒険とかじゃなくて、地元民としてごくごく普通の人生を送ることに…いや、それはそれでアリなのか?

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