第2話 とりあえず異世界行っとく?


 気が付くと白を基調とした空間に立っていた。全身で感じていた倦怠感はどこかに消え失せ、普段通りに立っていても苦しくない。


 あまりの急展開に頭が追いつかず思考停止していたが、気持ちが落ち着くにつれて徐々に周囲の状況が視界に入り始め、それと共に疑問がわいてきた。


「ここは…?」


 最後の記憶は階段から落ちたところまで。あの状況から考えればここは夢の中か、死後の世界か。


 やや離れた場所に長机が一つ。受付と書かれた用紙が雑な感じで貼り付けられている。机の向こうには白い翼の天使が座って……いるのだが、一昔前に流行ったガングロ?山姥?とまではいかないが充分に小麦肌で化粧は濃いめの、いわゆるギャルといった雰囲気だ。


 うつむき加減でタブレット端末のようなものを操作するのに夢中で、こちらのことにも気づいていない。天使が目の前にいる時点で、死後の世界説が濃厚になりつつある。いや、夢の中に天使が現れたという説にも可能性が?


「あの……すみません」

「えっ?あれ?アンタ誰?」

「いや、誰と言われても返答に困るのですが。階段から落ちて、気を失って、気が付いたらここに立ってました」


「階段から……落ちて?ここは今年の災害で亡くなった人の魂を異世界に案内する受付だよ?一般の人は来れないハズなんだけど?」

「あ、一応、流行り病にはかかりました。けど何とか回復して、飯を買いに行こうとしたら階段から……ていうか、魂?やっぱ俺、死んだ?」

「そうそう。ここに居る時点で、ね?」


 どうやら死後の世界で確定してしまったようだ。あまりに現実味が無さ過ぎて実感がわかないせいか、悔しいとも悲しいとも思わず、ただ呆然としてしまう。


「けど、何でだろう。受付は全員分終わったから、片付けまで座ってるだけでいいって言ってたのに」

「受付終了って、どういうことですか?」


「今年は災害続きでたくさんの人が亡くなったでしょ?天界的にもイレギュラーでさ。魂が多過ぎて、さばききれなくなっちゃったの。だからといって放っておくわけにもいかないし?そんな時に女神さまがー、可哀そうだから地上で流行りの異世界転生とかさせちゃおうとか言いだしちゃってさ。本来の寿命の分くらいは幸せに生きてほしいとか、その世界で生を楽しんでから順番に天界に戻ってくればいいとか言ってー、はりきっちゃって。」


 何だか深刻な事態なのに、この娘が言うと軽く感じられるな。前向きな感じで嫌いじゃないけど。


「ということは、災害がきっかけだったり、流行した病で病死した人は、みんなこの受付を通って異世界に転生したってことですか」

「そそ。転生っていうより転移に近いけどね。女神さまの用意した世界とはいえ、突然前世の記憶を持った赤子が大量に生まれるのって大変じゃん?」


 確かに。どんな世界かは知らないが軽くホラーだ。世のお父さんお母さんがたはとても戸惑うことだろう。いやむしろそんなに多かったら、え?おたくのお子さんも?とかいって受け入れられやすいかも?


「まぁそれはいいとして、俺も一応病気にはかかったんですが。最後の記憶が階段落ちなので、死因がどっちかは分かりませんけど」

「んー。病気で亡くなった人の手続きも終わったはずなんだけど。関連死っていうの?病気で亡くなったわけじゃないから、遅れてここに来たとか?」


「いや、それは俺には分からないんですが」

「あ、ゴメンね。アタシも担当じゃないから良くわからなくって。今は担当の娘が一段落したからってトイレ休憩行ってて、代わりにここに座ってたの。タイミング悪かったねー」


 魂だけの存在になっても間の悪さはあいかわらずのようだ。しかし天使もトイレに行くの?割と衝撃なんだが。それはともかく、けらけらと笑ってる姿が可愛くて怒るに怒れないが、わりと大変な状況じゃないのか?これ。


「何か手違いが起きてるみたいですけど、俺はどうなるんですか?」

「一応は関係者なんだから、とりま同じ世界に転生しといたらいいんじゃね?」

「軽いな、オイ」


 ギャル天使のノリに思わずツッコんでしまったわけだが。本来の寿命の分くらいは幸せに生きてほしいとか、生を楽しんでからとか女神さまが言ってたということは、転生先は悪い世界ではなさそうだ。


 何より異世界転生。流行りのピークは過ぎたかもしれないが、まだまだ人気がある。本屋にずらりと並んだタイトルに心をひかれるも、どうも流行りものを敬遠してしまう性格から手がでなかった。まさか読む前に自分で体験することになるとは思わなかったが。


「手続きとかって難しくないから、アタシでもできるよ。どうする?行っとく?」


 一本いっとく?とか一狩りいっとく?みたいな軽いノリで言われて。


 他に選択肢があるんじゃないかとかもあまり考えず。


「じゃあ、行く」


 と答えてしまったのだった。

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