周回遅れの異世界転生

夏ノ祭

第1章 冒険者準備中

第1話 揺らすなよ、とは言ってない

 天災の多い年だった。国の内外問わず地震、ハリケーン、集中豪雨などが発生し、多くの人が命を落とした。そこに、病気の流行も重なった。古くから、病気の流行がたびたび起こったと学校で学んだが、その多くは限定的で、局所的で。まさか医療の発達した現代においてパンデミックが起こるなんて、想像もしなかった。


 ニュースで知った遠い国の病気は、瞬く間に身近なものとなり、まるで映画のような混乱をごく身近なものにするとともに、多くの人々の命をあっという間に奪っていった。新規感染者もほぼ0になり、有効な治療薬が開発され、さぁこれで多くの命が助かる、という時になって、俺は発症した。


 昔から、間が悪いと言われてきた。何かしようとすると、どうもタイミングを外してしまう。ラーメン屋に並べば自分の前でスープが切れ、自販機に並べば飲みたいと思っていたものがちょうど前の人で売り切れる。


 人と話をしている時は、みんなの話を聞き終わって、さぁ自分が話そうと思ったタイミングで休憩時間が終わったりするし、20%オフで少しお高めの服を買えたと幸せな気分になっていたら、翌日に70%オフになっているのを見かけて軽く絶望したりするのだ。あと少し早ければ、あと少し遅ければ、そんなことは日常茶飯事だった。


 今回はどうやら、もう少し遅ければ治療薬が間に合ったのに、というケースらしい。だがそこは体力があって持病も無い、働き盛りのアラサー男子。それなりに厳しい状況に追い込まれつつも、しぶとく耐え抜いた。薬は間に合わなかったが自力で何とか回復できたのだ。


「いくら間が悪いからって、さすがに命までとられるわけにはいかないよな…」


 自宅療養を続けてきたが、ようやく熱が下がったようだ。寝たきり生活が続いたため、筋力もだいぶ落ちている。体温計を机の上に置きに行くだけなのに、歩き方を忘れたレベルでふらつくし、水を飲もうと開けた冷蔵庫の扉があまりに重く感じてびっくりした。


「食料が底をついたな。買い出しが必要か」


 自炊派だったため、カップ麺などの保存食はあまり常備していなかった。一人暮らしが病気になると、こういう時に困る。汗臭くなったパジャマを脱ぎ捨て、溜まりにたまった洗濯カゴに放り込む。かろうじて残っていた最後のシャツとズボンに着替えて、でかけることにした。


 鍵を閉めてエレベータに向かうと、電光表示はちょうど1階に下りていくところだった。久しぶりに外に出たというのに、やっぱり間が悪い。ここは8階。下に向かったエレベータが人を乗せ、またここまで戻ってくるには少し時間がかかりそうだ。


「リハビリがてらに、階段で降りるか」


 少し足元がおぼつかないが、手すりを持てば大丈夫だろう。病院で診てもらわないと許可がおりないだろうけど、早いとこ職場にも復帰したいし、何よりこの筋力では生活に支障をきたす。せめて台所に立てるくらいには回復したいものだ。


 ぎくしゃくしながら階段を下りていく。手足に力が入らないだけではなく、関節もだいぶ硬くなっているようだ。


「押すなよー?絶対に押すなよー?」


 一昔前に流行った芸人さんのセリフが何となく思い出されて、ぼそぼそとつぶやく。明らかに病み上がりでそろそろと歩いている人を後ろから押す人はいないだろうけど、などと考えながらゆっくり進んでいたら、ふと目の前の光景が揺れ始めた。


「めまい…いや、地震か!」


 カタカタカタカタ、と小刻みに金属音が聞こえる。いくら間の悪い人生を送ってきたといっても、流石にこのタイミングは人生最悪だ!慌てて手すりに体重をかけ、寄り掛かるような体勢を取る。遠くで何かがぶつかる音、建物のきしみ、地響き、色々な音が徐々に強くなるのに併せて、体に感じる揺れも強くなる。身の危険を感じるほどではなかったため、早く収まってくれることをひたすら祈った。


 徐々にだが揺れは収まっていった。体に力が入らないので不安定な体勢のまま、遠ざかる音が完全に聞こえなくなるのを待った。揺れがおさまったことに安心して、息をつく。


「やれやれ。どうにかやり過ごすことができ…たっ!?」


 ドンッという衝撃を受けたと思った瞬間、急激に浮遊感を感じた。遅れて聞こえてきた地響きのような音を聞きながら、さっきの揺れは余震で、気を抜いた瞬間にやってきた強烈な本震によって階下に投げ出されたということに気づく。


 やけに長く感じる滞空時間に考えたのは、結局俺はどこまでいっても間が悪いってこと。地面にたたきつけられて暗転する意識の中で思ったのは、押すなよっていったけど揺らすなよとは言わなかったな、などというどうでもいい感想だった。

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