第3章-7

予想外の鉄扉の重たさに、恵太は手だけで開けることを諦め体ごともたれかかることにした。軽く手でなぞり、それほど埃が溜まっていないことを確かめると、一気に体重をかける。不意に扉は抵抗力を失くし、恵太はドアの向こうに転げ出そうになった。強い風を全身に受け、ドアの重みの正体に気づく。

「風すげえな」

 恵太の後に続いた竜海が、呑気な声を上げる。恵太は真っ先に柵に向かい、学校を見下ろせる位置を見つけた。学校の半分は建物で隠れるため、少しでも広く見下ろそうと思うと必然的に場所は限られる。唯が立っていた場所に、自分も今辿り着いたに違いなかった。

「アイツ、やっぱり意味わかんねえ」

 こうして足取りを追うと何か閃くかと思っていたが、甘かったと知る。分かったのはサボるための唯の異様な行動力と、屋上で酔っぱらっているという想像もしなかった目撃情報だ。自分が知っていたはずの唯の姿は全て嘘で、騙されていたのではないかと不安になってくる。

「やっぱ自殺なのかなー」

 学校を見つめたまま、風の音に紛れないよう声を張る。竜海は柵には寄ってこず、辺りを見回しながら答えた。

「分からんけど、そうなんじゃないか」

 もう何度繰り返しているか分からないやり取りでも、恵太には意味のあることだと信じたかった。願わくば、竜海も同じ気持ちであってほしいと思う。

「俺に言っても、どうせ分かんねえと思って黙って死んだのかな」

「そんな風に考えてもしょうがないだろ。もっと良いように考えろよ」

 地面に刻まれた溝の上を歩こうとしているらしく、竜海は両手でバランスをとってから答えた。

「俺、莉花の話を聞いて自殺じゃないんじゃないかって思ったんだけどさ、やっぱり自殺な気もしてきたんだよな。学校の奴らは俺ら以外無視して、学校サボって酒飲んで、急に都市伝説みたいなバンドの話に首突っ込んで、嫌いだって言ってる観覧車に乗って、次の日に何も言わないで死ぬ。意味分かんねえけど、やりたい放題なのが唯なのかもって気がしてきた」

 恵太が言い終わったところで、竜海は溝の端に着き、恵太から数歩離れた柵に手をかけた。

「お、ようやく新しい女を探しに行く決意ができたか?」

「なんでそうなるんだよ」

「疑問が解決したのかと思って。それなら次は新しい出会いに向けて進むのみだろう」

「お前、ブレないな」

 柵にもたれたくなったが、ズボンにいつのまにか白い筋が付いていることに気づいた。はたくと滲むように広がって薄れる。恨めしそうにその跡を見つめ、恵太は少し柵と体に隙間を作った。

「冗談だっての。好きな女に死なれたのに、平気で次に行ける奴は男と認めないからな」

「好きだったのかもよく分かんねえけど」

「ここまで来て、好きだったと認めない奴も男とは認めない」

 竜海に言い切られると、見た目だけは熱い体育会系部活のノリのようだった。恵太には苦手なむず痒さだ。さらにダメを押すように、竜海は続ける。

「葬式の時に泣いてた奴らより、恵太の方が唯のこと思ってるのは間違いないしな」

 馬鹿正直な言葉。恵太はむず痒さが増すばかりの気がして吹き出しそうになった。やめてくれ、そういう空気は苦手なんだ、と言えば竜海は余計に躍起になって逆効果だろう、と想像する。

「そうかもな」

 とだけ返しておいた。高く唸る風に、恵太は目を細める。

「それで、これからどうするんだよ。恵太がこの問題を解決してくれないと、俺も彼女作りづらいからな」

「作りづらいんじゃなくて、彼女できないだけだろ」

「ははは、その余裕、後悔しても知らんからな」

 二人にはスタートからゴールまで分かり切った、予定調和の会話。古典のような安心感に、恵太は後押しされた気がした。よし、と背中を伸ばしてコンクリートを踏みしめる。

「桜町通りに行く」

 唯の周りに浮かんでくる噂。莉花の話では、唯自身がたまに行くとも言っていたという場所。

酒とクスリ、桜町通り。恵太たち高校生にとっては、非合法のものという意味で共通点があった。桜町通りがどんなところか知らなくとも、連想される構図は誰もそう変わらない。真っ先にエロとキケンが思い浮かぶ場所。追うほどに謎を振りまいていく唯の背中が、その町で見え隠れしている。行けるところまで行くしかないと、恵太は腹を括った。

「なんか、姫を助けに行く主人公みたいだな。いいぞ恵太、ボスを倒せ、姫をさらえ」

 取って付けた役のように拳を突き上げる竜海を、船出を見送る群衆の一人みたいだ、と恵太は思った。

「姫もう死んでるけどな」

 とんだ自虐だと、言いながら思う。

「そんなこと言うぐらいなら、姫を助けるのかさらうのかどっちかにしろよ、ぐらいのツッコミが欲しいところだ」

 意地でも湿っぽい話にさせないと言いたげに、竜海は強く胸を叩いた。叩いた手を胸に置いたまま、思い出したように「って言っても」と呟く。

「桜町通りってヤバイ感じしかしないな。実際のところ、行ってどうするつもりなんだ?」

「そりゃ、行ってから考えるんだよ。歩いてたらなんか見つかるかもしれないだろ」

 一転して竜海は、顎髭でもさするかのように顔をさすって思案している。押しきるように、恵太は言葉を続けた。

「聞き込み調査とかさ、ビラ配りとか」

 いくらでもあると思った案は、それ以上続かなかった。竜海の口が動くのが見え、開きかけたところを塞いでやりたくなった。恐らく竜海が言おうとしていることを、恵太自身も知っている。

「そりゃ、ノープランすぎる」

 やはり予想通りの言葉だったので、塞いでやればよかったと思う。特に反論もない。

「ノープランでも、唯の情報で残ってるのってそれぐらいだろ」

「そうかもしれんが、それだけじゃダメだろ。あんなところで聞き込みなんかしてたら、いよいよ事件にでも巻き込まれそうだ」

「お前、桜町通りに行ったことあるか?」

「いや、無い」

 恵太は項垂れ、視線を落とした先の地面へ吸い込まれそうな気がした。不快な浮遊感を振り払うように頭を振る。恵太自身も行ったことが無い場所だ。役立たず、と竜海と自分自身を呪う。

「仕方ないな。つーか、それしかない気はしてたんだけどさ」

「なんのことだ?」

 一息分、もったいつけてから答えを告げた。

「最終手段があるんだよ。胡散臭いけど」

 胡散臭い通りには、胡散臭い女で対抗しよう。そんな理屈を導き出すまでもなく、あの幽霊女のことが頭にまとわりついていた。

『私の力が必要でしょ?』そんな声が、耳元から聞こえてくる気さえする。望むところ、と恵太は幽霊の声に心の中で返した。

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