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「ミステリー好きが嫌い? 何言ってるんだ? ミステリーが好きだからここに来たんじゃないの?」

「違うわ。私がここに来たのはいわゆる復讐のためよ」


 復讐。ミステリー小説では定番の動機であり言葉。実際にこの耳で聞く日が来るとは。


 しかし、復讐という言葉を使った以上、長澤さんは自分が犯人と認めた事になる。この不知火館で起きた殺人事件の犯人は私だと。そして、長澤さん自ら犯行の経緯を話し始めた。


「前に言った事、覚えてる? 私が不幸体質だって」

「ああ。学校で物を隠されたり車に轢かれそうになったりとか」

「そう。二人はいじめだとか可哀想と言ってくれてたけど、私にとってはどうでもいい、些細な事だった」

「そんな意地を張らなくても」

「意地? 意地でもなんでもないわ。私の父に比べたらね」

「父親?」


 父親。復讐。館という状況。もしや……。


 登場しない父親の存在。復讐という目的。そして。これだけのピースが揃っているなら答えは一つしかない。


「まさか不知火館の当主、諸星謙一郎は長澤さんのお父さん!?」

「は? 全然違うわ。赤の他人よ」


 あっれ〜!? この流れはその答えじゃないの!? 恥ずかし!


「私の父は大のミステリー好きだったの。マニアなんて呼ぶのが生易しいぐらいの、ミステリーに陶酔した人間だった」

「へー。じゃあ、愛唯ちゃんのミステリー好きはそのお父さんの影響?」

「ミステリー好き? あはっ。あんな馬鹿げた物語を、家族を崩壊させた物を好きになるわけないでしょ」


 家族を崩壊させただって? ミステリーが?


「今言ったように、父はミステリーに陶酔していた。新刊が出ればすぐに買い、あらゆるイベントに参加し、オークションで物語に出るような品が出れば飛びついた」

「別に何もおかしくなくないか? ミステリー好きが趣味としてやる分には」

「趣味? 借金をしてでもティーポットやパイプを集め、その集めたコレクションに指一本でも触れれば喚き怒鳴り殴り蹴り、借金を返すために家族の体を売ろうとまでする行為が趣味なの?」

「……は?」


 唖然とした。あまりの内容にさすがの大輔も口が塞がらないでいた。


「ただ小説の中、架空の世界でしか登場しない探偵の帽子が何で何百万も出す? ただモデルになっただけで事件なんて起きてない外国の建物を見るためだけに何十万の旅費を払う? 実際に使われたわけでもない、ただ似ているという理由だけで近所の雑貨屋で数百円程度で買えそうなナイフをオークションで数万円で買う?」


 次々と吐かれる長澤さんの経験談がまるで架空の物語のように聞こえた。イメージをし易くも現実としてはかけ離れた小説のように。


「ただのサラリーマンの給料なんてたかが知れてる。返済なんて追い付かない。にも関わらず父は借金に借金を重ねコレクションを続けた。その結果、私を売ろうとしたわ。中一の時にね」

「娘を売るって……大事な娘を汚すようなマネを親がしようとしたなんて」

「汚す? ああ、そっちじゃないわ。体を売る方がまだマシだったわ。父がしようとしたのは臓器売買よ」

「はぁぁぁ!?」

「臓器売買!?」


 言葉は知っていても縁のない言葉、平凡な日常を送っていれば口にすることも関わる事もないはずの言葉。それがまた長澤さんの口から飛び出した。


「すでに父は自分の肝臓を売っていたわ。それでも膨らむ借金に今度は私の臓器を売ろうとした。若い子の臓器は高値で売れる、と意気揚々とね」


 これは夢の中だろうか。実は僕の本体はまだベッドで横たわり朝を迎えようとしているのではないか。過去に読んだミステリーの内容が記憶の底から呼び出され、こんな話が紡がれているのでは。そんな疑いが浮かぶほど現実離れしている。


「当然、私は逃げた。雨の降る寒い日だった。肌に当たる雨粒が何も感じられないくらい、必死に逃げた。追い掛けてくる父がまるで悪魔に見えたわ。赤信号なんて気付かず交差点を渡り、私を追った父は車に撥ねられ死んだわ」


 手を広げ、空を見上げた長澤さんは笑った。


「さいっっっこうだったわ! 悪魔の死。そして悪夢からの解放。背中に翼が生えて飛べるんじゃないかってぐらい清々しく歓喜に震えた。あの日の事は生涯忘れない。でも……」


 一変。今度は怒りに満ち溢れた。


「やっと解放されたと思ったのに、あの父のミステリーの悪夢は私の体の、心の奥底まで染み付いてた。ミステリーと聞けば拒絶反応で全身に痛みが走り、心臓が押し潰されそうになり、何度も吐いた。まるで呪いよ!」


 頭を抱え、叫び、掻き毟り、息を荒げる。綺麗だったはずの白い腕に爪が食い込み、血が線となって現れた。


「何でまだ苦しむの! 何で当の本人がいなくなったのに解放されないの! 私が何をしたの! 私の罪は何よ!」

「罪はないな。愛唯ちゃんは何も悪くない」


 さらっと大輔は保護する。ただ、その台詞には何も感情が込められていないようにも聞こえた。


「この苦しみはいつまでも続く? どうしたら父の呪いから逃げられる? 自分の手で父を殺す? でもその父はもういない。じゃあどうすれば? 私は必死に考えた。そして、一つの答えを導いた」

「まさか、それが今回の事件だって言うの?」

「そうよ。ミステリーが好きだという人種を貶める。父のような同種の人間を地獄のドン底まで落とす事。ミステリーなんて物語にのめり込んだ人間に、そのミステリーが生む本当の地獄を味わせる。この館を買ってまでイベントを開催した諸星謙一郎なんて瓜二つ。その自分のイベントで本物の殺人事件なんて起きたらどう思う? それが私が思い付いた復讐」

「復讐って大層な言葉使ってるけど、それってつまりただの八つ当たりだよね?」


 表現! 大輔、言葉を選べ! 逆撫でするような事するな!


「八つ当たり……そうね、八つ当たり。そっちの方が当て嵌まるかも。でも、それでも諸星謙一郎が無関係とは言えないのよ」

「どういう意味だよ?」


 大輔の言葉に噛みつきはしなかったことにホッ、とするのも束の間、無関係ではないという台詞に引っ掛かる。


「諸星謙一郎と父は間接的に繋がりがあるからよ」

「間接的?」

「本人達は面識はないわ。でも、共通の繋がりがあるの」

「繋がり?」

「二人は別人。でも、内面では同一人物と言えるわ」

「……また始まった。ミステリーあるあるのまどろっこしい言い回し。スパンと結論出してくれよ。雄吉、どういう意味だ?」


 唸る大輔。でも、僕には長澤さんの言いたい事が分かった。今度ばかりは外れではない。確信とも言える絶対的な事実。


「二人の共通点はミステリーが好きで、大金を払ってまでコレクションを集めていた事」

「今聞いたからそれは分かる。俺が聞きたいのは愛唯ちゃんの父親と諸星謙一郎が何故無関係じゃないのかだよ」

「その共通点が今回の事件と二人を結んでるんだ。コレクション。それが答えだ」

「いや、分かんねぇよ。収集家だから何だって言うんだよ」

「コレクションといってもナイフや衣服といった小物だけじゃない。建造物だってその対象だ」

「建造物……はっ? 嘘だろ?」


 僕と大輔はゆっくり振り向いた。


「ミステリー好きなら誰だって憧れる。この不知火館も長澤さんのお父さんが集めていたコレクションの一つだったんだ」


 

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