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 わざと痕跡を残したり新たな痕跡を作ることで探偵を間違った真相へと導くミスリードという言葉があるが、今回の事件はそのミスリードとは大きく違う。ミステリーを熟知しているがために自らミスリードを引き起こした。ミステリーという世界が好きだからこそ陥ったリード。云わば


 ミステリーを読めば読むほど知識が蓄積され、いわゆる形という物が見えてくる。事件が起き、今後どう展開が発展していくのか。連続殺人なのか、それとも単体のトリック解明なのか。読むミステリーが多ければ多いほど先読みのようなものが出来る。


 殺害方法だってそうだ。首を絞める絞殺でも首にある鬱血の痕や角度によって吊るして絞めたのか、背負って絞めたのか。その一つから犯人への導きを手に入れられる。どくしゃはそれを一字一句漏らさぬよう読み解いてページを捲るのが好きなのだ。


 だからだろう、ミステリーではこの展開はこう発展していく。この殺害方法ならこういった部分が解決の重要事項になってくる。何が重要で何に目を向けるべきなのか。僕は自然に頭の中で次のステップを構築していた。


 バラバラ殺人。それを目の当たりにした僕は何の違和感もなく証拠隠滅という道へと推理を進めていた。。まさかそれが行き止まり確定の道とも知らずに。


 僕が解けず、大輔だけが謎を解けたのもこれなら頷ける。なぜなら、ミステリー小説を全く読まないのだから。謎解き、トリックに疎く、知識もない。だからこのミステリーリードに唯一陥ることなく真相に辿り着けたのだ。


「時間と労力はたしかに雄吉の言う通り割に合わないかもしれないけど、だからって禁止なわけじゃないんだろ?」


 大輔の質問に長澤さんはまだ無言のまま。彼女もまさか大輔が、と信じられないのだろう。目は大輔に向いててもその目はきっと別の何かを見ているに違いない。


「大輔。お前はスゴイよ」

「そうか? 俺は思った事をそのまま言っただけだ」

「いや、その思い付きがスゴイんだよ。僕には無理だった」


 ふー、っと息を吐く。悔しい。いや、安堵なのか。ずっと体に溜まっていた何かが溜息と共に全て吐き出されたようだ。体が軽い。


 もう僕が何かを言う事はない。いや、言う資格もない。事件を解いたのは大輔だ。大輔が幕を降ろすべきだ。


「大輔、証拠を出してくれ」

「証拠? 何それ?」

「長澤さんが犯人という証拠だよ。推理の八割は完璧だ。後は証拠さえ揃えば全部終わりだ」

「んなもんねぇよ」

「そうか。ないのか」

「ない」

「……は?」


 ……えええ!? ないの!? この流れで!? これがその証拠、って見せつけて追い込む見せ場でしょ?


「いや、何でないの!?」

「証拠ってあれだろ? 指紋とか殺害現場に犯人の持ち物があったとか」

「そうだよ! それ!」

「いや、ねぇよ」

「何でだよ! そこまで推理出来て肝心の証拠なし!?」

「だって俺、殺害現場になんか行ってねぇし」

「なら今から行くぞ!」

「嫌だよ、めんどくせぇ」

「めんどくせぇ!?」

「そんなもんに時間費やすならスマホゲームのイベントガチャやった方が断然マシ」


 超超超重要な証拠探しをめんどくせぇ!? スマホゲームのガチャより劣る!? コイツマジか!?


 必死で説得する。けど、大輔は何故か首を立てに振らない。何故かもうやりきったような顔でいる。どこをどう考えたらそんな終わった感が出せるのだろうか。


 推理はするけど証拠提示はしない探偵なんて見たことも聞いたこともない。結末は目の前だ。あともう一歩踏み越えれば幕は降りるというのに。これでは犯人の長澤さんがいくらでも言い逃れ出来てしまうではないか。


「証拠がないんじゃ私が犯人とは断定出来ないわね。私を捕まえることは出来ないわ」


 ほら見ろ。こうなるじゃないか。


「捕まえる? 誰が?」

「誰って、萩原君が」

「何で俺が愛唯ちゃん捕まえなきゃならないの?」


 本当に意味不明という顔で投げ返した大輔。


「だって、殺人犯という犯罪者が目の前にいるかもなのに何もしないの?」

「いや、俺は別に警察じゃないし。ただの高校生」

「拘束とかしないの? 逃げるかもしれないよ?」

「拘束する権利は俺にはないし、逃げたって顔割れてるんだからすぐ捕まるでしょ」

「私が今二人をここで殺すと言っても?」

「殺す気があるなら今頃殺されてるでしょ。刺したりする時間はいくらでもあったんだから。んな呑気に俺の話に付き合う必要がない。むしろ俺から質問したい」

「何?」

?」


 サァァァ、と庭の花々が優しく風に揺れた。まるで泣き続ける子供に何故泣いているのかを促す母親のように。


「今言ったみたいに、もし俺等を邪魔と思っているんなら今頃殺されてあの世だよ。でも、俺等はまだ生きてる。ずっと話に耳を傾けてた。何で?」

「何でって……私が犯人なんて言うからその推理に興味が出たからで」

「興味持つ理由は? 犯人にとって自分が犯人と知られた相手は障害でしかない。早急に消すべき対象。そうだったよな、雄吉?」


 頷く僕。犯人にとって自分の犯罪は誰にも知られたくない。その秘密を持った相手を生かすのはデメリットでしかない。


「それなのに愛唯ちゃんはずっと話を聞いてただけ。何もしない。今日まで自分が犯人だと白状せず隠してたわけだから公にするわけでもない。自分の犯行を隠しててバレそうになっても行動をしない。矛盾してない?」

「そ、それは……」

「いや、よく考えろよ大輔。ここで僕等を殺したらそれこそ自分が事件の犯人だって教えるようなもんだろ。外にいるのは僕等三人だけなんだから」

「何で? この事件の犯人は小野さんって話がついてるじゃん。ここで仮に俺等が殺されても別物として見られるんじゃねえの?」


 決着がついてるからこそできないんだよ。わざわざ事件をまた起こしたら関連してるんじゃないかって誰だって疑う。


「そんなことしたら全て泡に帰すぞ」

「泡に帰す? 何が?」

「何がっ、て……これまでの犯罪計画が無駄になるって事さ」


 草薙さんは突発だとしても、東郷要の殺人は目的であったのは間違いない。小野さんをスケープゴートに仕立て上げたのもそのためだ。そうでなければ階段の足場を崩すなんて事はしない。自分の罪をバレないように隠す。それが犯罪計画というものだ。


「犯罪計画が無駄になる、ね。じゃあ、聞くけど雄吉」

「何だよ?」

「目標の殺害と犯罪計画。犯罪者にとってどっちが大事なんだ?」

「どっちもだよ」


 僕は即答する。


 犯罪計画は円滑に、そして自分の犯罪を隠すために立てるもの。どんな些細な手掛りも残さないよう緻密に練りに練り上げる。ここに綻びがあっては成功するものも成功しない。犯罪者にとってとても大事なものだ。


 しかし、計画は目的がなければ立てられない。その目的とは人の殺害。誰かの命を絶やす事。それが絶対条件であり犯罪者の行動の原点なのだ。


 どちらが大事なのか。それは愚問と言える。どちらも大事だ。わざわざ天秤に掛ける必要もない。


「へー、どっちも大事なのか。じゃあ、?」


 今度は即答出来なかった。


 大輔の推理はおそらく真実を突いている。長澤さんにとって脅威でしかない。それを見抜いた大輔はもちろん、一緒にいる僕も邪魔者でしかなく焦っているはずだ。


 でも、長澤さんは僕等に襲い掛かるわけでもなく静かに話を聞いていた。今僕等を殺すという愚かな行為はしないまでも、きっぱり否定して館に戻り僕等を消す算段を立てる事も出来たはず。けど、長澤さんは文字通り何もしていない。


 障害となる僕等を目の前にして、長澤さんは何故何も行動を起こさないのか。


「愛唯ちゃんは何も行動をしないんじゃなくて、本当は待ってるんじゃないの? 誰かが自分に歩み寄って来れるのを」


 歩み寄る? まるで助けを求めているような言い草だな。


 僕は長澤さんに目を向ける。すると、顔を伏せている姿が映った。髪の毛の隙間から見える口元は食い縛り、両の拳は強く握りしめられていた。


 まさか、大輔の言う事は図星なのか。


 先程まで毅然としていた長澤さんが、今はか弱い女の子に見える。少し強く抱き締めたら折れてしまうぐらい、とても小さく見えた。助けを求めているなら差し伸べたい。


 僕は自然と、無意識に長澤さんの肩へ手を伸ばし触れようとした。その時。


 ――バシッ。


 長澤さんの手が僕の手を弾き返した。


「……触らないで、穢らわしい」


 拒絶の意思をはっきりと示し、憎悪の念を込めた瞳を真っ直ぐ捉えた長澤さんが僕を見返していた。ついさっきまでいた可愛い長澤さんの面影はどこにもなく、ただただ拒絶の塊と化した長澤さんがそこにいて、そして震えながらこう呟いた。


「私は……私は、ミステリーが好きという人間が大っ嫌いなのよ」


 

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